第270話
「あれ? ジーク、腕は鈍ってないんだね」
「10年以上続けていた物を簡単に忘れるか」
セスがノエルをジークから引き離した事で、なんとかお茶をテーブルの上に置く事ができたジークはシルドを見た事でノエルと同様に彼の店の思い出し、商品をまとめ出すが、仕事に集中しようとする事でノエルの事を一先ず後回しにしようと言う魂胆はノエル以外の目から見れば明らかである。
カインはそんなジークの様子にため息を吐きながらも、ジークの淹れたお茶を飲むと口の中に広がるうま味に驚きの声を上げ、ジークは祖母のためにお茶を淹れていた時の事を思い出したのか、悪態を吐きつつも少しだけ表情を緩ませた。
「それじゃあ、ジークのお茶も飲んで一息つけ足し、そろそろ、戻ろうかな? ノエル、魔導機器はしばらくの間、ノエルが持っていて」
「わたしがですか?」
「そう。ジークに持たせてると仕事をさぼってシルドさんに迷惑かけるみたいだから、それに在庫量を見ると、しばらくは仕事に集中しないといけないだろうしね」
「そうですね」
「……」
カインは領地を長い時間開けるわけにもいかない事もあり、ジークの逃走防止も兼ねてノエルに転移の魔導機器を渡す。
ノエルは少なくなってきている商品を並べている棚へと視線を移し、カインの言う事ももっともだと思ったようで大きく頷く。
ジークはこれでジオスから逃げる事が出来ないと気づき、眉間にしわを寄せるが今の彼に文句など言う事ができるわけもなく、そのうっぷんをぶつけるかのように黙々と作業を続けている。
「カイン、帰るのかい?」
「はい。ここも確かに心配ですが、私には他にやるべき事もありますから」
「そう……セス、ジークの逃げ道もカインが潰したし私達も行こうか」
カインはエルトに頭を下げると、エルトは小さく頷きながらも、何か考え付いたようで口元を緩ませた。
「はい。それでは、ジーク、ノエル、お邪魔しました」
「は、はい。また、いらしてください」
「待った。セス」
セスはエルトが王都の長く空けるのを良しとしておらず、ジークの様子を見て、直ぐに何か起きるわけでもないと判断したようでその言葉に頷き、2人に頭を下げた後、転移魔法の詠唱を始めようとするが、エルトはまだ何かあるようでセスを止める。
「どうかしましたか?」
「せっかくだから、カインについて行ってフォルムの様子を見てこようかな? と思ってさ。セスの転移魔法でフォルムに行けるようになれば何かあった時の相談も楽だし、カインも構わないね」
首を傾げるセスの様子にエルトはカインの新領地である『フォルム』に行くと言い始め出し、その言葉にエルトの思惑が見て取れたようでセスの顔はひきつって行く。
「エルト様のご命令なら、私に逆らう権利はありません」
「と言う事で、決まりだね。ジーク、ノエル、2人とも仲良くね。シルドさんも、また、機会があれば」
「あぁ」
カインはエルトの言葉に頷くとエルトは満足そうな笑みを浮かべた後、シルドに挨拶をする。
エルトは挨拶を終えるとカインに目配せをし、カインはそれを合図に転移魔法の詠唱を開始し、3人は光の球になり、店の中から消えてしまう。
「なぁ、ジーク、ノエル、エルトって、貴族か?」
「あ……」
「何となく、理解した。言わなくて良いぞ。俺も深入りする気はないし」
エルトが王族だと知らないシルドはカインが見せた態度に疑問を持ったようで首を傾げると嘘の吐けないノエルは視線を逸らしてしまう。
そんな彼女の様子にシルドは苦笑いを浮かべると冒険者の店の店主らしく、ある程度の事を察してくれたようで追及する事はない。
「それじゃあ、ジーク、俺も長い間、店を空けて置くわけにはいかないから、戻るぞ。在庫から見て、2、3日は持つと思うから急ぐ必要はないけど早めにな」
「あ、はい……しまった」
カイン達が帰った事もにより、シルドは元々、長時間、滞在する気もなかったため、店を出て行ってしまい、2人っきりになってしまった事に気付いたジークは頭を押さえるがシルドを追いかけるわけにもいかず、ジークはノエルを意識しないようにと1つ深呼吸をする。
「ジークさん?」
「はう!?」
そんなジークの考えなど知る由もないノエルは、シルドからジークが病気のようなものと言われているためか心配そうな表情でジークを呼び、不意を突かれたジークの口からはおかしな声が漏れた。
「ジークさん?」
「い、いや、何でもない。それより、早く、商品を詰めちゃおう。シルドさんの店に持ってくのもあるし、ラング様に頼まれたものも用意しないといけないし」
心配そうな表情をしたままのノエルの様子に、ぐらっと理性が揺さぶられるものの何とか平静を保ち、作業を再開しようとする。
「で、でも、シルドさんがジークさんは病気のようなものだって、だけど、休ませて看病してはいけないって言われましたし、病気なのに無理をしてたんだったら」
「だ、大丈夫だから」
「で、ですけど、顔が赤いです。熱があるんじゃないですか?」
しかし、ノエルはシルドから言われた事があり、心配そうにジークの顔を覗き込む。
目の前に現れたノエルの顔を直視してしまい、ジークの顔は一気に赤く染まってしまう。
ノエルはその様子に彼の額に手を当て、ジークの体温を測ろうとする。
「……いや、大丈夫だから」
「本当ですか?」
「……本当です」
「それなら、どうして、目を逸らすんですか?」
ジークはノエルの手を交わすとノエルは再度、ジークの調子を聞くが、ジークは近すぎる彼女との距離に自分の精神状態を保つために距離を取った。
その行動は具合が悪い事を隠すために自分に近寄られたくないとノエルは捕えたようで頬を膨らませ、ジークを叱りつけるように言う。
「いや、あれだ。考え事をしてて、仕事が手に付かなくなってたり、ノエルに心配かけて悪い事してるな思って、若干、気まずいんだ」
「そうなんですか?」
「あぁ、だから、気にしないでくると……答えが出たら、ノエルに聞いて貰うから、それまで待ってくれると嬉しい」
「わかりました。でも、ですね」
ジークはノエルの様子に困ったのか視線を逸らしたまま首を指でかき、言い訳をするとノエルは頷くも何か納得が言っていないようで首を傾げるも何か言いたい事があるようでジークの目を真っ直ぐに見据える。
「な、何?」
「ジークさんは、わたしがこのお店に来た時、家族は支え合おうものと教えてくれました。だから、ジークさんが答えが出ずに迷った時は、わたしに相談して欲しいです。わたしはジークさんの家族なんですから」
その視線に息を飲むジーク。その声はノエルの視線に怯んでいるのか、少し震えている。
ノエルはジークの様子に優しげな表情をして微笑みかけ、ジオスに来た日、ジークが自分に言ってくれた言葉を彼に向かい言う。
「あぁ」
「それなら、この話は終わりです。それじゃあ、シルドさんのお店に納める商品をまとめてしまいましょう」
「家族……と言うか、あの時は軽く言ったけど、下手したら、プロポーズみたいな事を言ってたぞ」
ノエルはジークが頷いたのを確認すると、商品を箱に詰め始め、ジークは昔の自分の言葉にもの凄く恥ずかしくなったようで顔を真っ赤にする。
その顔の赤さをノエルに気づかれないようにジークは彼女に背を向けて作業を再開する。