第269話
「ジーク、お茶、後、転移の魔導機器を渡せ」
「はい……」
店に移動し、最後に店の中に入ったカインは眉間にしわを寄せながら、ジークにお茶を用意するように言い、ジークはカインの様子に逃げきる事は出来ないと判断したようで転移の魔導機器をカインの手のひらに乗せると逃げるように奥に入って行く。
「ジ、ジークさん、お茶ならわたしが淹れます!?」
「ノエルは座ってなさい」
「で、でも」
「座ってなさい」
「はい……」
ノエルはお茶を淹れるのは自分の仕事だと思っているのか、ジークの後を追いかけようとするが、カインが彼女を引き止め、ノエルは何か言いたげだが席に座る。
「カインはお兄さんだね」
「今のところ、2人目の妹を持ったつもりは『まだ』無いんですけど」
「うん。まだ、ノエルはカインの妹じゃないね」
ノエルとカインの様子に楽しそうに笑うエルト。
カインは完全におかしな方向に進んでいるこの状況に大きく肩を落とす。
「それで、ノエルはカインと何をしてたのかな?」
「何をと言うか……わたし、ジークさんを怒らせるような事をしてしまったんじゃないかと」
「うん。ジークのヘタレっぷりも最悪だけど、ノエルの鈍さも深刻だね」
「……」
ジークを追い払った事で、エルトはノエル側の状況を確認しようとするが、ノエルはジークが逃げだした理由の根本をわかっておらず、しゅんと肩を落とす。
その姿にエルトはこちらはこちらで予想外の反応だったようで眉間にしわを寄せ、セスはセスでノエルの姿がツボだったようで小さくガッツポーズをしている。
「コーラッドさんは相変わらずの変態だね」
「な、何を言っているのですか!! だいたい、このような可愛い姿のノエルを見て何を思わないのがおかしいのですわ!!」
「……こっちはこっちで進まないわけだね」
カインはセスが興奮している様子に若干、引いているのか小さくため息を吐くが、セスはカインを目の前にしているはずなのに、その視線はノエルに釘付けになっており、予想外の反応が2人も続いた事でエルトの眉間のしわはくっきりと浮かび上がっている。
「とりあえず、ジークは怒ってないから、ノエルは元気を出す」
「で、でも」
「こんな感じなんです。俺もなんだかんだ言いながら、忙しいんですけど、こんなノエルを1人にして帰るわけにもいかなくて……うちの愚妹は役になんて絶対に立たないから」
エルトは落ち込んでいるノエルを元気づけようと、ジークが怒っていない事を教えるが、ノエルの顔はうつむいたままである。
彼女の様子にカインは店を訪れてから、ずっと、こんな調子のノエルが心配だったようで帰るに帰れない状況だったようで苦笑いを浮かべた。
「一応は、相手にはなってもないけど、ライバル関係になるフィーナを置いておいてもダメだろうからね」
「それ以前に誰が教えたのか、フィーナの恋愛感がまったくわからない」
すでにフィーナが戦力外な事は話さなくても共通の認識であり、カインとエルトは顔を見合せて大きく肩を落とす。
「ジーク、ノエル、頼んでいた商品できてるか? ……ずいぶんと集まってるな」
「シルドさん? ……カギ、かけ忘れたか」
「あっ!? す、すいません。忘れてました」
カインは店先のドアのカギをかけ忘れていたようで、シルドがドアを開けた。
ノエルはいつもはジークと一緒にシルドの店に商品を運んでいたのだが、ジークがノエルの前から逃げ出していた事もあり、すっかり、頭の中から忘れ去られていたようで深々と頭を頭を下げると慌てて、商品をまとめ始める。
「別に急がなくても良い。忘れてないなら。それで、この集まりはなんだ? カインまで、わざわざ、ジオスに帰ってきて、また、おかしな事をしでかす気か?」
「おかしな事をしでかすって、俺は小さな子供じゃないんですから」
「いや、お前の場合は小さな子供より、確実に性質が悪い。それで、ジークが見当たらないけど、何かあったのか?」
ノエルの様子に苦笑いを浮かべるシルド。
カインは彼の言葉に小さく肩を落とすが、シルドは迷う事無く言い切ると、ジークが店内にいない理由を聞く。
「実はですね……と言う事ですよ」
「あー、なんだかんだ、言いながらも同棲しているわけだし、間違いの1つや2つ、起きてるんじゃないかと思ってたが……まったく、何も起きてないってのもな」
カインはシルドを手招きして呼ぶと、ノエルに聞こえないように事の内容をかいつまんで説明し、シルドは眉間にしわを寄せた。
「それで、ノエルが落ち込んでしまって、ジークはジークでヘタレてしまって、現状は店が回っていない状況です」
「あおったエルト様が言って良いのか、悩み時なんですけど」
エルトは神妙な表情をして言うが、元々は必要以上に2人の間をあおったエルトが原因であり、少しだけ冷静になったセスに突っ込まれる。
「何の事かな?」
「エルト様」
「まぁ、今は原因を追及しても仕方ないだろ。と言うか、この店が動いてないと村の年寄り連中が冒険者を追い出して、うちの店が困るんだ。ノエル」
「は、はい」
とぼけるエルトの様子ににセスはため息を吐くが、シルドは一先ず、店を平常運転に戻して欲しいようでノエルを呼ぶ。
「ノエル、良いか? ノエルはジークを怒らせてはいない。これはジークくらいの年の男がなるある種の病気だ」
「びょ、病気ですか!? それなら、ジークさんに休養を」
「落ち着け、健康上の病気じゃない」
シルドの言葉を聞き、まとめていた商品を投げだし、ジークのところに駆け出そうとするノエル。
シルドは彼女を首根っこをつかむと大きく肩を落とす。
「で、ですけど、それなら、お薬を」
「良いか。ノエル、この病気に特効薬はない。安静にして日常を過ごす事がもっとも効果的なんだ。間違ってもジークをベッドに寝かせて、看病しようとか考えてはいけない。わかったな」
「で、でも、病気なら」
シルドはノエルを言いくるめようとし始め、ノエルは心配そうな表情をしながらもシルドの話を聞いている。
「今、ジークとノエルをベッドのある部屋で一緒にするのは危険ですね」
「いっそ、荒療治で媚薬効果のある薬でも盛ってやった方が速い気もするんだけど」
セスはシルドの言葉を聞き、そんな危険な事はさせられないと眉間にしわを寄せるが、エルトは楽しそうに笑う。
「お待たせしました……シルドさん!?」
「ジ、ジークさん、大丈夫ですか? 体調悪いんですか?」
「ちょ、ちょっと、ノエル、危ないから、こぼれる。こぼれる」
その時、お茶の準備ができたようで、ジークがシルバートレイに5人分のお茶を載せて戻ってくるが、ジークの姿を見るなり、半泣きのノエルが彼に詰め寄り、ジークはバランスを崩しながらも何とか、お茶をこぼすのは阻止している。
「ジークのバランス感覚は凄いね」
「エルト様、今はそんな事を言っている場合ではありません」
ジークとノエルの微笑ましい様子にエルトは表情を綻ばせるが、セスはため息を吐くとノエルをジークから引き離すために席を立つ。