第267話
「それで、ジークはノエルに何をしたのですか?」
「な、何もしてないです」
「何もしてないですと言うか、見た感じ、何もできてないですって言った感じだね」
セスから放たれる威圧感にジークは完全に怯んでおり、床の上で平伏し、額を床に押し付けて無罪を主張し、ジークの様子にエルトはつまらなさそうに言う。
「あ、あの。セス先輩、少し、落ち着いてはいかがでしょうか?」
「そうですね……しかし、何があったか、話して貰いますわ。フィーナを無視して傷つけているだけでは飽き足らず、ノエルにおかしな事をして、純粋なあの娘を誑かすなど許せませんわ」
「誑かすも何も、ノエルにジークが誑かされてる感じもするんだけど」
セスの様子にカルディナは何があったかわからないようで戸惑いながらも、エルトへの暴言の事もあり、殊勝な態度をして落ち着くように言う。
セスはカルディナに止められ、ジークを睨みつけながら、ノエルとの間に何があったかと聞き、エルトはセスの発言に苦笑いを浮かべた。
「えーと」
「はっきりなさい!!」
「は、はい!? あっ……」
「ジーク、逃げ道はないよ」
セスの様子にジークはこのままでは不味いと判断し、逃げ道を探そうとするが、セスはそんなジークの様子に声を張り上げる。
その怒声に、ジークの身体は硬直し、頷いてしまい、直ぐにその事に気づき、しまったと言う表情をするが、エルトはその様子を見て楽しそうに笑っている。
「あ……あの、一応は他言無用でお願いします。いろいろとありますし」
「話の内容にもよりますわ。ただ、ジーク=フィリス、あなたの回答次第では、今日、ここであなたの頭蓋を割りますわ」
「わ、わかりました」
ジークは完全に逃げ道を失ってしまった事で観念したのか、頭を下げるが、セスはジークを見下ろし、早く話せとジークを煽り、ジークはぽつぽつと周囲に煽られ続けた事でなるべく意識しないようにしていたノエルとの関係を意識し始めた事、その想いをノエルに伝えるべきかと言う事、断られた時にどうするかと言う事、その事を考えていて、ノエルから逃げ出した事を話す。
「……ジーク、ヘタレたんだね」
「……」
話を聞き、大きく肩を落とすエルト。
ジークはノエルの泣き顔が頭から離れない事もあり反論などできずに視線を逸らす。
「まったく、情けないですわ。少しはノエルの気持ちを考えられないのですか?」
「情けないって、言われたって、セスさんには言われたくない」
ジークがノエルから逃げ出した事に、彼を侮蔑するような視線を向けるセス。
ジークも自分が情けない事をしている自覚はあるが、カインへと告白1つできないセスに言われる所以はなく、大きく肩を落とす。
「まぁ、確かにセスにジークを情けないと言う権利はないね」
「うっ……」
「セ、セス先輩は好きな男性がいるのですか? それは誰ですか? 私の知っている方ですか?」
エルトはジークの言葉に同意を示すとセスは我に返ったようで、気まずそうに視線を逸らすとカルディナはセスがカインに好意を示しているのを知らないようで驚きの声を上げた。
「そ、それは」
「……カインとセスさんを生温かい目で見守る会が魔術学園にあるって聞いてたけど、おっさんの娘は知らないんだな」
「そうみたいだね」
カルディナの喰いつきに戸惑うセス。
2人の様子にジークは自分から矛先がセスに向かった事に胸をなで下ろし、エルトは苦笑いを浮かべる。
「で、実際、ジークはどうしたいんだい?」
「それは、まぁ、なんて言うかさ」
「はっきりする。別に私だって冷やかす気だけで聞いてはいないんだから」
エルトはセスとカルディナへと視線を移しながらも、ジークにノエルとの事をどうするつもりかと聞く。
その言葉にジークは振られてしまう事も考えているようで、今の居心地の良い関係を続けて行きたいようではっきりとしないため、エルトは大きく肩を落とす。
「でもさ。振られたら、気まずいだろ。ノエルとは一緒に住んでるわけだし……それに、種族も違うわけだし、いろいろと」
「種族の違いなんて、些細な事だろ。言い訳なんて男らしくないよ。ほら、ジークはハーフエルフのアーカスさんと知り合いなんだし、そこまで気にしなくても良いじゃないか」
「いや、ハーフエルフとは違うだろ……それに、俺はあれを見てるし」
エルトは種族間の争いを無くしたいと思っている事もあり、些細な事だと言うが、ジークには遺跡の奥で見た世間から離れ、ひっそりと暮らしていた人族の魔術師とドレイクの女性の事が引っかかっているようで目を伏せる。
「あれ?」
「昔、居たんだよ。俺達が生まれるはるか昔に、同じ事を願った人達が、だけど、その願いは叶う事はなかったんだ」
「そう……それなら、その人達の思いも私達は継がないといけないね」
ジークの言葉にエルトは直ぐに何を言っているか、悟ったようで真剣な表情をして言う。
「そんな簡単に」
「簡単じゃないよ。今だって、同じ事を願っている人は少ない。それでも、わずかでもいる。私達だけじゃない。きっと、他にもいるはずだ。その想いを集め、紡いで行く事、私達の時代で公にできなくても、次代へ伝えて行く事が重要なんだから」
「そんなものか?」
「少なくとも、その2人はジークとノエルが諦める事は望んでいないんじゃないかな? 私達が諦めてしまってはそれこそ、その2人が願った事が無駄になる」
ジークはエルトの言葉は無責任だと言いたげだが、エルトは諦めるべきではないと笑う。
「あの2人が願った事か? 『私と彼女と同じ想いの者に全てを託す』か? ……託されたんだよな。あの日、間違いなく」
「ノエルに告白する勇気は持てたかい?」
ジークは絵の中で笑う2人の顔を思い浮かべ、どこかでノエルとの出会いは運命めいたものだとも思っている事もあるのか苦笑いを浮かべる。
その様子にエルトは表情を緩ませ、ジークに再度、その想いを聞く。
「いや、それとこれとは別」
「おい。ここは頷くところだろ?」
「頷けるか!? 成功しようが、失敗しようが、色々と考える事があるんだ。すぐに答えなんて出せるか!!」
しかし、ジーク自身はまだヘタレており、ノエルへの告白は別だと声を上げる。
「……情けないね」
「わるかったな」
エルトはジークの様子に大きく肩を落とし、ジークは気まずい事もあるようでそっぽを向く。