第265話
「ひょっとして、そんな事、1度も考えた事が無かったですか?」
「な、何を言っているのですか? 何度も言っていますが、わ、私はカイン=クロークの事など何とも思っていませんわ」
セスの表情が明らかに変わって行った事に小さくため息を吐くジーク。
しかし、彼女はその動揺を見せないように何事もなかったかのように言うが、明らかな動揺の色が現れている。
「別に、今はカインの事を言ったわけじゃないですよ。そう言う考えを持っている人間もいるって言う一般論を上げただけですよ。実際、セスさんは自分の進言を聞き入れてくれないエルト王子の事って、本音で言えばあまり好きじゃないでしょう?」
「確かに、そうですわね……私はエルト様と同じ事をカインにしていたと言う事ですか?」
ジークはセスの様子に他人のイヤがる事をする代表とも言えるエルトの名前を出すとセスは振り回されている事に嫌気がさしている事もあり、小さく頷く。
「好きな人とのコミュニケーションとしては別かも知れませんけど、それは相手からの好意があってですよ。相手が嫌がってる事や泣かせるような事をしたら、嫌われる可能性が……」
「ジーク? どうかしたのですか?」
「な、何でもないです」
「何でもないと言うわりには、明らかに落ち込んでいるように見えるのですが」
ジークはセスの表情の変化に少し考えて行動してみてはと言うが、ノエルの泣き顔を思い出し、自分がノエルに嫌われるのではないかと思ったようで表情は沈んで行き、セスは彼の様子に首を傾げる。
「まぁ、いろいろとあるんですよ」
「そうですわね。いろいろとありますわよね」
ジークはノエルを泣かせた事をセスに言うわけにもいかず、どんよりとした空気をまとっており、セスも同様のため、空気はかなり重くなって行くが、お互いに相手の事を思いやる余裕はないようで会話はそこで途切れてしまう。
「セス先輩、いらっしゃいますか?」
「は、はい」
「お借りしていたノートを持ってきたのですが」
その重い空気のなか、セスの研究室のドアをノックする音が響き、セスはその声に慌てて立ち上がり、ドアを開けた。
そこにはカルディナが2冊のノートを抱えて立っており、セスを見て、にっこりと笑った後、頭を下げてお礼を言う。
「試験の役に立ちましたか?」
「は、はい。とてもきれいにまとめてあって、大変、わかりやすかったです。それで、あの……何で、あの男が、セス先輩の研究室に!?」
カルディナの態度にセスは表情を緩ませると彼女からノートを受け取った。カルディナはまだセスに用件があるようで研究室の中へと視線を向けると、ジークが視線に入ったようで驚きの声をあげると同時に威嚇するような視線を向け始める。
「ジーク、カルディナ様に嫌われるような事をしたんですか?」
「嫌われるも何もさっきの話の典型のような話ですよ。俺はそっちのカルディナ様にケンカを売られたから、あまり、カルディナ様に良い印象を持っていない。それだけです。それにセスさんが知っているかわかりませんけど、ルッケルでおかしな騒ぎを起こして、迷惑をかけられたわりに振り回した人間に謝罪もなかったですからね」
カルディナの様子にセスはジークが彼女に何かをしたのではないかと思ったようで責めるような視線を向けた。
ジーク自身はカルディナにケンカを売られただけのため、大きく肩を落とすとカルディナと初めて出会った日の事を思い出したようでふつふつと怒りがこみ上げてきたようである。
「謝罪? あなたのような下賤な者に頭を下げる理由がありませんわ。だいたい、オズフィム家の後継者である私に下賤の者であるあなたのような人間がかかわれた事を光栄に思いなさい」
「これだからな」
「何ですか!! 言いたい事があるなら、言いなさい」
カルディナは、平民であるジークの事を完全に見下しており、ジークはこれ以上、カルディナと関わって気分を害したくないようで話を切ろうとするが、その様子が気の短く思い込みの強いカルディナの怒りに火を点けたようでカルディナはジークを怒鳴り付けた。
「カルディナ様も落ち着いて下さい。ジーク、あなたもです」
「セスさん、俺は落ち着いてますよ」
「そ、そうですか」
セスはカルディナの様子や口が悪いが冷静なジークが怒りを露わにしているように戸惑っているようで、中に割って入るが、ジーク自身はセスが感じているほど怒っているわけではなく、カルディナの様子に心底、呆れているようである。
「相変わらず、ムカつく平民ですわ。なぜ、このような平民の肩をカイン様やエルト様は持つのでしょう?」
「少なくともカインも俺もはあんたに迷惑をかけられて、嫌気がさしてるからな。あいつの方は立場的にイヤな顔はしないけど、俺はわがまま娘に関わる気もないんでね」
カルディナは王族であるエルトや自分が好意を寄せるカインがジークの味方の事が気に入らないようであり、セスの仲裁など気にする事無くジークへ敵意を見せる。
ジークはこれ以上、話す気はないようで、自分やカインもカルディナのわがままにはこれ以上、付き合っていられないと言う。
「何を言っているのですか? カイン様はあなたのような下賤な者と違いますわ。なぜなら、カイン様は私を愛しているのですから!!」
「妄想もここまでくると迷惑な上、この上無いよな」
カルディナはカインが自分を愛していると勝手に決め付けており、声高に叫ぶが、ジークの視線は冷ややかであり、お茶を口に運ぶ。
「あ、あの。ジーク」
「一応、俺が口出す事ではないのです。面倒だから、カインが漏らした不満をぶつけてやりたいですけど、それをするのはルール違反だし、あいつは性格は歪んでますが、それなりに礼節を大切にしているから、本人が言わない事をペラペラ話す気はありませんよ」
セスはカインとカルディナの関係が気になるようで、ジークへと視線を向けると、ジークはジルの店でカインがカルディナに対する愚痴をこぼしていた事を思い出すが、まだ平静を保っているようでカルディナに聞かせる事ではないと言う。