第264話
「それで、ジークはどうして1人だったんですか? とうとう、ノエルに愛想を尽かされたのですか?」
「……いえ、愛想を尽かされるような事はしてるつもりはないです」
「……ちっ」
ジークの淹れたお茶で一息付いた後、セスはジークが王都を1人で歩いていた理由を聞く。
その言葉の端にはジークとノエルが上手く行かない事を願っている部分もあるのか、セスはジークの言葉に舌打ちをする。
「舌打ちとかしないでください。俺は考え事があるのに無理やり連れてこられたんですから」
「仕方ありませんわね。それで、ジークはエルト王子のせいで荒んだ私の心を癒す清涼剤であるノエルを連れずに1人で何をしていたのですか?」
「帰っても良いですか?」
セス自身もエルトに振り回され続けている事でかなりのストレスが溜まっているようであり、とばっちりを受けているだけのジークは大きく肩を落とす。
「だいたい。エルト王子が他人を振りまわすのなんて、ルッケルの騒ぎを見ていればわかったじゃないですか。セスさんはライオ王子とも知り合いだったわけだし、魔術学園にこんなに立派な研究室を頂いてるなら、研究職に就くと言って断る事だってできたんじゃないですか?」
「そ、それは……断るとカイン=クロークに何を言われるかわかりませんし、あの男に出来ていた事が私には出来ないと思われるのは癪ですわ」
「そうですか」
セスには選択肢があったはずだと言うジーク。
しかし、カインとの一方的な勝負に負けるわけにはいかなかったと無駄な対抗心を燃やしており、ジークは若干、呆れ顔である。
「何か言いたそうですね?」
「いえ、そんな事を言ってないで、素直にカインについて行けば良かったとか考えなかったんですか? 知らない土地に行くわけですから、協力するとか言って付いて行けば距離も縮まったと思うんですけど」
「な、何を言ってるんですか? わ、私があのような性悪になぜ、付いて行かないといけないのですか?」
ジークの顔にムッとするセス。ジークは既にセスのカインへと向ける対抗心は意地っ張りな彼女の恋愛表現の1つとして理解しており、理不尽な事を言われている事もあったためか、少し意地悪をする。
ジークの突然の言葉にセスは動揺したようで、平常心を保つためにお茶を飲もうとカップへと手を伸ばすが、その動揺は手の先まで広がっており、もの凄い勢いでお茶はカップからあふれ出て行く。
「あの。今更ですけど、どうして、隠せてると思っているんですか?」
「な、何を言っているんですか?」
「いや、少なくとも、俺とエルト王子は気が付いてますから、エルト王子はセスさんがカインについて行きたいと言えば、直ぐに頷く気だったみたいですよ」
セスの動揺っぷりにため息を吐くジーク。それでも、セスは自分がカインに向けている感情を知られていないものと思っているようであり、ジークは最近、エルトやライオにからかわれていたうっぷんをセスにぶつけるように意地悪をする。
「で、ですから、私はあの性悪の男の事など、何とも思っていませんわ!!」
「まぁ、一先ず、落ち着きましょう」
セスは顔を真っ赤にして否定するが、その反応からも否定は無駄な行為であり、ジークはテーブルの上にこぼれたお茶を拭くと、セスのカップにお茶を注ぐ。
「まったく、どこをどう勘違いすれば、私があのような性悪を好きになると思うのですか?」
「それなら、セスさんはどんな男性なら好きになるんですか?」
ジークがお茶を注いでいる間にセスは何度か深呼吸をして、気持ちを落ち着かせると、改めて、お茶でのどを潤し、冷静を保ちながら呆れ顔をする。
しかし、既にジークはからかう立場の優位性をしてしまった事もあり、いつも、カインやエルトが自分にするようにセスをからかう事に全力を尽くそうとしているようで、追撃に移って行く。
「そ、そうですね。まずは可愛い事は必須ですわ」
「男性ですよ? なかなか、セスさんと比べて見劣りしないような可愛い男はいないと思うんですけど、それこそ、10年くらい前のカインとかなら、セスさんの好みですか?」
「……ジーク=フィリス、あなたは何が言いたいのですか?」
セスは拳を握りしめ、絶対条件は『可愛い事』だと叫ぶと、ジークはエルトが言っていた幼い日のカインの事を例に挙げるとセスの視線は鋭くなった。
「いや、実際、問題はどうなのかなって思いまして、セスさんも知っている通り、エルト王子やライオ王子にノエルとの関係の事でからかわれているわけですが、恥ずかしい話、田舎者なんで、対象が少ない事もあって、恋愛と言う物が良くわかりません。相談する同年代の友人と言うのもいませんしね」
「……それはフィーナは遊びだっと言うわけですか?」
ジークはカードも切らずにこれ以上の追及をするのは危険と判断したようで、自分の心境も話しつつ、セスのカインへの想いを聞こうとするが、おかしな所でセスの怒りに火が点く。
「その答えはあり得ませんから、だいたい、俺はフィーナに恋愛感情なんて持った事はありませんから、と言うか、あいつだけは絶対にあり得ません」
「なぜですか!! ノエルとは違った可愛さがあるではないですか!!」
「あのですね。たぶん、世間一般的に見て、フィーナも容姿では可愛い部分に入るのかも知れませんが、それだけで判断するわけじゃないでしょう。あいつは盗人ですよ。人の店の商品を持ち逃げする」
セスはフィーナの事を可愛いと主張するが、長い間、店の商品を盗まれ、実害に遭っていたいたジークに取っては可愛いかろうが関係ないと言い切る。
「それだけ、ジークに見て欲しいと言う意思表示ではないですか? それくらいはわかってあげられないのですか? いじらしくて可愛いではないですか?」
「すいません。相手が嫌がっている事やってるのに意思表示も何もないです。むしろ、嫌われる可能性と言う物を考えないんですか? 変に対抗心を燃やすのだって、相手の受け取り方次第では嫌われてもおかしくないですよ」
「嫌われる可能性? ……」
セスは、ジークはフィーナの気持ちをわかってやれないダメな男だとテーブルを叩きながら主張するが、ジークにはジークの言い分があり、その言葉に反論をするとジークの口から出た1つの可能性にセスの表情は沈んで行く。