第263話
「……ノエル、泣いてたよな」
王都の商店街を歩くジークはノエルの泣き顔を思い出し、罪悪感に苛まれ始める。
「とは言え……言えるわけがないし」
「ジーク? エルト様は見ませんでしたか? ジ、ジーク? ちょっと、待ちなさい。ジーク!?」
「……どうしよう?」
「ジーク、話を聞いてますか? 無視をするとはどう言う事ですか!!」
ジークが肩を落としながら歩いていると、またもエルトが王城から逃げ出したようで、セスがジークを見つけて駆け寄ってくるが、ジークは自分の事で精一杯であり、セスの声など耳に届いていないようであり、どんどんと先を進んで行く。
セスはそんなジークの様子を自分を無視していると思ったようで彼の肩をつかみ、耳元で怒鳴るように言う。
「セ、セスさん!? い、いきなり、何ですか?」
「いきなり? 私は何度もジークを呼んだのですが」
セスの怒鳴り声に現実へと引っ張り戻され驚きの声をあげるジーク。しかし、何度も呼びかけて事もあり、セスはようやく反応したジークの様子に不機嫌そうな表情をしている。
「何度も?」
「ええ、何度もです。考え事をするのはかまいませんが、もう少し気をつけなければ、人ごみに飲まれて、ケガをしますよ!?」
「そう言うセスさんも気を付けてください」
「……申し訳ありません」
セスはため息を吐きながら、ジークにお説教を始めようとするが、道の真ん中だった事もあり、猛スピードの馬車がジークとセスに向かって走ってきている。
ジークは馬車に気づき、セスの腕をつかんで馬車を避けると、セスは頭に血が上っていた事を反省して頭を下げた。
「いえ、元々、俺が考え事をしていたせいですし、謝るのは俺の方です」
「そう言っていただけると助かります」
ジークは悪いは自分だと答えると、セスはその言葉に素直に頷く。
「それで、セスさんは何をしてるんですか? また、エルト王子が逃げ出したんですか?」
「ええ、まったくその通りです。先ほどのあなたの様子だと、エルト様がどこにいるかジークは知りませんね」
「そうですね……ちょっと、考え事をしていて、それどころじゃなかったんで」
セスはジークにエルトを見なかったかと聞くが、ジークはそれどころでもなかったが、何があったかセスに言うわけにもいかないため、気まずそうに彼女から視線を逸らす。
「ちょっと? そう言えば、ジークは王都で1人で何をしているんですか? いつもはノエルと一緒でしょう」
「俺、いつも、ノエルと一緒ってイメージですか?」
「それは……殺したくなるくらいに」
「ま、待ってください。その殺気はおかしいですから」
セスはジークがノエルと一緒ではない事に首をかしげ、ジーク自身もノエルが隣にいない事に違和感を覚えてはいるものの、セスにおかしいかと聞く。
セスはその質問に背中におかしな気配をまとい始め、ジークは彼女の変化に慌てて落ち着くように言う。
「そうですね。取り乱しました。それで考え事と言っていましたが、どうかしましたか?」
「い、いえ、セスさんにお話しするような事ではありません」
セスは何とか落ち着きを取り戻し、ジークに再び、王都を訪れた理由を聞くが、ジークはノエルに告白するべきか悩んでいる事をセスに話した時点で自分の命が危険だと思ったようで言葉を濁す。
「そうですか」
「はい。そう言う事で、失礼します……どうかしましたか?」
「いえ、誤魔化されると気になります。それにそうやって言葉を濁して、私から逃げる人間が多いため、そう言う人間が何を考えているかが気になります」
ジークはぼろを出す前にセスの前から逃げようとするが、セスは自分から逃げようとしているジークの姿が逃走中のエルトと重なったようで彼の肩をつかむ。
「お、俺はエルト王子と違いますよ。それにセスさんはエルト王子を探さないといけないんじゃないですか?」
「どうせ、私が息を切らせて探し回ったところで、エルト様は見つけられません。それなら、同じような行動を取ろうとするジークを観察して、次に逃げられないように作戦を立てる事が後につながると私は判断しました」
「は、判断しましたって、それはセスさんの問題であって、俺には関係ない!?」
「良いから、付いて来なさい」
セスはエルトの逃走までの過程を潰すためにジークを研究すると言い、彼を強引に引っ張って歩き出し始め、ジークは振り払うわけにもいかず、文句を良いながらも彼女に引きずられて行く。
「ここですか?」
「申し訳ありません。私はあまり王都の中は詳しくありませんので、それに喫茶店などでお茶を飲みながらだと、おかしな事を言う人達もいますので、まったく、私とカイン=クロークの間には何もないと言っていますのに」
「ま、待ってください」
セスに連れられて行った先は魔術学園であり、ジークは再度、来てしまった危険領域に大きく肩を落とす。
セスは周囲からカインとの事でいろいろと言われている事もあるようでぶつぶつと文句を良いながら、先を進んで行き、ジークは1人にされると不安のようで慌ててセスの後を追いかける。
「そこに座っていてください。今、お茶を用意しますから」
「えーと、お茶なら、俺が淹れますよ」
セス個人に与えられた研究室に案内され、セスはジークに座っているように言うが、ジークはなれない場所に落ち着かないようでセスの手伝いをすると言う。
「ジークが? できるのですか?」
「一応、ノエルが店に来る前はずっと自分で淹れてましたし」
「そのようですね」
セスはジークがノエルにお茶を淹れさせている姿をよく見ているせいか、ジークを疑うが、ジークは苦笑いを浮かべるとてきぱきとお茶の準備を始め、セスはジークの方が手際が良い事に納得がいかないようで眉間にしわを寄せた。
「……納得がいきませんわ」
「いや、納得がいかないと言われても……ん? 久しぶりに淹れたけど、腕は鈍ってないな」
結局、ジークが2人分のお茶を用意してしまう。セスもお茶を淹れるのは自信があったのか、ジークが淹れたお茶の方が美味しく感じたようでジークを睨みつける。
ジークはその視線に文句を言われても困るとため息を吐いた後、自分が淹れたお茶の出来に満足そうに笑う。