第262話
「……実際、どうするべきなんだろうな?」
「どうかしたんですか?」
「い、いや、何でもないよ」
ジオスに戻り、ラングから受注のあった栄養剤をまとめているなか、ジークは先日から、言われているノエルとの関係をどうするべきかと考えていたようで小さくため息を漏らす。
ノエルはジークのため息に気が付き、彼に声をかけるとジークは直ぐに何もないと首を横に振る。
「そうですか? あ、あの、わたしでは力になれませんか?」
「い、いや、力になれないって言うかさ……」
ノエルはジークの返事に自分は頼りにならないと思ってしまったようで表情を曇らせるとジークはノエルの様子に慌ててしまう。
「これは俺の問題なんだよ……実際、俺自身、こんな事って初めてなわけだし」
「でも、わたしはジークさんの力になりたいです。わたしはいつもジークさんに助けられてばかりですから」
「ノ、ノエル、近いから、ちょっと離れてくれるか?」
ジーク自身、恋愛経験はなく、周りから煽られてはいるものの、自分自身はどうして良いのかわからないようで戸惑っており、誤魔化すように苦笑いを浮かべる。
ノエルはそんなジークの心情など理解する事無く、日頃、お世話になっているジークのために力になりたいと気合いを入れ、彼との距離を縮めるが、目の前に現れたノエルの顔を今のジークが直視できるわけもなく、慌てて距離を取ってしまう。
「あ、あの。わたし、邪魔ですか?」
「そう言うわけじゃないんだよ……なんて説明したら良いかが、自分でもわからなくてさ」
ジークが距離を取った事に、拒絶されたと思ったのかノエルの顔には陰りが見える。
ジークは直ぐに彼女の不安を拭うように笑顔を見せるがその笑顔は彼自身の迷いも混じっているようでどこかぎこちない。
「ジークさん、あ、あの」
「ノエル、ちょ、ちょっと、泣かないでくれ!? 考えをまとめてくるから、それまで、待ってってくれ!!」
ジークが何かを隠している事が理解できないがらも、彼が何も話してくれない事にノエルは泣き出しそうな表情をする。
その表情を見て、ジークはどうしたら良いのかわからずにおろおろとし始めると空気に耐えきれなくなったようで、勢いよく店から逃げ出して行く。
「ジ、ジークさん、どこに行くんですか? ま、待ってください!?」
「お、追いかけてこないでくれ!? こ、こうなったら」
「ジ、ジークさん、どこに行くんですか!?」
ここまで慌てるジークの姿はノエルにとっては見た事もなく、ただ事ではないと思ったようで慌てて彼の後を追いかけるが、ジークは今はノエルのそばにいる事はできないようで後先考える事無く、転移の魔導機器を発動させる。
魔導機器は問題なく発動し、ジークは光の球に姿を変え、飛んで行ってしまい、ノエルは1人取り残されてしまう。
「あう」
「ノエル、こんなところで、何をしてるのかな?」
ノエルはジークに置いて行かれた事にどうして良いのかわからずに目を伏せると、彼女の姿を見つけたカインが彼女の名前を呼ぶ。
「カインさん?」
「な、何があったの? と言うか、ストップ、状況がわからないなかで泣かれても困る!?」
ノエルはカインの声に顔を見上げると、ジークがいなくなってしまった事に急に不安になったのか彼女の頬は大粒の涙が伝い始め、流石のカインも状況が理解できないのか慌て始める。
「す、すいません」
「と、とりあえず、店に戻ろうか? このままだと、俺が泣かせたみたいで酷く居心地が悪い……それに、角、見えてるし」
「ほ、本当ですか!?」
ノエルは涙を拭った後にカインに頭を下げる。カインは村のお年寄り達がこちらを見て、『カインがノエルを泣かせている』とこそこそと言っており、カインはおかしな噂を立てられたくないため、ジークの店に移動しようと声をかける。
ノエルは彼の口から出た言葉にジークがいない事で魔導機器が上手く発動していない事に気づき、慌てて手で角を隠す。
「ど、どうしましょう。カインさん」
「あー、とりあえず、ジークの趣味だと後で村には広めとくから問題ない。ノエル、店に戻るよ」
「は、はい」
自分がドレイクだと村の人間にばれてしまうと大変な事になるとジークに言い聞かされていた事もあり、ノエルは先ほどとは違う方向で慌て始め、そのせいか、彼女の頬を伝っていた涙は完全に止まっている。
カインは原因はジークにあると決めつけている事もあり、ジークの尊厳を無視する事を決めるとノエルと一緒にジークの店に向かって歩き出す。
「あ、あの。カインさんはどうして、ジオスに?」
「ちょっと、忘れ物があってね。と言うか、忙しすぎるから、店から栄養剤を奪って行こうと思ってさ。何か、良い感じにまとめてあるな。ノエル、これ、貰って行くよ」
「は、はい。って、ダメです!? それはラング様から受注を受けたものです!?」
「……まず」
店に戻るとノエルはカインがジオスにいる理由を聞く。
カインはラングに届けるためにちょうどまとめていた栄養剤を見つけて、栄養剤を貰って行くと言い、ノエルはその言葉に頷くがラングへ引き渡すものだと思いだして直ぐにカインを止る。
しかし、すでに時は遅く、カインは小瓶に詰めた栄養剤を1本飲みほし、気持ち悪くなったのか吐きだしそうな顔をしている。
「詰め直さないと」
「あー、ごめん。それで、ノエルは何があったの?」
ノエルはカインが飲んだ分を薬品棚から補充しようとすると、カインはノエルの仕事を増やしてしまった事に苦笑いを浮かべて謝った後、村の中でノエルが泣いていた理由を聞く。
「あ、あのですね……よく、わからないんです。ジークさんの様子がおかしくて、どうしたんですか? って、聞いたら、ジークさん、いなくなってしまって」
「あー、ジーク、ヘタレたか。まぁ、なんだかんだ言いながらも、フィーナは論外だし、村に来る若い女冒険者は金づるだし、初恋だろうしね」
ノエル自身、ジークの身に何が起きたかわからないため、何と説明して良いのかわからずに肩を落とすと、カインは何となく、ジークに何が起きたか察したようで苦笑いを浮かべる。
「……俺は何をやってるんだろうな。ノエルになんて言えば良いんだろう」
一方、その頃、ノエルから逃げ出したジークは王都の商店街を1人で歩いていた。