第258話
「ジーク、これはアンリに飲ませても、問題ないんだよね?」
「まぁ、問題はないと思うぞ。かけられている魔法に効果があるかはわからないし、アンリ王女に使った材料へのアレルギーがなければな。ただ、人を実験台にして良いのかって言う疑問が残るけどな」
エルトはジークが調合した新しい栄養剤の味見を行うと味に関して言えば、問題ないと判断したようであるが、ジークは先ほど、善意で行ったはずの栄養剤作りをエルトに性質の悪い冗談で返されたためか、皮肉を込めて返す。
「悪かったよ」
「一応、城のお抱えの医者にも確認取ってからの方が良いと思う。材料は書き出して置くから、何かダメなものがあるなら、言ってくれ……どうしました?」
ジークの皮肉に、流石のエルトも反省しているのか苦笑いを浮かべて謝る。ジークはそんな彼の謝罪を素知らぬ顔で受け流すと調合鍋から離れ、そばに有った紙に調合方法と材料を書き出して行くが、その行動がセスは気になったようで、彼の手元を覗き込んだ。
「いえ、以前に苦手なものやアレルギーはないかと聞かれましたけど、これをつくるためだったのかと思いまして」
「そうですね」
ジークはカインの屋敷でセスに助けて貰った時に、ノエルから栄養剤の味の改善を視野に入れており、第1弾としてエルトに振り回されて顔に疲れの色が出ているセスに適した栄養剤を作る事を考えていたので、彼女を送る帰り道にしっかりと情報は集めていた。
セスはその事が今になって繋がったようで、驚いたような表情で聞くと、ジークは少しだけ照れくさそうに視線を逸らす。
「しかし、これだけの事をやるのは手間ではありませんか? 私はあまりダメな物はありませんでしたが、それでも大変だったのでないでしょうか?」
「確かに、セスさんは苦手なものもアレルギーもないから、楽でしたね。だけど、薬屋なわけですし、自分が調合した物を服用した人がさらに体調を崩してしまうってなるよりはずっと良いですよ。まぁ、こんな片田舎の小さなところだからできる事ですけどね」
セスはジークが自分のために調合を行ってくれた事に戸惑っているようではあるが、ジーク自身は当然の事だと思っているようで苦笑いを浮かべる。
「ジーク、セスにまで色目を使うのはやめなよ。ジークにはノエルがいるんだから」
「誰も色目なんか、使ってないから」
2人の姿にエルトはからかうように笑うと、ジークは無実だと言いたげに肩を落とす。
「エルト様、何を言っているんですか!?」
「そうだね。セスはカイン一筋だからね」
「そんな事はあり得ませんわ!?」
セスはジークになどなびいていないと声を上げるが、その反応はエルトにとっては予想通りだったようで口元を緩ませ、さらにセスをからかう。
「……ひとまず、ノエルの手伝いでもしてくるか」
「ジ、ジーク、置いて行かないでください!? エルト様もおかしな事を言っていないで、早く王都に戻りましょう。いつまでもジオスにいるわけにはいきません」
セスを助けに行って、矛先をこちらに戻されても困るジークは彼女を見捨てようとする。
セスはそれに気づくと慌てて、エルトに王都に戻る時間だと主張を始め出す。
「そうだね。そろそろ戻らないといけないかな。ノエルの淹れてくれたお茶を飲んでから、帰ろうか」
「……今更だけど、遠慮ってないのか?」
エルトは息抜きもこれまでかなと小さくため息を吐くとジークの背中を押して、ノエルがいる店内に向かって歩き出し、その後をセスが追いかける。
「ノエル、準備できたか?」
「は、はい。これで終わりです」
「……」
店内に戻った時、タイミング良くノエルは薬をまとめ終えたようで笑顔で返事をするとその笑顔を直視してしまったようで、ジークは顔を赤らめて彼女から視線を逸らした。
「ジーク、その反応は初々しいんだけど、ノエルと一緒に住み始めて、結構な時間が経っているんじゃないのかい?」
「ジークさん、どうかしたんですか?」
「な、何でもない。ノエル、エルト王子はお茶を飲まないと帰らないとか、言って、セスさんを困らせているから、お茶を淹れて貰って良いか?」
ジークの反応に楽しそうに笑うエルト。これ以上、からかわれたくないジークは頭を冷やそうと判断したようでエルトが先ほど要求したお茶を淹れて欲しいとノエルに頼む。
「わかりました。少し、お待ちください」
「ノエル、美味しいのをお願いね」
「はい。頑張ります」
「さてと」
ノエルはジークの様子に気づく事無く頷き、エルトは彼女を見送るとこんな事では誤魔化す気はないと口元を緩ませている。
「な、何だよ?」
「何だよじゃないんじゃないかな? ノエルは良い娘だよ。そろそろ、はっきりさせないと横から他の男にかっさらわれるよ。ここは薬屋なわけだし、たまにだとは言え、村以外のお客も来るわけだろ。ノエルが恋愛関係に鈍いのは誰の目から見ても明らかだけど、ジークと違ってはっきりと恋愛表示をする人間はいるだろうし、そうなった時にジークは冷静でいられるのかな?」
からかわれる事がわかっているため、身構えるジーク。エルトはその様子に小さくため息を吐くと現在は恋敵がいないから良いけど、その時にジークはどうするつもりかと聞く。
「そ、そんな事」
「ジークはもう少し、そう言う事を考えた方が良いね。まぁ、ジオスだとすでに薬屋の若夫婦って事で落ち着いているらしいけど、不倫とかに燃える輩もいるみたいだし」
「エルト様、あなたはどこでそんな情報を拾ってくるんですか?」
エルトの質問に視線を逸らすジーク。
彼の反応からも、ジークがノエルに好意を持っている事は誰の目から見ても明らかである。
口では何度も誤魔化してはいるものの、そんなジークが見れた事に満足そうに笑うエルトだが、彼の口からはすでにジオス内ではジークとノエルが夫婦だと認識されていると言い、セスは大きく肩を落とす。
「シルドさんの店にいたおばあちゃん達にね。初めてジオスにきた若い冒険者がノエルに一目ぼれする事もあるみたいだけど、シルドさんやジオスを中心に動いている冒険者達がしっかりと守ってくれているってさ。過疎っている村では嫁に逃げられるわけにはいかないって、みんな、必死だよ。ジーク、ノエルは愛されてるね。ちなみにすでにフィーナを推していた人はいないらしいよ」
「……」
エルトはジオスに来た時に、シルドの店にも顔を出しているようであり、そこでジオス村の嫁獲得計画の進行状況を聞いたようで楽しそうに言う。
ジークは自分の知らない間におかしな事になっていると気づいたのか大きく肩を落とした。