第257話
「納得がいかないんだ」
「……そんな事を言ったって、結果は変わらないだろ。だいたい、ラング様の話じゃ、アンリ王女は自分が病気じゃないって事を知ってるって話なんだ。エルト王子が薬を持ってきたから、気を使って飲んだんだろ。妹に気を使わせるなよ」
ラングから、アンリの正確な症状を聞いた3日後、エルトはセスを引きつれて、ジオスを訪れると薬の調合をしているジークのそばで文句を言っている。
ジークはエルトの様子にため息を吐くが、調合を中断するわけにもいかないようで、手を休める事はない。
「エルト様、無理を言われても困ります。実際、ジークはアンリ様の事を考え、協力をしてくれているわけですし」
「それはわかっている。だからと言っても、納得できる事ではないんだよ」
セスは主人であるエルトをいさめようと声をかける。
実際、エルトもジークに文句を言っても仕方ない事は理解しているようであるが、アンリの事が心配のため、行き場のない感情があるようで大きく肩を落とした。
「あ、あの。エルト様、お茶でも飲んで落ち着きませんか?」
「と言うか、調合の邪魔だから、王都に帰ってくれよ。ノエル、カウンターにメモ紙あるから、それに書いてある薬をまとめてくれるか」
「はい」
ノエルは何度かジークに調合中に見られていると集中できないと言われた事もあるようで、エルトとセスを店内に連れて行こうとする。
ジークはノエルが助けに来てくれた事に目でお礼を言いながら、彼女に1つのお願いをした。
ノエルはジークの視線に彼の言いたい事が理解できたのか、笑顔を見せて頷くと店内に戻って行く。
「何か、目と目で通じあってるって感じだね」
「……」
「セ、セスさん、睨みつけないでください。お願いします」
これ以上、文句も言っていられないと思ったのかエルトは小さなため息を吐いた後、気分を切り替え、ジークとノエルをからかいに移った。
セスはエルトの言葉とジーク、ノエル、2人の姿に殺意のこもった視線でジークの背中を睨みつけ、ジークは背中に突き刺さる視線に顔を引きつらせる。
「後は……流石にエルト王子にお使いを任せるわけにはいかないよな?」
「あー、ジーク特製の栄養剤かい? 持って帰っても良いんだけど、私を鼻で使う気かい?」
「自分で持ってくよ。コストダウンだと思ったんだけどな」
背中に突き刺さる視線を何とか誤魔化そうとジークは話を変え、ラングから頼まれた栄養剤の話をするが、流石に王子であるエルトに王城まで持って帰って貰うわけにもいかなく、また、店を離れないといけないと思ったようで大きく肩を落とした。
「しかし、カイン以外にもあの栄養剤を好む人間がいるとは思わなかったね。まさか、叔父上まで、あんな不味いものを飲んでいるとは思えなかった」
「ラング様はわからないけど、カインは好んで飲んでいるわけじゃないだろ。基本的に無理やり、動くためのエネルギーを身体にぶち込んで、疲れきって、動きを止めようとしている頭を動かさせるものだからな。作っている人間でも、あまり、薦めたくはない。本音で言えば、ゆっくり休めば良いんだろうけど、カインもリックさんも身体の限界まで突っ走る人間だからな」
エルトはカインから栄養剤を1口貰って飲んだ事があるようで顔をしかめると、ジークはエルトの反応はもっともだと思っているのか苦笑いを浮かべた。
「不味いと思っているなら、もう少し、味の改良はしないのかい? ジークは栄養剤はこれしかないんだろ。仮にジークの薬の魔力が解析できたとしても、アンリに飲ませる事ができないじゃないか?」
「あー、わかってるよ。だから、わざわざ、こんなものを作ってるんだろ」
「こんなもの?」
エルトはジークにアンリに飲ませる事が出来る栄養剤を作るように言うが、既にジークは行動に移していたようで、調合していた薬をカップに注ぎ、セスの前に置く。
エルトとセスは何が起きたかわからないようで首を傾げるが、そのカップからは甘い匂いがしている。
「栄養素的には今までのより、少し劣るけど、味は悪くないと思う。まぁ、栄養剤ってよりは野菜スープって気もするけどな。セスさんは誰かさんのせいで、疲れもたまってるみたいだし」
「あ、ありがとうございます」
「まだ、熱いんで、やけどしないでくださいね」
苦笑いを浮かべるジーク。セスはジークの心づかいに感謝するとカップを手に取る。カップの中の薬はジークの言う通り、まだ温かく湯気を上げており、セスは少しでも熱を冷まそうとしているようで何度も息を吹きかける。
「ひょっとして、猫舌ですか?」
「……はい」
「そう言えば、カインに良くからかわれていたね」
セスの様子にジークは1つの答えを導き出すと、セスは気まずそうに視線を逸らす。
エルトは少し前のカインとセスの姿を思い出したようでくすりと笑う。
「相変わらず、性格悪いな」
「そうでもないよ。からかいながらも、きちんとセスの食べやすい温度の料理やお茶が出てくるんだからね」
「確かに、やりそうだな」
エルトの言葉にジークはカインがセスをからかっている姿が目に浮かんだようで小さくため息を吐くと、エルトはカインは嫌がらせだけでは終わらないと言う。
「まぁ、そう言うところで騙されるんだろうな」
「そうだね。騙されるんだろうね」
「……美味しい」
ジークとエルトはどんな事があってもへまをする事が少ないカインに顔を見合せて苦笑いを浮かべる。
セスは2人が何か勘ぐっている事だけはわかるようで気まずそうにするも、何かを言えば、矛先が自分に向かう事はわかるようで知らないふりをして、カップに口を付けるとジークの栄養剤を1口飲み、口の中に広がる甘さに驚きの声を上げた。
「大丈夫そうですね。それじゃあ、試作品ですけど、セスさん、持って帰りますよね?」
「は、はい。いただきます。あ、あの。おいくらですか?」
セスの声が聞こえたようでジークは小さく表情を緩ませると、セスは慌てて栄養剤の代金を支払おうとする。
「別に良いですよ。試作品ですし、続けて飲んで見て、疲れが取れるか教えてください」
「実験台ってわけだね」
「そう言うわけじゃないけど」
ジークは代金はいらないと首を横に振り、エルトはジークがセスで栄養剤の効果を確認するためだと笑うとジークは言いがかりだと言いたげに小さく肩を落とした。