第252話
「そして、診療所はいつもの状況と」
「相変わらず、リック先生は忙しそうですね」
「リック先生、大丈夫ですか!?」
アズの屋敷を出て5人はリックの診療所を訪ねる。診療所は一段落しているのか患者はいないが、リックは診療室の机に突っ伏しており、ジークとライオは苦笑いを浮かべ、ノエルは慌ててリックに駆け寄って行く。
「……ん? 何かあったか?」
「ちょっと、話がありましてね。取りあえず、1本、行っときます?」
「あぁ……相変わらずの不味さだ」
「……飲まなくて良かったですわ」
ノエルの声にリックは目を覚ましたようで大欠伸をした後にまだ覚醒しきっていない頭と開ききっていない眼で、ジークを見る。
ジークは苦笑いを浮かべたまま、栄養剤を1本、リックの机の上に置くとリックはジーク達が訪ねてきた事に何か理由があると察したようで、栄養剤を一気に飲み干すと同時にむせ、無理やり頭を覚醒させるが、彼の様子には何か他のダメージが確実に積み重なっており、セスはジークの栄養剤に手を出していれば、同じ目に遭っていた事が理解できたようで顔を引きつらせた。
「それで、今日は何のようだ? ……おい。ジーク、ノエル、これはいったいどう言う事だ? どうして、エルト王子、ライオ王子が一緒にいるんだ?」
「あー、話せば長くなるんですけど」
リックは改めて、ジークとノエルに診療所を訪れた理由を聞こうとするが、ルッケルのイベントでエルトとライオの顔を知っているためか、2人の王子とジークとノエルが行動を共にしている理由がわからずに眉間にしわを寄せる。
ジークは本日、3度目になる現状報告に面倒そうに頭をかくとリックに自分達が訪れた理由を話す。
「……俺がアズの代わりに王に謁見するだと? それで、アンリ王女の診察をして欲しいと? それはまた、ずいぶんと意味のわからない状況だな」
「はい。話の流れでそうなりました」
「謁見に関してはルッケルの現状を考えれば必要だろう。いろいろな面で王都から支援を受けているし、元々のつなぎをしていたカインがいなくなった事もあるから、後任がカインと同じ考えを持っているとは限らないからな。しかし……俺は身分を捨てたわけだしな。改めて、領主の名代として動くのはな」
リックはアズが身分の事を話した事には特に言う事はないようであるが、医師として生きる事を選んだため、領主の身分を捨てた自分に名代を勤める資格はないのではないかと思っているようで難しい表情をしている。
「お願いできませんか?」
「王子には申し訳ないですが難しいですね。謁見はまだしも、俺は医療に関する者として、同業者を疑いたくもない。医師には医師のプライドがある。患者の不利益になる事をしているとは思えんしな。ジーク、お前だってわかるだろ?」
「まぁ、医者がそんな事をしないとは信じたいですけど、俺は医者じゃないし、自分の利で動く人間の気持ちもわからなくはないですし、人は割と損得で簡単に動きますからね」
エルトはリックが乗り気ではない事に彼の考えを聞こうとすると、リックは医師が嘘を吐いている事はないと思っているようで首を横に振った。
ジークはリックに話を振られると、リックの考えも理解する事が出来るようだが、商人であるがゆえに利益のために他人を蹴落としたくなるような気持ちもわかるようで苦笑いを浮かべる。
「それを確認したいんです。今の状況では何もわかりません。それに王室にいるとお互いの権力を誇示するために足の引っ張り合いと言う物をする輩も多いのでアンリのそばにいる者がそうでないと確かめたいのです。弱みを見せてしまえば、今の地位を失ってしまうから、父上に嘘を吐き、体裁を保っている者がいないとは言い切れませんから」
「そうか。流石に事が大きすぎる。時間を頂けませんか?」
「わかりました」
真剣な表情でリックに再度、協力を頼むエルト。リックはその様子に腕を組み、時間が欲しいと言うとエルトはその言葉に直ぐに頷く。
エルトの答えにリックはどうするべきか考えだしたようで、一言も話さなくなってしまう。
「リック先生?」
「ノエルさん、少し待って、リック先生にも考える時間が必要だよ」
考え込むリックの姿にノエルは協力して欲しい事もあり、彼の名前を呼ぶ。ライオは話が大きな事でもあるため、考える時間がリックに考える時間を与えて欲しいと言う。
「で、ですけど」
「ノエル、ライオ王子の言う通りだから、エルト王子も考える時間を取る事を許可したんだから、俺達ができるのはリックさんが答えを出すのを待つだけだ……取りあえず、答えが出るまでは俺は片付けでもしようかな? どうせ、家の中も酷い事になってるだろうから」
リックが答えを出す時間が待ち切れないノエルは納得がいかないような表情をしているが、ジークは彼女に声をかけると頭をかきながら、診療所とリックの家を繋ぐドアを開け、奥に入って行く。
「あ、あの。わたしもお手伝いします」
「私達はどうしようか?」
「私は少しこちらの整理を行います」
ノエルはジークにも引きとめられた事もあり、リックの答えが出るまで待つ事を決めたようでジークの後を追いかけて行く。
エルトは何もする事がない事もあり、苦笑いを浮かべるとセスは荒れてはいないが薬の残量を確認したいようで薬品棚を開ける。
「いろいろとそろってますわ」
「セス、薬をいじっても良いのかい? 専門的なものだし、触らない方が良くないかな?」
「わからない物に触らない方が良いですよ」
薬品棚を開け、セスは並べられている薬品の種類の豊富さに驚きの声をあげた。薬品は知識のない者が触ると危ないと思ったようで彼女を引き止めるライオ。その時、ライオとセスのやりとりが聞こえたのか、ドアからジークが顔を覗かせ、セスを止める。
「ジーク、部屋の片づけは良いのかい?」
「思ったより荒れていなかったんで、あっちはノエルに任せます。俺が薬品棚をいじった方が効率が良さそうなんで、セスさん、そこを避けて貰っても良いですか?」
「は、はい。それではお任せします」
ジークが戻ってきた事に首を傾げるエルト。ジークは苦笑いを浮かべるとセスに代わり薬品棚にある薬品の在庫量を確認して行く。
「と言うか、長くなりそうだから、1度、王都に戻ったらどうですか? 事が事だけに直ぐに答えが出るとは限りませんし、答えが出たら、知らせに俺が王都に行けば良いわけだし、魔術学園に行けばライオ王子が対応してくれるんだろ」
「あぁ。そうだね。兄上、あまり長い間、王都にいないのは問題になりますので、私達は戻りましょう」
「そうだね……セス、転移魔法でルッケルにも飛べるようにしておいてくれるかい?」
「すでに済ませております。それでは失礼します」
薬品棚をいじりながら、ジークは3人に王都に戻った方が良いのではないかと言う。
ジークの言い分はもっともであり、ライオはエルトに声をかけるとエルトも納得したようで大きく頷くとセスは転移魔法を使い、3人は光の球に代わり、リックの診療所を出て行く。