第249話
「それで、今日は何があったんですか?」
「ノエルの淹れたお茶はいつも美味しいね」
カインの話をあまり出して欲しくないセスは、改めて、今日の集まりの事を聞くと、エルトは彼女の質問を軽く無視してノエルの淹れたお茶を誉める。
「そ、そうですか?」
「良いお嫁さんになれるよ」
「そ、そうでしょうか?」
誉められた事にノエルは少し恥ずかしそうに笑うと、エルトはさらにノエルをからかいに走り、ノエルはちらちらとジークへと視線を向けた。
「そろそろ、本気で始めないか? 俺も薬の調合があるんだけど、この間、王都で読んだ薬の調合もやってみたいし」
「ジーク、その反応はどうかと思うよ」
「良いから、始めるぞ。だいたい、あまり長い時間、王子様2人が王都を開けるのも普通に考えて不味いだろ。えーと、まず、どうして、こんな状況になったかと言うとですね」
ノエルの視線に反応するわけにもいかないと思ったようで、ジークは無理やり、話を本題に戻そうとするが、エルトはつまらなさそうにため息を吐く。
エルトの様子にこのままでは話が本当に進まないと判断したジークはセスに今回の集まりに至った流れを話す。
「アンリ様の診察を他の医師にですか?」
「はい。かなり長い間、体調を崩していると言いますし、単純に医師の能力が信じられないんですよ」
「そうですか……」
ジークがアンリの体調を心配している事にセスは少し驚いたような表情をするものの、実際、ジークが考えている事は常軌を逸する事であり、セスは賛成する事ができないようで眉間にしわを寄せる。
「難しいでしょうか?」
「そうですね。難しいと思います。それ以前にそんな事を認めるわけにはいきません」
ノエルは不安そうな表情で聞き返すと、セスは無理だと首を横に振った。
「やっぱり、無理か? カインならできると思ったけど、セスさんじゃな」
「……ジーク=フィリス、それはいったい、どう言う意味ですか?」
ジークは真面目一筋のセスが頷くとは当然、思っておらず、王都でセスにあった時の事や先ほどのエルトからの話から、彼女を煽るためにカインを引き合いに出す。
その言葉にセスの目つきは鋭くなる。カインに恋愛感情を抱いてはいるものの、彼女自身は彼に自分を認めさせたいと言う気持ちを強く持っているため、ジークの挑発に彼女の自尊心に火が点く。
「……ジーク、上手いね」
「まぁ、なんだかんだ言いながら、ジークが1番、カインの性格を理解しているからね。セスのカインへの恋愛感情を知ってしまえば、やる気にさせる方法なんてすぐに考え付くよ」
ジークがセスを挑発する姿にライオは苦笑いを浮かべると、エルトはジークをかなり評価している事もあるためか、楽しそうに笑っている。
「カイン=フィリスにできる事が私にできないなどあり得ませんわ!!」
「なら、協力してくれますよね?」
「当然ですわ!!」
セスはジークに完全に乗せられ、声高に協力する事を宣言し、ジークは上手くセスを扱えた事に口元を緩ませた。
「……と言うか、ノエルさんのジークへの信頼は正しい気がしてきたよ」
「おかしな事を言わないでくれ」
ライオは先日の王都でノエルがジークなら口で誤魔化せると言った事を思い出して肩を落とす。
その様子にジークは不本意だと言いたげだが、誰からもジークをフォローする言葉は続かない。
「それじゃあ、セスも協力してくれると決まったから、改めて、アンリを連れだす方法でも考えようか?」
「あう……」
エルトはここに集まったメンバーの意見は合致した事を改めて口にする。
その行為はセスの逃げ場を潰すための追い打ちであるが、勢いに任せて頷いてしまったセスが少し冷静になったのか、顔から血の気が引いて行くが、声高に宣言した事もあり、何も言えないのか小さく身体を縮めている。
「それで、ライオから聞いたんだけど、ジークとノエルはルッケルにいる医師にアンリを診察させたいんだよね?」
「あぁ。名前はリック=ラインハルト。俺はかなり昔から、世話になってる人なんだけど、腕も確かだし、信頼にするには充分な人だと思う」
「無理です。仮に地方の医師など、信用する事はできません。診察をしていただくなら、王都で名前を聞く名医を選ばないといけません。それにアンリ様を王室から連れ出すわけにはいきません……リック=ラインハルト医師? ルッケルのラインハルト?」
エルト自身はリックの事を知らないようで、ジークにリックの説明を頼む。ジークからのリックの説明にセスは地方都市の医師など任せられないと主張するも、リックの名前に何か引っかかったようで首を傾げた。
「あの、セスさん、どうかしたんですか?」
「いえ、そのリックと言う名の医師の名前を私はどこかで聞いたような気がするんです。同姓同名かも知れませんが」
「同姓同名で、有名な医者がいるのか?」
リックの名前に何か思い出せそうなのか、首をひねるセス。ジークはセスの疑問に首を傾げる。
「……いえ、医師ではなく、ルッケルの先代の領主の名前がリック=ラインハルトと言ったような?」
「え? アズさんの前の領主って、アズさんの親父さんじゃないのか? それにアズさんの先代領主は、昔の鉱山事故で亡くなったって聞いてるんだけど」
セスの記憶にある『リック=ラインハルト』と言う名はルッケルの先代の領主の名前であり、ジークが知っている先代の領主とは異なっており、ジークは意味がわからないようで首を傾げた。
「確かに、ルッケルの領主は事故で亡くなっています。その後はご子息が小さい事もあり、ご子息を支えると言い、先代領主の奥様が統治を行っていたと思います。その後、今の領主様になったのは……すいません。覚えていません」
「アズさんは結婚されていませんよね? アズさんのお名前は『アズ=ティアナ』でしたから、家名が変わっている理由がわかりません」
セスは記憶を手繰ろうとするが、全てを思い出す事はできないようで、申し訳なさそうに言う。
その言葉にノエルはアズが領主になった経緯がわからないようで頭に疑問符を浮かべている。
「ジーク、ルッケルに行ってみようか? ライオから聞いたんだけど、魔導機器でルッケルまでは転移できるんだよね?」
「まぁ、そうだけど」
「なら、決まりだね。考えてもわからないなら、わかる本人に聞いてみよう。アンリをルッケルに連れて行くとしたら、アズにも協力を頼むのは必須だしね」
エルトは何かの判断基準になると思ったようで、アズに話を聞きに行くと言い、ジークは多忙なアズの邪魔をして良いか考えているようで頭をかく。