第245話
「広いですね。ここから目的の本を探すのは大変ではないでしょうか?」
「そ、そうかもな」
ジークとノエルは王立図書館を訪れるが、その蔵書量はケタ違いである。カインやアーカスの書庫でも本を見つける事のできなかった2人には案内板などがあるとは言え、既に諦めが漂い始め出す。
「まぁ、学園と隣接している事もあるから、魔法の専門書以外はこちらに移しているって事もあるしね。いろいろな人達が寄贈してくれた本も多いから、かなりの蔵書量だよ。国内では最大だと思うよ」
「……今日は弟の方かよ」
「お、お久しぶりです」
その時、2人の背後から声が聞こえ、ジークはその声の主にもあまり良い思い出はないためか、ため息を吐き、ノエルは慌てて振り返り、頭を下げた。
そんな2人の様子に声の主であり、エルトに続き、第2王位継承者であるライオは苦笑いを浮かべる。
「久しぶりなのに、流石にその反応は酷くないかい?」
「あれだけ、厄介事に巻き込まれたんだ。当然の権利だ」
「厄介事って言っても、元々、兄上とカインが企てた事であり、私に非はないと思うんだけど」
「その前に誰のせいで、おっさんと揉めたと思ってるんだよ?」
ジークの態度にライオは不満を口に出すが、ジークにとってこの態度は正当なものだと言う。
「あ、あの。ジークさん、落ち着いて下さい。ライオ様は王子様なわけですし、おかしな事を言うと問題になっても困りますし」
「そうだよ。これでも権力者だよ。ジークは冒険者なんだし、権力者との繋がりは大切にした方が良いと思うんだ」
「俺はく・す・り・や。あんな住所不定無職と一緒にするな!!」
ノエルはライオの機嫌を損なわせるのは不味いとジークの服の袖を引っ張った。ライオはノエルの様子を見て、そんな気はさらさらないものの胸を張り、権力者だと言う事を強調するが、ジークが冒険者と言ったものと一緒にされる事を毛嫌いしている事を知らないライオは彼の逆鱗に触れてしまい、図書館にはジークの怒声が響きわたり、利用客からの冷たい視線と、司書からの咳ばらいが聞こえる。
「ジ、ジーク、どうしたんだい?」
「ジークさん、落ち着いてください。図書館ではお静かにです」
ジークの突然の怒声に何があったかわからないようで目を白黒させるライオ。ノエルは突き刺さる視線に耐えきれなくなったようで、ジークに声をかけた後、こちらを見ている人々に何度も何度も頭を下げる。
「悪かったよ。フィーナさんは冒険者だって言ってたし、ルッケルでは冒険者のお店に泊まってたりもしたから、ジークもノエルさんも、冒険者だと思ってたんだよ」
「……俺は何度も薬屋だって言ってたよな?」
「いや、冗談だって思ってたよ」
「そんな冗談を誰が言うか」
ライオは本当にジークを冒険者だと思っていたようで、素直に自分の非を認めるが、ジークは眉間にしわを寄せたまま、選んできた薬学の本のページをめくる。
「だからと言って、そこまで、怒らなくたって良いじゃないか。それにジークは薬屋なんだから、冒険者はお得意様だろ」
「そ、そうです。それにジルさんのお店の冒険者や、シルドさんのお店の冒険者にはいつもお世話になっているじゃないですか?」
「……」
ライオの言葉にノエルはいつもお世話になっている冒険者達の顔を思い出して欲しいと言い、ジークの説得を試みた時、本のページをめくっていたジークの手が止まった。
その様子に何かあると思ったようでノエルとライオは身構えるが、ジークの視線は開かれたページに釘づけである。
「ジークさん?」
「どうかしたのかい? ノエルさん、ジークって、こんなタイプだった?」
「い、いえ、ジークさん、あまり、本って読まないので……と言うか、直ぐに飽きてしまいますので、どうしたんでしょうか?」
ジークの様子にノエルとライオは彼が読んでいるページを覗き込むが、ジークはぶつぶつと本に書かれている事をつぶやいている。その姿は普段の彼を知っている人間から見ると物珍しい姿であり、ノエルは首を傾げる。
「まぁ、集中しているって事かな?」
「そうですね。興味があるものなら、頭に入るって事なんでしょうか?」
ライオはいくら呼んでも反応のないジークの姿に、頬やわき腹を突いてみる物のそれでも反応はなく、諦めたようで1つため息を吐く。ノエルは2度、ジークが調べ物を投げだしている姿を見ているためか苦笑いを浮かべた。
「あの、それで、ライオ……ネット様は」
「あ、ライオで良いよ。あの時は慌てて、偽名を使ってしまったけど……そのままだしね」
「そ、そうですね」
「それに私は魔術学園にも在席させて貰っているから、ここにはよく来ているしね。私の事を知っている人間も多いから」
「わかりました」
ノエルは手持ち歩さになってしまった事もあり、ライオが図書館に訪れた理由を聞こうとするが、ルッケルで使っていた『ライオネット』と言う偽名を使った方が良いと考える。
ライオはノエルの様子に少しだけ、気まずそうに視線を逸らすと偽名で呼ぶ必要はないと答え、ノエルはその言葉に素直に頷く。
「それでは改めまして、ライオ様は、図書館に何かご用だったんですか?」
「さっきも言った通り、魔術学園に席を置いているからね。調べ物だよ。ちょっと、気になる事があってね。魔術学園の方でも調べたんだけど、あっちは専門的すぎてわからない事も多くて、基礎知識くらいはこっちで調べようと思ってね」
「調べ物ですか?」
「あぁ。それで、ジークは薬屋だって冗談を言っていたし、良いところで見つけたと思ったんだけどね」
「また、ジークさんの機嫌を損ないますよ」
「そうだね」
ライオの調べ物は薬剤師のジークの知識が役に立つと思ったようだが、ジークは目の前で専門書に夢中になっており、ライオは苦笑いを浮かべる。
「ライオ様の調べ物はジークさんがお手伝いできる事なんですか?」
「あぁ……ノエルはアンリが体調を崩している事は知っているんだよね?」
首を傾げるノエルにライオはあまり声を大きくして言えないようで、声量を落として、アンリの体調について聞く。
「は、はい。先日、エルト様に商品をお譲りしましたから……あの、まだ、アンリ様は体調が優れないんですか?」
「そうだね。兄上が持ってきたジークの薬で少し回復の兆しが見えたんだけど、直ぐにまた、体調を崩してしまってね。それで、私にも何かできないかと思って、薬学の専門書をね」
「そうなんですか?」
ライオは妹のアンリの事を心配しているようであり、何か彼女の力になれないかと思っているようである。