第244話
「……と言うか、本当にあいつはリザードマンの言葉を話せなかったのか? これを見る限り、話せそうな気がするんだけど」
「ど、どうでしょう?」
カインの屋敷から戻った2日後、ジークは珍しく村のお年寄りも集まってこないため、店番をしながら、カインの屋敷から持ってきたリザードマンの言語を勉強しようと本を開く。
本の中にはびっしりとカインの字でメモが書かれている。それを見たジークはゴブリンの集落でカインは自分では話せないと言っていた事が嘘だと思ったようで眉間にしわを寄せた。
「リザードマンさん達は文字を持ちませんし、発音や聞き取りもありますから、人族とでは会話をするのが難しいと思うんです。カインさんの事だから、ところどころ、話も聞きとれていた気がしますけど……あれですよ。きっと、カインさんは完璧主義なところもありますから、だから、話せないって言ったんじゃないでしょうか?」
「そうだな。交渉とか言葉が通じないなかだと、誤解を招く事もあるし、完璧じゃないのもので、表に出るわけにもいかないと思ったんだろう。そう思って納得しておく事にしよう」
「はい。それが良いと思います」
2人はカインが言うリザードマンの言葉を使えないと言う事がどこまでの事を意味しているのかわからずに顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。
「まぁ、ある程度、理解ができたら、集落に行って、練習に付き合って貰えば良いんだから、そう考えると少しは気が楽だよな」
「そうですね」
「ただ……俺が理解できればだけど」
先日、リザードマン達と面識もできた事で、先生は充分な数が足りているのだが、ジーク自身が本を開いた事で、すでに嫌になったように見え、ノエルはその姿に何と言って良いのか苦笑いを浮かべたままである。
「……基本的に勉強って言うのに向いてないんだよな」
「あ、あの、向いてないも何も始めたばかりですし、頑張りましょうよ。わたしも頑張りますから」
「あれだな。もう1度、王都に行って、俺の知らない薬の知識はないか調べてくるべきだな」
「ジ、ジークさん、どうして、そうなるんですか!?」
「ノエル、準備だ。セスさんに渡すものもあるしな。それに栄養剤の改良はした方が良いってリックさんもカインも言ってたしな」
ジークは他種族の言葉を覚えてみようとは思ったものの、カインがここまでやって使えないと判断したものに湧く集中力は持ち合わせていないようで、ぺらぺらと本をめくると自分の本職である薬術や薬学の本を探しに行こうと現実逃避まで始める始末である。
ノエルはそんなジークの様子に声をあげるが、ジークは店内にある商品をまとめ出すが、ノエルはその姿にどうして良い物かとあたふたと慌てだす。
「これで、良いな。ノエル、行くか?」
「あの、良いんですかね? わたしがジオスに来てから、お店、休みすぎな気もするんですけど」
「それに関しては気にしなくて良い。元々、村のメンツはここを集会所にしているだけだしな。ウチが開いてなければ、シルドさんの店に行くし、薬が必要でもシルドさんの店にも置いてあるしな」
「そうかも知れませんけど」
結局、ノエルはジークを説得する事ができず、しぶしぶ頷くもまだ納得ができていないようであり、大きく肩を落としている。
「それじゃあ、行くか?」
「ま、待ってください。プレートを変えないと」
「おっ邪魔します」
ジークが魔導機器を使って転移を行おうとした時、フィーナが勢いよく店のドアを開けた。
「フィーナさん?」
「お前は店を壊す気か?」
「何を言ってるのよ。これくらいで壊れるわけないでしょ……しかし、相変わらず、変わり栄えのない品ぞろえね。もっと、一気に回復する魔法薬とかないの? こんな一般的な回復薬とかじゃなくて」
彼女の登場にジークは眉間にしわを寄せるが、フィーナはまったく気にした様子もなく、いつも通り、店内の薬品の物色を開始する。
それだけでもかなり迷惑なのだが、効果や使用方法も理解していないくせに文句まで言い始め、ジークはそんなフィーナの態度に眉間にはぴくぴくと青筋が浮かびだす。
「ジ、ジークさん、落ち着きましょう」
「ノエル、何を言っているんだ? 俺は落ち着いている」
「ちょ、ちょっと、ジーク、何をするのよ!? 私はお客よ」
ジークの様子にノエルは彼の怒りが限界に近い事を察し、なだめようと試みる。ジークは表面上は冷静さを保っているようにも見えるが、日頃のフィーナの行いもあるためか、既に我慢は限界のであり、ジークはフィーナの首根っこをつかんだ。
「文句があるなら、店にくるな。だいたい、金も払わない窃盗犯を客とはみなさない」
「ちょっと、開けなさいよ!! 聞いてるの!! 開けなさい!!」
ジークはフィーナの首根っこをつかんだまま、彼女を店の外まで、引きずって行くとプレートを『準備中』に変えると勢いよくドアを閉め、カギをかける。
フィーナは締め出された理由がわからないようで文句を言いながら、店のドアを何度も叩くが、ジークは完全に無視を決め込むつもりのようであり、ドアから離れる。
「ノエル、行くぞ。ここにいるとうるさいからな」
「は、はい。わかりました!?」
ジークはフィーナの声が耳触りのようで、ノエルに声をかけるとノエルは現状では何も言わない方が良いと判断したようで大きく頷く。
ジークはノエルの返事を聞くと魔導機器を発動させ、2人は王都にあるカインの屋敷へと転移し、無人の店にはフィーナの怒声だけが響きわたる。
「到着」
「そ、そうですね」
無事に転移に成功し、ジークはカインの屋敷の玄関のドアを開ける。ジーク自身は他の人への怒りをぶつけるような事はしないがノエルはジークの怒りが治まっているのかわからない事もあり、1歩、彼から距離を取った。
「そして、また、同じ展開」
「そ、そうですね。カインさんの事だから、しっかりとジャンル分けされているとは思いますけど、ジークさんはこの間は薬学系の本は見てないんですよね?」
「あぁ、見てないな」
カインの書庫に移動して、ジークは薬術や薬学の本を探そうとするが、蔵書量の多さを思い出して大きく肩を落とす。
その姿にノエルはジークの頭が冷えたと思ったようで彼の隣に並び、苦笑いを浮かべる。
「でも、ジークさんは専門家何ですから、どの本が目的の本かわからないんですか? 背表紙とかで」
「あー、基本的に、俺はばあちゃんに見て覚えろって、やって覚えろって言われた人間だからな、あまり、本での勉強は向いてない気がする。それに背表紙を見ても……知らない言葉で書かれてるものが多くてな」
「そ、それは確かにそうかも知れませんね」
ジークは薬学や薬術の本を探しにきたと言うわりには、知識より実技向きのタイプであり、どうするか考えているのか、適当に本を取り出しては中を覗くと本棚に戻して行く。
ノエルは遺跡から持ってきた魔法書の時は、先ほどの言語の本の事でジークが勉強が嫌いな事を察したようで肩を落とす。
「セスさんに聞くにしても、城に行っても門前払いなのは間違いないし、何より……エルトを追いかけ回しているだろうし」
「そ、そうですね。エルト様は、また、お城から逃げ出して居そうな気がします」
昼間のため、エルト王子付きのセスは公務で忙しいと考えようとするが、2人はどうしてもエルトが真面目に公務を行っている姿は思い浮かばなかったようで、逃げたエルトを探し回っているセスの姿が目に浮かび眉間にしわを寄せた。
「それなら、王立の図書館に行ってみるか? そこなら案内もしっかりとしてると思うし、わからない事を聞けば司書さんが案内してくれるだろ」
「そうですね」
ジークは王立図書館へ向かう事を提案すると、既にノエルの中には諦めもあるようで素直に頷き、2人はカインの屋敷を出て行く。