第243話
「セスさん、大丈夫ですかね?」
「まぁ、大丈夫だろ……きっと、と言うか、カインの寝具の匂いをかいで、おかしな想像していたらイヤだな」
食事の片づけを終えるとジークとノエルはカインの書庫で、他種族の言語の本を探す。ノエルはセスの事が心配なようで表情を曇らせるが、ジークは他の心配が頭をよぎったようで眉間にしわを寄せる。
「……ちょっと、おかしな人だけど、カッコイイ人だと思ったんだけどな。いろいろと台無しだ」
「ジークさん、セスさんの様子を見てた方が良いですかね? 目を覚ました時、知らない部屋で1人だと不安でしょうし」
「いや、それは止めておけ。へんなタイミングだといろいろかわいそうだから」
ジークはルッケルのイベントで初めてセスと対峙した時はカインに遊ばれてはいたもののキリッとした印象を持っていたようで、その後にエルトに遊ばれたり、カインの事で慌てているセスの様子にため息を吐く。
ノエルはセスの様子を見てくると言い、書庫を出て行こうとするが、ジークは彼女を引き止める。
「どうしてですか?」
「あー、他人に寝顔を見られるのを嫌う人もいるだろ。あの人、真面目そうだし、そう言うのを気にするんじゃないかな? それにエルト王子に巻き込まれて忙しそうだし、ゆっくりと休めてない気もするしな。実際、顔色もあまり良くなかったし」
「それもそうですね」
ジークが自分を引き止めた事にノエルは不満げな表情をするが、ジークはセスの健康状態をあまり良くないと判断したようで休ませて欲しいと答え、薬屋と言う事で医学について多少の知識のあるジークの見解にノエルは納得がいかないようだが頷いた。
「しかし……アーカスさんの時もそうだったけど、俺達も成長しないな」
「はい……本がたくさん、ありすぎて、どれが言語の本かわかりません」
「まぁ、アーカスさんの時と違って、せっぱつまってるわけじゃないから良いんだけどさ」
「そうですね。それにカインさんの性格なら、関連する本でまとめてある気がしますから」
改めて、本を探そうとするとカインの蔵書量の多さにジークはため息を吐き、ノエルは苦笑いを浮かべる。
「……そうか。これがフィーナが付いてこなかった理由か?」
「そ、そんな事もないと思いますけど」
「あ、あの。ジーク、ノエル?」
目的の本は見つからず、ジークは飽きてきたようでため息を吐いた時、ドアをノックする音が聞こえ、セスが気まずそうに顔を覗かせた。
「セスさん、大丈夫でしたか?」
「は、はい。お恥ずかしいところを見せてしまいました。申し訳ありません」
ノエルはセスの顔を見て、安心したようで胸をなで下ろすとセスは2人に迷惑をかけてしまった事もあり、深々と頭を下げて謝罪をする。
「いや、別に気にする必要はないですよ。だいぶ、疲れてるみたいですし。あ、そうだ。これ、うちの自慢の栄養剤なんですけど、疲れをとるのに飲んでおきますか?」
「はい。ありがとうございます」
「ダ、ダメです!? そ、それは危険です!!」
ジークは疲れの取れていないセスの身体を気づかって、栄養剤を渡そうとするが、ノエルはカインやリックから、ジークの栄養剤の不味さを聞かされているため、慌ててセスの手に渡される前にジークから栄養剤を取り上げる。
「ノエル、どうしたんですか?」
「こ、これはダメです。カインさんやリック先生から聞いたんですが、この栄養剤は確かに効果は抜群なんですが、1口飲むと魂が冥府に引っ張られるような味がするんです。そんなものをセスさんが飲んだら、死んじゃうかも知れません!!」
「……あ、あの。ジーク?」
「気付けの効果もあるから、少し苦いけど死にはしませんから、問題なんてありません」
ノエルの様子にセスは何があったかわからないようで、原因である栄養剤の調合者であるジークに聞くが、ジークは迷う事なく問題ないと言い切った。
「問題あるから言ってるんです。セスさんにゆっくり休んで欲しいなら、意識が失いそうな時に無理やり覚醒させる栄養剤だと問題あります」
「そうか……意識を刈り取って休ませろって言うわけだな。少し考えて見るか?」
ノエルにとってはこの栄養剤は触れてはいけない猛毒と変わらないようであり、全力で却下しようとすると、ジークのおかしなやる気に火が点く。
「ジーク、私はその栄養剤は少し遠慮したいです」
「そうですか? それは残念です」
セスはジークの様子に血は繋がっていなくてもジークとカインが兄弟だと言う事を感じ取ったようであり、顔を引きつらせるとジークは顧客確保のための試供品と考えていたようで残念そうに苦笑いを浮かべる。
「あー、そうだ。セスさんって、見た感じ、疲れているみたいですけど、夜中に眠れてます?」
「ど、どうしてですか? 大丈夫です」
「いや、普通に顔色が良くないんで、栄養剤も何ですけど、必要かと思ったのは本当なんですよ」
ジークはセスの様子に最近の体調を聞く、セスは心配させないように笑顔を見せるがその笑顔には無理があるように見える。
「それなら、ジークさん、前にわたしに淹れてくれたお茶はどうでしょうか? あれって、眠くなる成分も入っているんですよね?」
「眠くなる成分って言うのは、変な誤解されそうだけどな。精神を休める効果があるんだよ。今日は持って来てないから、今度、持ってきますよ」
セスの様子にノエルは彼女を心配しているようで何かないかと考え始めると、以前、ルッケルへ向かう途中で野営をした時にジークが淹れてくれたお茶の事を思い出す。
「良いんですか?」
「良いですよ。まぁ、うちで扱っているような安物ですけどね。後は……要ります?」
「えーと、それは遠慮します」
ジークは今度、セスにお茶を持ってくると言った後、念のためにもう1度、栄養剤について聞くが、セスは勢いよく首を横に振った。
「そうですか? ……それじゃあ、セスさんも起きたし、ノエル、今日はジオスに帰るか?」
「そうですね。明日もお店を開けないといけませんし、本も見つからないですし」
セスに断られ、苦笑いを浮かべるジークはノエルにジオスに戻ろうと言い、ノエルは頷く。
「お探しの本は見つかっていないんですか?」
「はい。流石に本が多すぎて、どこを探して良いかわからなくて」
「そうですか? どんな本をお探しですか? ここの本なら、ある程度、どこにあるかわかりますけど」
セスは今日のお礼なのか、ジークとノエルの目的の本を探すのを手伝ってくれると言う。
「良いんですか?」
「はい。さほど、時間もかからないでしょうし」
「それなら、他種族の言語の本って、どこにありますか?」
「言語ですか……確か、言語関係はこちらだったはずですが」
ジークとノエルはセスの提案に1度、顔を見合わせるとセスに案内を頼み、セスは1人で書庫の中を進んで行き、2人は慌てて彼女の後を追いかけて行く。
「ここが言語関係です。この本棚は全部、そうだったと思いますけど」
「ありがとうございます……数、多いな」
「ほ、本当ですね」
セスが案内してくれた先の本棚にはびっしりと本が並べられており、ジークとノエルは顔を引きつらせる。
「まぁ、地方によって言葉も違いますし、必要ですからね」
「そうですか……どれから、持って帰れば良いかわからない」
「えーと、これとこれじゃないでしょうか?」
ジークはどの言語から勉強しようかと首を傾げるとノエルは背表紙からゴブリン語とリザードマン語の本を取り出す。
「……魔族の言葉を勉強するつもりなのですか?」
「ダ、ダメですか?」
ノエルが取り出した本を見て、セスは眉間にしわを寄せるとノエルはセスの様子に声を裏返した。
「……魔族の言葉など覚える必要などありません」
「あー、セスさんって、先日、ジオスの周辺に魔族が出たって噂を知ってますか?」
「ええ、まぁ……聞いています。まだ、討伐されたと言う話は聞いていませんが」
セスは人族らしく魔族へと偏見をしっかりと持っており、ジークは先日、ジオスの周辺にゼイがきた時の話をする。
「いや、言葉が通じるなら、死にたくないし、命乞いして、時間が稼げれば逃げようと思って」
「ジーク、それは本気で言っているんですか?」
「そりゃ、まぁ、俺は村の薬屋ですし、やっぱり死にたくはないですから」
「ジークは腕が立つのですから、魔族を討伐できます」
ジークはセスの様子に真実を言うわけにはいかないと思ったようで苦笑いを浮かべて誤魔化すが、セスはジークの実力を評価しているようで魔族を殺せと言う。
「いや、そう言うのは遠慮します。さっきも言いましたけど、俺は薬屋なんで、命を奪うのは遠慮します。魔族だろうと人族だろうと命ですからね」
「甘い考えですね」
「まぁ、甘くてもそれが俺なんで、それじゃあ、目的も達したし、ノエル、セスさんを送ったら、ジオスに帰るか?」
「そうですね」
しかし、ジークは命を助ける職業に関わっているものの信念だと笑う。セスはそんなジークの表情に納得はいかないようだが、ジークは気にする事なく、セスを送って行くと提案し、ノエルは大きく頷いた。
「べ、別にその必要はありません」
「そう言わないでください。俺とノエルじゃ、これを探すのにどれだけ時間がかかったかわかりませんし、それにセスさんに何かあったら……エルト王子を抑えつける人がいない」
「抑えつける自信がまったくありませんわ」
セスは必要ないと首を振るが、ジークはエルトの暴走を止めるのはセスの肩にかかっていると思ったようで、彼女の護衛をしっかりとしてから、ジオスに戻る。