第242話
「しかし、今更だけど、あいつ、このだだっ広い家に1人で住んでたのか?」
「そうですね。凄く、キレイに片付いてます。カインさんってやっぱり、マメです」
カインが事前に転移先に登録していたカインの王都の家は屋敷と言っても遜色のない大きさであり、ジークは掃除の行き届いたキッチンで小さなため息を吐くと買ってきた食材をテーブルの上に下ろす。
ノエルはジークの言葉に生返事をするとキッチンの様子が気になるのかキョロキョロと見回し、カインの性格が出ているキッチンに感心したように言う。
「確かにな……と言うか、カインがマメだから、比較してフィーナがさらにズボラに見えるんだ」
「そ、そんな事は無いと思いますけど……ジークさんもかなりマメだから、気になるんですよ」
兄妹でどうして、あんなに違うのかとジークはため息を吐くが、ノエルはジークの性格も関係していると苦笑いを浮かべる。
「まぁ、良いや。取りあえず、飯だな……と言うか、あいつって、1人暮らしだったんだよな。食器って、2人分もあるのか? 性格が歪んでるから、友達とここで夕飯みたいな事はないだろうしな」
「そんな事はないと思いますけど、ルッケルでたくさんの人が力を貸していてくれましたし、きっと、交友関係も広いと思いますよ」
「そうだな。食事に誘って、洗脳とかしてても違和感ないもんな……ん? しっかりとそろってるな。それも結構、大人数に対応できるくらいの食器があるぞ」
「えーと、それは違うと思いますよ」
ジークはカインが友人達と食事をしている姿は思い浮かばなかったようで苦笑いを浮かべると調理器具を探すと食器類も調理器具も簡単に見つかり、ジークは料理を始める。
「……作り過ぎたか?」
「そうですね」
「まぁ、持って帰れば良いか? 明日の朝までなら腐らないだろ、とりあえず、腹も減ったし、夕飯にするか」
料理を終わらせ、2人分を皿に盛り付けると1人分くらいあまってしまい、2人は顔を合わせて苦笑いを浮かべるとテーブルに座り、夕飯を食べようとした時、屋敷の玄関に取り付けているチャイムがなり、来客を知らせる。
「客?」
「みたいですね……カインさん、居ないですけど、出た方が良いんでしょうか?」
「そうだな……カインが領地を貰った事を知らない知り合いもいるかも知れないし、説明くらいして置くか」
家主であるカインの不在に2人はどうするか悩むが、放って置くわけにもいかず、2人は玄関に向かう。
「あれ? セスさん?」
「ジーク=フィリス? ノエリクル=ダークリード? お2人がどうして、カイン=クロークの屋敷に?」
玄関にはセスが立っており、お互いに予想していなかった相手の登場に3人は顔を見合せて首を傾げる。
「わたし達はカインさんがこの屋敷にある魔法書とかを使って良いと言ってくれましたので、お借りした魔導機器で」
「それで、遅くなったから、夕飯を食ってから、ジオスに帰ろうと思ったんだよ。それで、セスさんは?」
「い、いえ、特に用があったわけではないのですが、灯りが点いていましたので、何かあったのかと思いまして……すいません」
セスは家主が不在のはずの屋敷に灯りが点いている事に疑問を持ったと告げた時、彼女のお腹が可愛い悲鳴を上げ、その音にセスの顔は一気に真っ赤に染まった。
「こんな時間ですしね」
「確かにな。セスさん、夕飯食べてきます? あー、ダメか。セスさんって、貴族だって聞いてるし、エルト王子付きなら、俺達が食うようなものじゃ、失礼か?」
「そんな事はありません。研究室のメンバーでここで夕飯をごちそうになっていましたし」
ジークは、女性の腹の虫を聞いてしまった気不味さに視線を逸らすが、1人分の料理が残っている事もあり、セスを夕飯に誘う。
しかし、カインとエルトから衰退して行っているとは言え、貴族であるセスを誘うのは失礼だと思ったようで苦笑いを浮かべた。セスはそんなジークに気を使ったのか嫌な顔をする事なく、頭を下げる。
「お口に合うか、わかりませんけど」
「いえ、本当に気にしなくても良いです。それではいただきます……美味しいです」
セスは気にしなくても良いと言ったが、やはり、気になるようであり苦笑いを浮かべるジーク。セスはその様子に気にする必要はないと笑うとジークの作った料理を1口、頬張ると予想していたより、美味しかったようで驚きの声をあげた。
「そりゃ、良かった。ノエル、俺達も食おう」
「は、はい。いただきます」
セスの反応にジークは少し嬉しかったようで小さく表情を綻ばせると、ジークとノエルも夕飯を食べ始める。
「セスさんは良くここに来ていたって言ってましたけど……あいつって、友達って居たんですか?」
「いきなり、どうかしたんですか?」
「いや、あいつって、王都に出てからこの間までジオスに帰ってこなかったし、あの性格だから、友達って言える人間がいるのかと思ってさ」
食事の途中、ジークはカインの王都の暮らしが気になったようでセスに聞く。彼女はジークの質問の意味がわからないようで首を傾げる、
「そうですね。カイン=クロークは……どうかしましたか?」
「いや、セスさんって、カインの事もですけど、俺達の事をフルネームで呼ぶから、何か怒られているような感じがするんですよね」
「そうですね。少し、緊張してしまいます」
セスはカインの事を話しだそうとするが、ジークとノエルの視線に何か感じたようで首を捻り、2人はセスが自分達の名前を呼ぶ時の事が気になるようで苦笑いを浮かべた。
「そ、そうですか? 気をつけます」
「あー、そう言えば、セスさんって貴族だし、セス様って呼んだ方が良いのかな? エルト王子、直属の文官なわけだし」
「それは遠慮します……あの男を思い出して頭に来ます」
「そ、そうですか?」
「聞いていただけますか? あの男がどれほど、性格が悪いかを、いえ、弟のような存在であるジーク、あなたには聞いて貰わなければなりません!!」
ジークはセスが貴族だと言う事で今までの呼び方では失礼かと思ったようだが、セスは首を横に振った後、眉間にくっきりとしたしわを寄せるが、ジークはエルトからセスがカインへと好意を持っているのではないかと聞かされている事もあり、話を振った事を後悔するがすでにセスには完全に火が点いている。
「……ノエル、あの2人の間には何があったと思う?」
「わ、わかりませんけど、カインさんの事ですから、意地悪をしたんじゃないでしょうか? ……でも、凄く気になります」
セスの表情の変化にカインとセスの間に何があったか気になるようでジークはノエルに聞くとノエルは乙女の本能が恋愛話と察知したようで目を輝かせ始めた。
「……失敗したかな?」
「ジーク、聞いていますか?」
「は、はい。聞かせていただいています!?」
ジークは自分のうかつな言葉にため息を吐くとセスに睨まれ、身体を縮める。
「……日が変わる前に帰れるんだろうか?」
セスのカインへの欝憤はかなり溜まっており、食事を終えても止まる事はなく、ジークは不安を漏らす。
「そうです。そう言うところは気が付いて欲しいですよね」
「まったくです。何でもそつなくこなして、外面も良いくせに底意地の悪い事をして何が楽しいのかもわかりません。それも私にだけ!!」
「……それは子供が好きな子をいじめるのと変わらないんじゃないか? まぁ、あいつの場合は無自覚な気がするけど」
そんなジークの不満など気にする事なく、ノエルとセスはヒートアップをしており、セスはカインの意地悪く笑う顔が思い浮かんだようでテーブルを勢いよく叩くが、はたから見ているジークはカインも無自覚ではあるがセスの事が好きなのではないかと思ったようで眉間にしわを寄せた。
「……まぁ、村に子供がいなかったし、わからないな」
「ジークさん、どうかしたんですか? 黙り込んで」
ジオスはジークと年が近い子供はフィーナとカインしかいなかった事もあり、カインの恋愛話にはジークも心当たりがなく、ふと頭をよぎった答えを否定するようにつぶやくと、ジークの様子に気が付いたノエルは彼に声をかける。
「い、いや、別に何もないんだけど……あ、あのさ。セスさん、1つ、良いかな?」
「何ですか?」
ノエルの声にジークは声を裏返すと、1つ、深呼吸をしてセスへと視線を移す。セスはジークに何を聞かれるかわからないようで首を傾げる。
「あのさ。結局、セスさんって、カインの事が好きなのか?」
「……」
ジークはこの状況から逃げ出したい事もあるが、何より、彼自身も恋愛経験に乏しく、人の恋愛に関する機微には疎い事もあり、セスにカインの事をどう思っているかと聞いてしまう。
その質問はセスはまったく考えていなかったようで、一気に彼女の顔は真っ赤に染まった。
「な、何を言っているんですか!? こ、この、私があのような性悪の事を好きになるわけなどありませんわ!!」
「で、ですよね」
セスはジークの質問に勢いよく立ちあがると全力で否定するが、ジークの質問は誰の目から見ても的を得ており、ジークは彼女の反応に全てを理解するが、余計な事を言ってさらに面倒な事になる事を避けるため、それ以上の追及はしないが、声は裏返っている。
「そうですわ。私はあんな性悪など好きになるわけがありませんわ。私が好きなものはノエルやフィーナ、カルディナ様のようなかわいい子達ですわ!!」
「あ、あの、ジークさん、こんなに嫌われるなんて、セスさんにカインさんは何をしたんでしょうか?」
「さあな。ここまで、嫌われているんだし、長年の積み重ねじゃないか? 昔から、性格悪かったし、あいつが王都に出たのはもう10年くらい前だしな」
セスは全否定ぶりにノエルはオロオロとし始めるが、ジークは全てを悟ってしまったためか、その言葉は生温かい。
「セ、セスさん、落ち着いてください。ほ、ほら、それにカインさんと出会ったのは10年くらい前ですし、その時はきっとカインさんだって可愛かったはずです」
「ノエル、その説得の仕方は間違っているから!? ちょ、ちょっと、セスさん!?」
ノエルはセスを落ち着かせようと声をかけるが、その説得の仕方はどこか外れており、ジークは大きく肩を落とす。
しかし、セスの中にあるカインの幼い日の姿は破壊力抜群だったようで赤みがかっていた顔は限界を超えてしまったようでバランスを崩し、床に倒れ込んで気を失ってしまう。
「あ、あの。ジークさん、どうしましょうか?」
「ど、どうするも何も頭は打ってないようだけど……取りあえず、しばらく、寝かせておくか?」
「そ、そうですね」
慌ててセスに駆け寄り、ジークはセスの様子を確認するが、特に問題はなさそうであり、2人は顔を見合わせると困ったように笑う。
「それじゃあ、寝室を探しましょう。カインさんの事だから、キレイにして行ってると思いますし」
「あぁ……カインの寝室で起きたら、また、気を失うんじゃないのか? 今日、帰れるかな?」
ノエルはセスを寝かせるために、カインの寝室を探してくると居間を出て行き、ジークはセスを抱きかかえるとノエルの後を追いかける。