第241話
「……失敗したよな?」
「そ、そうですね」
カインを見送ってから、数日が過ぎた時、ジークとノエルは転移魔法の魔導機器の事を口を滑らせて村のお年寄りに話してしまい、そのせいで村の人間からお使いを押し付けられ、買い物をしながら夕暮れの王都の街中を歩いている。
「だけど、やっぱり、活気があるよな。ワームも凄かったけど、王都となると別格だ」
「はい。でも……」
「まぁ、ばれる不安はあるけど、逆にここまで人がいるとばれない気がしてきた」
溢れる人にジークも物珍しそうに周囲を見るが、ノエルは自分がドレイクだと言う事がバレないか不安なようでジークの服の裾をつかむ。
ジークは彼女の様子に苦笑いを浮かべると街中を獣人やエルフ、ドワーフと言った魔族ではなく人族と分類される他種族も歩いているため、人族に姿の近いノエルは正体がばれにくいのではないかと言う。
「そ、そうですかね?」
「たぶんな。しかし、これだけ、物が集まってるんだから、商品が安いと思ってたんだけど、高いな……」
「ジーク、悪い顔しているところ、何だけど、路上で商品を並べたら、狩られるよ」
ジークは薬屋と言う職業上、同業者の販売価格が気になるようであり、いくつかの薬屋を覗いたのだが、その値段はジークが村で設定している値段より、1.5倍から2倍する。
そのため、ジークの頭は商人に切り替わり、頭の中で利益の計算を始め出すがその表情は儲けに目がくらんでいる。その様子にノエルが苦笑いを浮かべているなか、2人の背後から、あまり、関わり合いたくない声がする。
「そ、そんな事、思ってるわけがないだろ!? って、エ!?」
「……はい。そこは言葉を飲み込む。こんなところで正体がバレると大騒ぎだから」
「お、おう」
その声はこの国の第1王子であるエルトであり、ジークは慌てて、彼の名前を呼びそうになるが、何とか言葉を飲み込む。
「あ、あの。こんなところで護衛も付けずに何をしてるんですか? セスさんはどうしたんですか?」
「えーと、ちょっと、セスから逃げてるところなんだけど、フィーナもいないし、2人はデートだね」
「……違う。と言うか、逃げてるって、今度は何をしたんだよ?」
王都とは言え、エルトが街中を歩きまわっている事に不安しか感じないため、ノエルは苦笑いを浮かべたまま聞く。
エルトはその問いに笑顔で答えるが、その答えにジークとノエルはさらに不安感が増したようで顔を引きつらせる。
「公務とか多くてね。息抜きをしたいと思ったんだよ。カインがいなくなってから、転移魔法でどこかに連れてって貰えるわけじゃないから、近場しか回れないのが残念なところだね。セスはどうも融通が利かないからね。転移魔法も使ってくれないし」
「……いや、セスさんの判断が正しいだろ。あんたはもう少しいろいろと自覚してくれ。立場とか身の安全とか」
「そ、そうですね」
エルトはカインがいなくなった事で息抜きがしづらくなったとため息を吐くが、ジークはこのままエルトが王位を継いで良いのか不安なようで眉間にしわを寄せ、ノエルは苦笑いを浮かべた。
「これくらいは見逃してよ。私は街の様子を見るのが好きなんだ。ここには多くの人の生活があるからね。私が守って行きたいものが、それを見ると頑張ろうって気になるんだよ」
「まぁ、そう言う事にして置くか」
2人の様子にエルトは苦笑いを浮かべた後に表情を引き締める。その表情はカインとともにジークやノエルを巻き込み、からかっている表情とは違い、この国に生きる民の事を心から考えているように見え、ジークは苦笑いを浮かべる。
「それじゃあ、わたしはそろそろ、城に戻るよ。あまり遅くなると叔父上にセスが怒られてしまうからね」
「そう思うなら、逃げだしてくるな……と、そう言えば、アンリ王女って!? 居ねえし!?」
ジークは先日、聞いたエルトの妹であるアンリ王女の病状は改善されたか聞こうとするが、既にエルトの姿はない。
「……エルト様、王都の隅々まで知ってそうですね」
「そうだな……まぁ、話にも出てこないって事は、アンリ様も快復に向かってるんだろう。それより、ノエル、後は何を買って帰れば良いんだ?」
一瞬、目を離したすきにいなくなったエルトにノエルは困り顔で言い、ジークは頷くとそれ以上は気にする事なく、残りのお使いの品について聞く。
「えーと、もう全部、終わってます」
「そうか? そしたら、カインの部屋で本をいくつか物色してジオスに帰るか?」
「そうですね……お夕飯、どうしましょうか?」
お使いを終えていた事で、ジークはジオスへ帰ろうかと言うが、エルトとの会話で結構な時間を過ごしてしまったようで日は完全に沈んでおり、各店の店先にはランプの灯が点り始めている。
「飯、食って行きたいところだけど、ノエルが食える物を探すのも大変だしな。でも、カインの部屋で本を物色した後だと遅くなるよな?」
「そうですね……カインさんに野菜料理の専門店を聞いておけば良かったです」
ジークは外食を考えたが、菜食主義者のノエルが入れる店を初めてきた王都で探すのは困難であり、2人は顔を見合せて苦笑いを浮かべた。
「なら、カインの部屋で作るか? キッチンはあったし、食材を買えば、何とかなるだろ。まぁ、ジオスに比べると食材も高いけど……と言うか、後払いって言ってたから、財布の中は空に近いし、これだけのお使い押し付けておいて、金をよこさないって言うのは間違ってるだろ」
「そ、それでも、外食するよりは安いですよ。それにいきなりでしたし、皆さん、お財布を持ってきていなかったんですし、仕方ないですよ」
「まずは薬屋にくるんだから、財布くらいは持ってきて貰いたいけどな……まぁ、今度は夕飯の準備をしてから、王都に来よう。もしくは飯時間に被らないように時間を選ぼう」
「そうですね。前もって王都に行く日を決めておくと良いかも知れませんね」
ジークは食材を買い、料理をしようと考えて、財布の中身を確認するがその中身は微々たるものであり、大きく肩を落とし、ノエルはジークを励まそうとしているようで笑顔を見せる。
ジークは彼女の表情に表情を緩ませると2人で食材を買うために街中を歩く。