第239話
「なあ、転移魔法は、マーキングまで3日かかるって、アーカスさんから聞いたんだけど、俺達はここに滞在してなくて良いのか?」
ゴブリンとリザードマンの和平交渉は成り、ゴブリン集落内の1部の建物はリザードマンの孵化のためにあてがわれ、ゴブリンとリザードマンの働き手は狩りとリザードマンの集落を作りに分かれて動き始めている。
そんななか、ジークはカインに手渡された緑色に光る魔導機器を覗き込み、カインに魔導機器の使用方法を聞く。
「まぁ、マーキングに3日かかるのは本当だけど、転移先として使えるようになるのが3日後って事だよ。コーラッドさんだってジオスに3日も滞在してなかっただろ」
「確かに」
その問いにカインは簡単に説明するとセスが転移魔法のマーキングのためにエルトに引きずられていた事を思い出したようで、ジークは苦笑いを浮かべる。
「だけど、ゴブリンの集落をマーキングするのは構わないけど……間違ってもそれを落とすなよ。人族が間違って拾いでもしたら、大変だからな」
「わかってる……確かに、こんな場所に何も知らない人族がきたら、下手したら発狂するぞ」
「まぁ、200人近い魔族にいきなり囲まれるわけだからね」
魔導機器を間違って紛失した時に起こりうる事にジークはため息を吐く。カインはその様子に苦笑いを浮かべた。
「まぁ、ギドとゼイが居れば話は一応、伝わるし、いきなり絶体絶命の状況で魔族に攻撃を仕掛けないだろ」
「そうだと良いな……中には考えずに攻撃仕掛けるバカや血の気の多いバカもいるし」
「……それに関しては何も言えない」
ジークとカインは人族の言葉が通じる者もいるため、おかしな事にならない事を祈るもその視線はリザードマンと揉めているのか、お互いに剣を抜いて、今にも斬りかかりそうなフィーナの姿が映り、2人は大きく肩を落とす。
「ジ、ジークさん、カインさん!? ため息を吐いてないで、フィーナさんを止めてください!? フィーナさんもザガロさんも落ち着いてください!?」
「放して、ノエル。こいつとは殺り合わないといけないのよ!!」
ノエルはフィーナとリザードマンの名前を呼び、必死に落ち着かせようとしているが、フィーナの怒りは限界のようで『ザガロ』と呼ばれたリザードマンへと剣の切っ先を向け、ザガロはそんな彼女を見て、ため息を吐く。
「……言葉は通じなくても、フィーナがバカな事はわかるんだな」
「だろうね……ノエル、放れて」
「放れてって、そんな事をしたら」
ザガロの様子から、全てを察したのかジークは眉間にしわを寄せ、カインは杖を手にするとノエルに放れるように言う。
「ノエルサマ、コッチ」
「ゼ、ゼイさん、放してください!?」
カインの様子からゼイはこれからフィーナに起こりうる暴力を本能で察したようでノエルを腕をつかむと力づくでノエルをフィーナから引き離す。
「ゼイさん、放してください!? このままじゃ、フィーナさんがカインさんにボコボコにされちゃいます!?」
「……ノエルも毒されてきたな」
カインの様子からフィーナの命を心配しているようでノエルは必死にゼイの腕の中から逃れようとするが、ジークはそんな彼女の反応に苦笑いを浮かべる。
「死ね!!」
「……!?」
「な、何よ!?」
ノエルが身体から引き離された事で、フィーナは一気にザガロへと向かって駆け出し、その剣を振り下ろす。ザガロはその剣を弾こうと剣を抜こうとした時、地面から植物の根が飛び出て、フィーナとザガロをからめ取った。
「カイン、あっちのザガロって奴も一緒に捕まえて、良かったのか?」
「どうせ、フィーナと一緒の脳筋だろ。それなら、お互いに非がある」
「……確かに」
植物の根にからめ取られ、宙に浮いた状態の2人を見て、ジークは巻き込まれたであろうザガロを心配する。
しかし、カインは原因がザガロにもあると決めつけて、杖を握り締めたまま、2人に向かって歩き出すと2人のそばで勢いよく杖を振り抜く。
「……きれいに割れると良いな」
「割ったら、ダメですよ!? ジークさんもおかしな事を言ってないで、カインさんを止めてください!!」
カインの杖の先は少しずつ、フィーナとザガロの頭に近づいて行き、その様子にノエルはジークへと助けを求める。
「いや、俺は頭を割られたくないしな。なぁ、ゼイ」
「……オレ、ワラレタクナイ」
ジークは今のカインに近づきたくないようでゼイに同意を求め、ゼイは大きく首を横に振る。
「……オマエタチハ、ナニヲシテイルンダ?」
「ギド? あぁ、何か、フィーナとリザードマンが揉めて、カインがお説教中だ」
「ソウカ。ノエルサマ、ジーク、アラタメテレイヲイワセテホシイ……アトハ、アノフタリニモレイヲイッテオイテクレ」
その時、ゴブリン側のリーダーであるギドがリザードマン側のリーダーらしき者が2人並んで現れ、2人はジークとノエルに向かって頭を下げた。
「は、はい」
「別に頭を下げられるような事はしてない。特に今回は……ほとんど、カインとギドがやった事だろ」
ノエルは緊張した様子で頷くが、ジークはカインの手のひらの上で踊っていた感じしかしないようで改めて言われると気まずいようで視線を逸らす。
「ソンナコトハナイ。ジークガ、ワレラヲ、ノエルサマヲシンジテクレテイナケレバ、キット、オオクノチガ、ナガレタ」
「そっか……」
ギドはジークの姿に小さく表情を和らげると、ジークがいなければ、もっと悲惨な殺し合いが起きていたと言う。
その言葉はジークの中のあるもやもやしたものを少し取り除いてくれたようで、彼の表情は小さく緩ませる。
「ジーク、ノエル、そろそろ、ジオスに帰るよ。俺はまだやる事もあるし、アーカスさんから頼まれたものを買いにワームにもよらないといけないからね」
「お、おう」
「カ、カインさん、やり過ぎです!? 何をしてるんですか!?」
その時、フィーナとザガロにお仕置きを終えたのか、カインはローブを2人の返り血で染めながらも清々しいほどの笑顔で、ジークとノエルにジオスへの帰還を提案するが、ノエルは目を離したすきに起きた惨劇に顔を真っ青にするとフィーナとザガロに駆け寄り、治癒魔法で2人の治療を行う。
「……ギド、戦争にならないよな?」
「……モンダイナイソウダ」
ジークはここまでの事は想像していなかったようで顔を引きつらせるが、リザードマンのリーダーもザガロには困っていたようで大きな問題にはならない。