第223話
「それじゃあ、この話は終わりかな?」
「カインさん、ありがとうございます」
「お邪魔するよ」
「だから、待てって言ってるだろ!!」
カインが納得してくれた事に胸をなで下ろすノエル。その時、エルトが勢いよく店のドアを開け、ジークの声が店の中に響いた。
「エルト様?」
「カ、カイン、お前、何で、こんなところにいるんだよ!? 家にいるんじゃないのかよ!?」
エルトの登場にノエルは首をかしげ、ジークは視線の先にカインがいる事に気が付き彼の顔からは一気に血の気が引いて行く。
「ジーク、その反応は何かな?」
「べ、別におかしな事はしてないぞ」
「あー、そう言う事か、ジークは私を店に近づけたくなかったのはノエルやフィーナ以外にも女の子を連れ込んでいるからだね。それもカルディナの事でカインをロリコンって言ったわりに自分も小さい子に手を出したから」
ジークの反応に笑顔を見せるカイン。ジークは大きく首を横に振るが、その隣でゼイに気が付いたエルトはおかしな勘違いを始め出す。
「それは違う!?」
「エルト様、おかしな勘違いをしないようにお願いします。この娘はアーカスさんの友人の娘さんであり、彼を訪ねてきたのですがエルト様も知っているようにアーカスさんはあまり人との関わりを得意としていませんので、ジーク達はこの子を預かっているだけです」
「あー、ジークが言っていた厄介事って、この子を送り届ける事かな?」
ジークはロリコン疑惑を全力で否定しようと声をあげるとカインはノエルから聞いた話からエルトにゼイがゴブリンとわからないように話をでっち上げた。エルトはシルドの店でジークがアーカスからお使いを頼まれたと聞いていた事もあり、エルトは納得したようではあるが、ジークが自分を店に連れてきたくなかった理由がわからないようで首を傾げる。
「そ、そうだけど」
「それなら、私が店に来るのをそこまでイヤがる理由はないじゃないか?」
「だ、だから、さっきも言っただろ。あんたが村をうろつく事が元々の問題があるんだ」
ジークはカインの反応に何があったか状況が理解できていないようで、声を裏返す。エルトは店ではもっと面白い事があると思っていたようで不満げである。
「あ、あの。カインさん、エルト様はどうして、ジオスに?」
「あー、ちょっと、ジークに頼みたい事があったんだよ。悪いんだけど、ゼイは奥にいてくれるかな?」
ノエルはエルトまでジオスにいる事に首を傾げ、カインは苦笑いを浮かべてゼイに奥に入っていて欲しいと言うとゼイはすでにカインに逆らう事ができないようで頷くとフィーナが横になっている部屋に移動して行く。
「それで、頼み事ってなんだよ?」
「どうして、ジークはそんなにイヤそうな顔をするかな?」
「それは前科があるからですね」
「カイン、お前も簡単に言ってるけど、お前も同罪だろうが!!」
「いや、むしろ、カインが主犯かな?」
速くエルトを追い返したいジークは不機嫌そうな表情でエルトに聞く。エルトはそんなジークの表情の意味がわからないようで首を傾げるとカインはエルトの隣から、ルッケルの事が原因だと言う。
しかし、ジークに取ってはエルトだけではなくカインも厄介事であり、顔を真っ赤にして声をあげるとエルトはその様子に楽しそうに笑っている。
「あ、あの。ジークさんも落ち着いてください。それより、エルト様のご用件と言うのは何ですか?」
「実はね。ラースからも聞いていると思うけど、カインが領地を貰った事で、カインの補佐をする人間がいるから、ジーク達にその一翼を担って貰おうかと思ってね」
「断る!!」
エルトはジーク達にカインに付いて行けと言い、ジークは間髪入れる事なく断る。
「あ、あの。冗談ですよね?」
「……エルト様、冗談はそれくらいにしてください。あまり、遅くなるとコーラッドさんがラング様にお叱りを受けます」
エルトの口から出た言葉にノエルは苦笑いを浮かべると、流石に冗談だったようでカインは大きく肩を落とした。
「まぁ、冗談とは言わないけどね。ジーク達にはラースと一緒にシュミットの見張りをして貰わないといけないし」
「……その前に俺達をおかしな事に巻き込まないでくれ」
「前にも言った事がなかったかい? この国の未来のために有能な人間は確保しておきたいんだよ。ジークやノエルは人が良いから動かしやすいからね」
エルトはジーク達を有効的に使う事を考えているようであるが、ジークに取ってはエルトに巻き込まれるのは迷惑でしかなく大きくかとを落とす。その様子にエルトは楽しそうに笑っているため、冗談か本気かはわからない。
「くだらない事を言ってないで本題に入ってくれ。俺達は用があるって事は何度も何度も言ってるよな?」
「そうだね。これ以上は私の方も時間がないから、本題に移ろうか?」
すでにエルトの相手に疲弊しているジークは再度、用件を聞き、エルトもジオスに滞在できる時間が少なくなってきたようで真剣な表情をする。
「あ、あの。ひょっとして、かなり重要なお話ですか?」
「まぁ、ちょっと、困った事になってるみたいでね」
「……実はアンリが風邪をこじらせたんだ」
エルトの真剣な様子にノエルは息を飲み、カインは苦笑いを浮かべたが、エルトの口から出た言葉はエルトの実妹であるアンリ王女が風邪を引いたと言うだけである。
「……帰れ」
「ジークはアンリを見捨てるのかい? 君は薬剤師だろ。薬くらい調合してくれても良いじゃないか?」
前ふりの長さとエルトの様子から一大事を連想してしまったジークはあまりのくだらなさに怒りしか湧いてこず、エルトを追い返そうとするも、エルトはジークが非情だと責め立て始める。
「王都にだって薬剤師や医者がいるだろ。それこそ、名医って言われる人間が」
「確かにそうなんだけど、全員が風邪だと言うだけで、回復が見込めないんだよ。そのせいでルッケルのイベントも見る事ができなかったわけだし」
「あの。それってアンリ様は1カ月以上も風邪をひいているって事ですか? ジークさん、何とかできませんか?」
「1カ月以上って、ホントに風邪なのか?」
ジークはエルトが自分をからかいにきたと判断したようであり、不機嫌そうな表情をするが、アンリの体調不良はかなり前からのようでノエルは驚きの声をあげるとジークへと視線を向け、ジークは風邪が1カ月以上も続く事があるのかと首を傾げた。
「症状を診る限りは風邪。医者も間違いないって言ってるしね」
「ホントかよ。カイン、お前も同じ意見か?」
「同じ意見も何も俺は医者じゃないから、そんな事はわからない。だいたい、俺はエルト様の臣下ではあったけど、医師資格を持っているわけではないんだし、アンリ様の診察ができるわけもないだろ。アンリ様の診察は王宮に控えているアンリ様専属の医師の仕事だ」
ジークはカインの意見も聞いてみたいようだが、カインはそのような立場にはいないため、アンリの症状が本当に風邪かはわからないと首を横に振る。
「薬は出せるけど、本当に風邪かわからないんなら、意味無いぞ。それにさっきも言ったけど、他に診察している医者がいるんだ。症状を見てない人間が調合した薬なんて使うのかよ?」
「まぁ、そうなんだけどね。ジークの薬はルッケルでアズからもかなり評判が良いって聞いていたし、それに私は知らなかったんだが、ジークのおばあ様は王都にも名の通る有名な薬剤師だったらしい。その知識や経験を受け継いだジークの薬なら、アンリの風邪も治せるんじゃないかと思ってさ」
「おだてたって特効薬はないぞ。取りあえず、ここら辺か?」
エルトはジークの祖母の話を出し、ジークはため息を吐くも何かしらの力になれれば良いと思ったようで薬品棚からいくつかの薬を取り出してエルトの前に置く。
「ありがとう。助かるよ」
「薬を飲めば治るってもんでもないからな。王女様なら政務もあるかも知れないけど、ゆっくり休ませてやれよ」
「あぁ。わかってるよ。ジーク、薬代はいくらかな?」
「これくらいなら、別に良い。この間のルッケルの件でかなり報酬を貰ったしな」
「そうかい? それなら、甘えて置くよ。それじゃあ、カイン、そろそろ、王都に戻ろうか?」
エルトはジークから薬を懐にしまい礼を言うとカインに声をかける。
「エルト様、すいませんがコーラッドさんと一緒に王都にお戻りください。私はまだやるべき事が残っていますので」
「そうかい? それじゃあ、1度、カインの実家に向かおうかな? セスとも合流しないといけないしね。ジーク、ノエル、また、今度ね」
カインはまだジオスに戻ってきた目的を達していないようであり、エルトに頭を下げた。エルトはカインの態度に特に何も言う事なく立ち上がり、ジークとノエルに別れの挨拶をする。
「は、はい。おもてなしもあまりできず、申し訳ありませんでした。またいらしてください」
「……気にしないでくれ。と言うか、もう来ないでくれ」
「ジーク、俺はエルト様とコーラッドさんを探してくるから、逃げるなよ」
エルトの挨拶に正反対の反応を見せるジークとノエル。カインはエルトを1人で歩かせるためにもいかないと言い、エルトと一緒に店を出て行く。