第211話
「カイン!!」
「エルト王子、あんたはライオ王子と魔導人形の後ろに隠れろ!!」
「しかし」
「さっさとしろ!!」
「わかったよ……」
カインが崩れ落ちた様子にエルトはカインへと駆け寄ろうとするが、第2射が考えられるため、ジークはその行動を止める。ジークの様子はカインが撃たれた事に余裕などなくなっているようで反論などさせない勢いがあり、エルトはカインへと視線を向けた後、唇をかんで魔導人形の影に隠れる。
「ジ、ジークさん、ど、どうしたら良いんですか? 血、血が止まらないんです」
「おい。カイン、生きてるか?」
ノエルはカインを抱きかかえると銃弾で撃ち抜かれて、血が溢れ出しているカインの胸を泣きながら手で押さえるが血は止まるわけもなく、彼女の服を真紅に染め上げて行く。そんな彼女の言葉にも返事をする余裕のないジークはカインに息がある事を期待するように彼へと声をかけた。
「……何とか、でも、かなり不味い」
「カインさん、だ、大丈夫ですか?」
「いや、大丈夫じゃないって」
意識はまだあるようで、消えさりそうな声で返事をするカイン。ノエルはすでにカインが事切れていると思っていたようでカインが生きている事に胸をなで下ろす。
「治癒魔法はかけられないよな?」
「……流石に無理、それよりジーク、犯人確保」
「今はそれどころじゃ……ノエル、カインの事を任せるぞ」
カインは自分の事より、襲撃犯を捕まえろと言い、ジークはカインの命を優先しようとするが彼の表情を見て、ノエルにカインを任せると銃弾の発射された方向へと視線を向ける。
「……」
「ジ、ジークさん!?」
観客席の1つでジークの視線が止まる。彼の視線の先には黒衣のフードをかぶった人物が立っているジークは直感なのかすでにその人物が襲撃者だと判断したようで一直線に駆け出して行く。
「……それで良い」
「カ、カインさん、目を閉じないでください!? 眠ったらダメです!? そ、そうです。ち、治癒魔法を……ど、どうして?」
ジークの背中にカインは少し表情を和らげると限界がきたようであり、その瞼は自然に閉じられようとする。ノエルはその様子をカインが死ぬと判断して慌て、声をあげるも自分が治癒魔法を使える事を思い出し、直ぐに治癒魔法を唱えようとするが死にそうなカインを前にしては心を落ち着かせる事ができないようで精霊の声を聞く事ができずに治癒魔法は発動しない。
「せ、精霊さんの声が聞こえないなら……」
「……ノエル、神聖魔法はいらない」
「ど、どうしてですか!?」
発動しない精霊魔法にノエルは神に祈りを捧げ、神の恩恵を授かり傷を癒す神聖魔法を使おうとするが、カインは消え去りそうな声で彼女を止める。
「……それだと、ノエルの正体がばれるだろ」
「そ、そんな事を言ってる場合じゃないです!! このままじゃ、カインさんが死んじゃいます」
ドレイクであるノエルにとって神聖魔法を使うと言う事は人族が信仰している神とは異なる神に祈りを捧げる事である。その行為は神聖魔法を使用する人間から見ればノエルが邪神を信仰している邪教徒や魔族と言う証明になるため、カインはこんな大勢の前でノエルの正体を明かすわけにもいかないと言うが、既にカインの身体からは大量に血が流れ出しており、ノエルは顔を真っ青にして叫ぶ。
「……大丈夫。この先の事を考えると俺より、ノエルとジークがこの場所にいた方が良いんだ」
「何を言ってるんですか!? そんなのダメに決ってます」
カインの中ではこの終わり方も予想の範疇であるようであり、ノエルはカインに死んでほしくないようで神聖魔法の詠唱を始めようとする。
「……まったく、カイン=クローク、あなたは何をしているんですか?」
「セ、セスさん?」
その時、ノエルが抱きかかえていたカインの身体を淡い光が包み込んだ。ノエルは一瞬、何が起きたかわからなかったようだが、その光はセスが使用した神聖魔法であり、カインの命がつなぎとめられた証拠である。
「まったく、こんな美少女に抱きかかえられるなんて許せませんわ。そんな男より、私を抱きかかえるべきだと思いますわ」
「あ、あの。今はそんな事を言ってる場合ではないと思います」
カインを助けた事で、少し優位に立ったと判断したようで高圧的にカインを見下ろすセス。しかし、その見下ろし方は完全にずれており、ノエルは身の危険を感じたのか顔を引きつらせている。
「とりあえず、お礼は言った方が良いよね? コーラッドさん、助かったよ。ちょっと、死んだジークのばあちゃんの顔が見えた」
「必要ありません。あなたを地獄に叩き落とすのは私の役目ですわ。それより、流れた血は元に戻りませんから、大人しくしていた方が良いのではないのですか?」
「あの。ジークさんのおばあさんの顔が見えたってかなり危なかったんじゃ?」
傷が癒えて行く様子にカインは倒れている時間などないと思ったようでふらふらと立ち上がる。その姿にセスはこの場は自分が引き受けると言いたいのかカインに大人しくするように言う。
「大人しくしておきたいのは山々なんだけど、正直、ジークとレイン達だけじゃ、大変そうだから、それに今回のイベントの総指揮を担ってる者としては被害者を出さない義務がある」
「何を言っているんですか? 相手は襲撃者1人でしょう。騎士が動くなら直ぐに捕まりますわ」
「……相手がただの襲撃者ならね」
カインは自分の身体を突き抜けて舞台に穴を開けていた物を拾うと直ぐにジークが駆け出して行った方向に視線を向けると歩き出そうとするが、直ぐにバランスを崩し、セスは呆れ顔でカインを支える。
「ただの襲撃者なら? ……これはどう言う事ですか?」
「さあ、少なくともこんなものを魔力でコーティングして銃弾のように撃ち出すんだ。こんな芸当、簡単にはできない」
「魔族が入り込んでいると言う事ですか?」
「……」
先ほど拾った物をセスに見せるカイン。カインの胸を貫通し、舞台に穴を開けていたものは銃弾などとは程遠い森の中に落ちているような木の実であり、それを放った人物はカインやセスの常識ではありえない能力を持っている事は明らかである。
カインを狙った人物を魔族と判断したようで視線を鋭くするセス。ノエルはその言葉に人族と魔族の間には大きな確執がある事を再認識したようで表情を曇らせた。