第198話
「……眠いです」
「……結局、毎日、手伝わされたじゃない」
ルッケルでのイベントも最終日を迎えるなか、日中は迷子の相手、夜はカインの書類整理をしていたノエルとフィーナは眠いようで欠伸をかみ殺している。
「それでも、昨日はそれなりに寝れたんだ。それに俺達以上に働いている人間を見て、文句も言えないだろ」
「はい。カインさん、今日も大忙しです」
「一先ず、飯にしよう。エルト王子とライオ王子の兄弟ゲンカに間に合わないと何を言われるかわからないしな」
カインの気づかいで昨日の晩は早めに就寝させて貰ったようであり、ジークは頭をかき、ノエルは今日も自分達より早く起きて会場に向かったカインの顔を思い出したようで苦笑いを浮かべると3人は朝食を食べるためにホールに向かう。
「おはよう。ずいぶんと眠たそうだけど、大丈夫かい?」
「おはようございます。ジルさん、お手伝いした方が良いですか?」
3人がホールに降りるとすでに朝早くから冒険に向かう冒険者達で賑わっており、ジルは忙しそうに動き回っている。
「大丈夫だよ。それにカインに聞いたんだけど今日はあんた達は大変みたいだしね。今、ご飯用意するから、座ってなよ」
「良いんですか?」
「良いよ。ジーク、ノエルは手伝いに動き出しそうだからね。しっかりと見張ってるんだよ」
「はいはい。了解です。ノエル、ここで立ち止まってると邪魔になるから座るぞ」
ノエルはジルの事を気づかって手伝いを始めそうなため、ジークに釘を刺して奥に入って行き、ジークは気だるそうに返事をするとノエルの手をつかみ、テーブル席に座る。
「ジークさん……」
「そんな顔してもダメだ。正直、働き過ぎだからな。それにこの後、メインイベントがあるのに手伝ってて遅れるわけにもいかないしな」
「そうね。この時間帯が終わってもぞろぞろと寝坊組が置き始めて、そのまま昼食組参入ってなると時間に遅れそうだし」
ジルが心配なようでジークとフィーナに懇願するような瞳を向けるノエル。しかし、2人は約束の時間に遅れるわけにはいかないと彼女の提案を却下した。
「でも」
「元々、ジルさんは1人でこの店を回しているんだし、そこまで心配しなくても大丈夫じゃないかな? 必要なら、従業員を雇うだろうしね」
「……おい。あんたはどうして朝から街中をうろついているんだ?」
ノエルが納得がいかなさそうな表情をした時、ジークの背後から聞きなれた声が聞こえる。ジークはその声の主に振り返る事なく疑問をぶつける。
「いや、せっかくだから、少しでも連携を高めるために朝食でも一緒に取ろうと思ってね」
「……朝から申し訳ありません」
声の主はジークが予想して通りエルトであり、エルトは楽しそうに笑うと席に腰掛け、彼の後ろに控えていた護衛のレインは申し訳なさそうに頭を下げた。
「立ってないで座ったら?」
「それでは失礼します」
レインの苦労もわかるようでフィーナは彼に座るように促し、レインは頭を下げると席に座る。
「レインさんは今日は騎士鎧じゃないんですね」
「騎士鎧は目立つからね。街を歩くなら、この方が良いだろ?」
「……着なれないので酷く落ち着かないんですが」
レインは騎士の象徴である騎士鎧は身に付けておらず、首を傾げるノエル。騎士鎧を身に付けていないのはエルトの指示のようであり、レインは小さく肩を落とした。
「まあ、目立つ事は確かだな……と言うか、この店に関してはすでに隠す意味がなさそうだけど」
「そうとも言うね」
武術大会のあいさつなどで会場にいた冒険者達にはエルトの顔は割れている。ホール内は気が付いた冒険者たちがざわつき始めており、ジークはため息を吐き、エルトは苦笑いを浮かべた。
「まぁ、気にする事でもないよ。顔が割れてるって言ったって、何が起きるってわけじゃないしね。ここじゃ、ケンカはご法度だよ」
「流石はジルさん、カルディナを追い返した事はある」
「まぁ、盲目的な娘はあの子だけじゃないからね。この位の事はなれてるよ。と言うか、あのくらいならかわいいもんだよ」
その時、3人分の朝食を運んできたジルが、エルトの顔を見て苦笑いを浮かべる。ジルがカルディナを追い返した事はすでにアズの屋敷に駐留しているエルトや騎士達にも伝わっているようでジルに称賛を贈る。
「……おっさんの娘より、酷いのがいたのか?」
「そんな気がしますね」
ジルの言葉にカルディナ以上の迷惑な人間が過去にいた事を察したジークとノエルの顔は引きつって行く。
「そりゃね。冒険者なんて因果な商売だからね。依頼で良いとこのお嬢さんの護衛をする時は気をつけなよ。変に気にいられると大変だよ」
「いや、俺は冒険者じゃないから」
「そうだね。それにジークの場合は当たりを引いているだけですでにある意味、手遅れだから」
ジークをからかうように笑うジル。冒険者でもないから、無関係を主張するジークの姿にエルトはジークとノエルの顔を交互に見てニヤニヤと笑う。
「な、何を言ってるんですか!?」
「いや、既に隠す必要性もないと思いますが」
「あ、あう」
慌てるノエルの姿に苦笑いを浮かべるレイン。レインにも自分の気持ちを知られている事にノエルは顔を赤くしてうつむいてしまう。
「まぁ、今は気を付けるとしたら、ジークより、レインかな? 騎士も貴族の娘を護衛する事は多いし、気を付けるように」
「はぁ?」
「……なぁ。エルト王子、カインから聞いたんだけど、おっさんは大恋愛と言う名の勘違いで結ばれたと聞いたんだけど」
レインも立場的におかしな事になりそうなため、レインにエルトは忠告するが、当の本人は実感がないようで良くわからないと言った表情をする。その時、ジークはカインから聞いたラースの過去の話を思い出す。
「あぁ。あれね……聞きたい? 酷く暑苦しいけど」
「……いや、やっぱり怖いから良い」
「ちょっと、ジーク、あんたはなんの話をしてるのよ?」
エルトはためらうような表情でジークに確認すると彼は大きく首を横に振った。そんな2人の様子にフィーナは意味がわからないようで眉間にしわを寄せる。