第196話
「……なんか、下が騒がしいな」
「まぁ、普通に考えれば、俺が逃げ込む場所なんか、ルッケルにはいくつかしかないからね」
カルディナの騒ぎ声は2階のジークの部屋まで響いており、ジークは眉間にしわを寄せる。カインはカルディナの襲撃はある程度、予想していたようで苦笑いを浮かべた。
「ここか、リックさんのとこくらいか?」
「あぁ。でも、流石にリック先生のところに転がり込むわけにはいかないしね」
「……ただでさえ、忙しいからな」
「最近のリック先生の働いている姿は他人事じゃない気がするんだ」
カインはリックのところに逃げ込む事も考えたようだが、武術大会の手伝いもして貰っているため、リックに過負荷をかけている事にわずかながらも罪悪感を覚えているようで小さく肩を落とした。
「そう思うなら、仕事を増やしてやるな」
「優秀な人間には働いて貰わないと、家名だけで何でもなると思ってる人間も多いからな。優秀で家名も持っている人間は貴重」
「そんな人間いるのか? 少なくともエルト王子やライオ王子の周囲を見てるとそうは思えないんだよな」
ジークはラースを筆頭にルッケルで関わった騎士達にあまり良い印象を持っていない。そのため、人材不足と言う事は理解しているようで、運んできた机の上に書類を乗せる。
「今更だけど、俺がこの書類を見て良いのか?」
「大丈夫だ。ジークが見ても問題ない書類しか持って来てない」
「……お前、そんな風に仕事を分ける前に片っ端からやってた方が時間がかからないんじゃないか?」
カインのおかしな気づかいにジークは納得がいかないようで眉間にしわを寄せるが文句だけ言っていても仕方ないため、書類とにらめっこを始め出す。
「しかし、おっさんの娘、上がってこないな。下も静かになったし、何かあったかな?」
「まぁ、これないだろ。仮にここまで上がってきたら、ジルさんの商売あがったりだ」
「でも、おっさんの娘ならそれでも乱入してくるだろ?」
書類を片付け始めてしばらくすると、ジークはカルディナが部屋へ乱入してこない事に疑問を抱く。カインは彼の疑問を笑い飛ばすがジークの中にはすでにラースやカルディナならジルの制止を振り切ってでも現れると迷いなく言い切った。
「否定はできないけどそれをやるとカルディナ様……オズフィム家は冒険者の店を的に回す事になる。冒険者ってのは個人で動いてても1つのコミニティだからね。それにケンカを売ればいくら騎士隊長を産出した事のある名家だろうが無駄な騒ぎを起こした事でお取り潰しって可能性だって否定できないからな」
「そんな事があるのか? 騎士様が庶民相手にそんな事、気にしないだろ」
冒険者の店の中では名家とは言え家名の威光など聞かないと言うカイン。しかし、ジークはその言葉が信じられないようで眉間にしわを寄せる。
「ジークは嫌がるけど、おじさんやおばさんを例にして話すぞ」
「わかった」
「そこまで、不機嫌そうな顔をするな」
ジークに説明をしようとするカインだが、両親の事が上がった事に不機嫌そうに変わって行く。カインはその様子に苦笑いを浮かべた。
「良いか? 基本的に冒険者ってのは一獲千金を目指す人間だって事はわかるな?」
「そりゃな。フィーナもそれが目的だしな」
「冒険者を目指すのはだいたい、人それぞれだけど目的は金か名声。得るためにはどれだけ血反吐を流してもそれこそ、子供に憎まれようと前に進むしかない。止まってしまえばそれで終わりだからな。だから、トップクラス、それこそ勇者と言われるような冒険者は命がけで戦う。前線でも未開の地で自分より強力な魔族が相手でも、それに対して騎士はそうはいかない。騎士にとっては戦功をたてるより、命やそれこそ家名が大切だからな。戦場に行ってかける物が違い過ぎるんだ。そんな冒険者達にケンカを売れば下手をしたら国内の冒険者全てを敵に回す。家名を残すために命を大切にする騎士様対命を投げ捨てる事が常の勇者と呼ばれる人間までいる冒険者。そして、命がけで戦い自分達の脅威を取り除いてくれた勇者。王都の中でぬくぬくと自分達だけ守ってきた騎士。民衆が選ぶのはどっちだと思う?」
「……冒険者だろうな」
冒険者達と国が戦争をした場合、冒険者が先頭に立ち、民衆が後に続けば王権を排除できる可能性は十分に考えられ、ジークは忌々しそうに答える。
「本当に冒険者をまとめて敵に回すような事になったら、バカじゃない王なら、騎士くらい平気で切るぞ。上に立つってのはそう言う事だ。それくらい理解できる頭はあったって事だろ」
「……お前、本当にロリコンじゃないだろうな」
カインの言葉は冷静に頭に血が昇りながらも、最後の一線を超える事のなかったカルディナへの評価であり、ジークは何か感じたようでカインへの疑いの視線を向けた。
「ないない。ただ、家名があって優秀な人間は欲しいだけだ。そう言う人間が使えないプライドの塊をなだめてくれるとありがたい。今の騎士のなかじゃ、両手で数えれるくらいしか、まともな人間はいないからな」
「……本当に大丈夫かよ」
「実際、アズ様のように優秀な領主を領知替えで王都周辺に配置しようって話もあるんだけど、それをやるともっと酷くなりそうだからな。監視の目が緩くなって、田舎に飛ばされた事に腹を立てて領民に当たられたリ、税率を上げて民衆を苦しめられても困るしな」
「……面倒事しかないな。そんな奴らの上ってのは面倒そうだ。それなのに王様になりたいのか? 俺なら、ごめんだな」
カインの話にエルトやライオの命を奪ってまで王位を欲しいと思っているシュミットの事が理解できないジークは眉間にしわを寄せる。
「それでも権力ってものを欲しいんだろ。だけど、そんな人間が上に立ったら、国ってのは成り立たなくなるからね」
「そう考えるとエルト王子ってのはお前の目から見て、充分な資格はあるんだろ?」
「ん? まぁ、そうだな。エルト様なら充分だと思うけど」
「まぁ、そう思ってるから、お前が他人の下にいるんだろうけどな。使えない相手なら、それこぞ、冒険者になって民衆を扇動しそうだよ」
「そんな才能はないけどね。勇者ってのは特別な人間だけがなれるんだ。俺にはそんな才能はないよ」
ジークは文句を言いながらもカインの中にあるある種の才能を信じている。しかし、カインは苦笑いを浮かべてその言葉を否定した。