第194話
「まったく、これだから、下賤の者は」
「……なんか、気分、悪いわ」
「あの。フィーナんさんも落ち着いてください」
ジークの言葉が気に入らないようでジークの背中を見て吐き捨てるように言うカルディナ。彼女の言葉は貴族意識の塊であり、見下されている側のフィーナは面白いわけもなく顔をしかめた。ノエルはフィーナの様子に彼女をなだめようと声をかける。
「ノエルは面白いの? あの子、完全に私やジークをバカにしてるのよ」
「それは面白くはないですけど……やっぱり、長く続いた特権意識と言うのは根深いですし」
「……そう言えば、ノエルも魔族では良いとこのお嬢様だったわね。と言うか、こうやってみると品位の差が出てるわ。ノエルの勝ちよ」
ノエルに不満をぶちまけるフィーナ。しかし、ノエル自身はドレイクと言う魔族の中でもかなり高位に位置する種族であり、プライドの高い人間の相手はどこか諦めがあるのか苦笑いを浮かべるだけであり、フィーナはノエルとカルディナを交互に見て、ノエルの勝ちだと言う。
「えーと、それは喜んでも良いんでしょうか?」
「もちろんよ。それより、仕事に戻りましょう。どうせ、ジークは帰ってこないから」
フィーナの言葉にノエルはどう反応して良いのかわからないようで首を傾げるが、フィーナは気にする事なく、子供達の相手に戻ろうと笑った。
「ジークさん、戻ってこないんですか? そんな事はありませんよ。ジークさんはお仕事に責任感を持ってる人ですから、どんな仕事であろうときっちりと仕上げてくれます」
「それは知ってるわよ。文句は多いけど、おかしな所で真面目だから、ただ、ジークの事だから、間違いなく、あのクズに他の仕事を手伝わされてるわ」
「……否定できませんね」
フィーナはジークがカインに捕まっているであろうと予想しており、最近、カインと知り合ったはずのノエルですら、その光景が目に浮かんだようである。
「……なぜ、あのような下賤なものが、カイン様のお仕事を手伝えるのですか? オズフィムの名を継ぐ、私の方が役に立つに決まってますのに」
「下賤な者って言うけど、あのクズもそっちの人間だけどね」
「カイン様は下賤などではありません!!」
ジークがカインに他の仕事を手伝わされているフィーナの予想が聞こえたようでカルディナはぶつぶつと文句を言っている。その様子にカルディナとはウマが合わないフィーナは彼女が好意を抱いているカインも庶民であると言う事実を突きつけた。しかし、カルディナには自分の都合の悪い事は認めないと言う習性があり、カインの事は特別視している。
「……どうしよう。ノエル、話が通じないわ」
「えーと、わたしはなんて答えたら良いかわかりません」
カルディナの様子にフィーナは眉間にしわを寄せ、ノエルは苦笑いを浮かべた。
「あなたはカイン様の妹でありながら、カイン様がどれほど素晴らしいお方かわからないのですか?」
「性格が悪い人間のクズとしか認識してないわ」
「フィーナさんもかなり酷いと思います」
カインを正当に評価していないフィーナの様子に拳を握り締めて声を上げるカルディナ。しかし、小さな頃からのカインの行動を見ているフィーナは迷う事なくカインをクズと言い切り、カインに正反対の評価を点けている2人の間でノエルは困ったように笑う。
「強く、優しく、気高き魂を持ったお方を私はカイン様以外に出会った事がありませんわ!!」
「……誰の事を言っているのかわからないわ」
カルディナはどこで勘違いしたのか、盲目的にカインへの好意を寄せており、フィーナの眉間には今までになかったくらいの深いしわが寄り、2人の間には険悪な空気が漂っている。
「フィーナさんもカルディナ様も一先ず、落ち着きましょう。わたし達はカインさんから子供達の面倒をみるように言われてるんですから」
「なぜ、私が庶民の子供の相手をしなくてはいけないのですか?」
「ノエル、言っても無駄だから、放っておこう」
険悪な空気にノエルは2人の間に割って入るが、カルディナは迷子の子供達の相手などする気はないようであり、フィーナはカルディナの相手をする必要はないと言い切った。
「ダ、ダメです」
「そんな事を言ってもねえ」
このままではいけないとフィーナの腕に抱きつくノエル。フィーナはノエルの行動に立ち止まり少しだけ困ったような表情をすると頭をかく。
「カルディナ様、少し良いですか?」
「何ですか?」
フィーナが立ち止まってくれたため、ノエルは大きく息を吸い込み、呼吸を整えるとカルディナに向き合う。しかし、カルディナはジークやフィーナと同様にノエルの事も見下しているようで不機嫌そうな表情を見せている。
「カインさんに嫌われても構わないなら、カルディナ様はそこで1人でいてください」
「カイン様に嫌われる? カイン様が私を嫌われる理由などありませんわ」
「……いや、十二分に嫌われてる気がするわ」
ノエルはカルディナを説得しようとするがカルディナはどこからくるかわからないが自信たっぷりであり、フィーナがカルディナの態度に肩を落とした時、彼女の背後に近づく影がある。
「いやいや、嫌ってないよ。好意の反対は無関心って言うし」
「エ、エルト様!? 視察に行ったんじゃなかったの?」
「いや、さっき、ジークとカインの使い魔に会って、ジークは迷子探しじゃなく、スリ捕獲に駆り出されたと言うのを伝えにきたんだよ」
その影は先ほど運営席から出て行ったはずのエルトであり、フィーナは驚きの声をあげるがエルトはフィーナの反応が予想通りだったようで楽しそうに笑う。
「エルト様、ジークさんはカインさんと一緒なんですか?」
「あぁ。さっき、ぶつぶつと文句を言いながらもスリ犯を見つけて、魔導銃で氷漬けにしてたよ」
「その姿が目に浮かぶわ」
ジークはカインにこき使われているようにあり、フィーナはため息を吐いた。
「……何故、あのようなものをカイン様は重宝するのかわかりませんわ」
「それがわからないうちはダメだろうね。ジークやカインがどうして有能か、カインがどこを見ているか、カルディナはそれをわかっていない」
「私は誰よりもカイン様が見ている場所を理解していますわ」
「わかっていないね。少なくとも私が知っている限りでカインとジーク、ノエルは同じ場所を見ている。だから、カインは2人を重宝する」
ジークがカインと一緒にいると聞き、不満げなカルディナ。彼女の様子にエルトは呆れたようなため息を吐くとノエルへと視線を向ける。
「わたしと同じ? そ、それって、あの」
「そう言う事だよ。おっと、そろそろ、レインに見つかりそうだから、私は退散するよ。カルディナ、カインの目に映りたいなら、せめて、カインが何を見ているか気づくくらいに成長しなさい。それができないうちはカインを君には渡せない」
エルトの言葉に呆けるノエル。エルトは彼女の様子にくすりと笑うと言いたい事だけ言って歩き出す。