第180話
「なんとか、人員だけは確保できたんだな」
「このうち、何人が使えるかよね?」
翌日、ジーク達3人は引き続き、迷子センターの手伝いをするために武術大会の会場に足を運ぶ。運営席にはすでに多くの人間が集まっており、カインは増員されたメンバーに仕事内容を説明している。
「来たね。今日もよろしく頼むよ」
「カインさん、大丈夫ですか?」
「何で、朝から疲れてんだよ?」
説明を終えた時、ジーク達が到着している事に気づき、歩み寄ってくるカイン。その顔にはすでに疲労の色がにじみ出ており、ノエルは心配そうに声をかけ、ジークは昨日、ジルの店の浴場でカインと話しているため、苦笑いを浮かべた。
「……あぁ。朝から転移魔法で王都と行ったり、来たりだったんでね」
「転移魔法で人数を運んだのか? それはご苦労様で、ほら、魔力回復するのに使うだろ?」
「貰っておく」
王都からの増員が多いようで、その分の移動でかなりの魔力を消費しているようで疲れ気味のカイン。ジークは使い魔を使って会場の様子を見ているカインの魔力が尽きてしまっては困ると思ったようで、常備している薬から魔力を回復させる物を取り出す。カインはそれを素直に受け取った。
「ずいぶんと素直ね」
「それだけ、余裕もないんだろ」
カインの様子にフィーナは少し驚いたような表情をするが、ジークはあまりからかってやるなと言う。
「ジーク、ノエルの防具なんだけど、一応、いくつか選定しといたから、後でリストを持ってく」
「早いな」
「何? こいつに頼んだの? 変なものしか出てこないわよ」
カインは忙しいにも関わらず、ジークとの約束は果たしており、驚いたような表情をするジーク。しかし、フィーナはカインを信じていないため、ジト目でカインを睨みつける。
「考えたんだけど、俺もフィーナも正直、魔術師系の防具の良し悪し何かわかんないからな。こいつの方が適任だ」
「確かにそうかも知れないけど……信用できないわ」
「少しは信用しろよ」
カインに防具を選んでもらう理由をフィーナが納得するように後付けするジーク。その理由は納得できるものではあるがフィーナはやはり納得がいかないようで疑いの視線を向けたまま、カインの顔を覗き込んだ。
「カイン様から、離れなさい!!」
「へ?」
「……しまった」
その時、フィーナを怒鳴りつける声が響き、突然の事にフィーナは間の抜けた声で声のした方向を見ると視線の先にはきれいなドレスを身にまとったジーク達より、少し年下に見える少女が立っており、カインはその少女の姿に不味い事になったと言いたげに小さく舌打ちをする。
「カインさん、お知り合いですか?」
「いえ、全然、知らない人です」
「それ、凄くわざとらしいからな」
状況が理解できないノエルは首をひねり、少女の事を聞く。カインは表情を変える事なく他人だと答えるが、その返答は明らかに嘘臭い。
「ちょっと、カイン。この子、誰よ?」
「私はカルディナ。カルディア=オズフィム。カイン様の婚約者ですわ!! カイン様に色目を使うあなたこそ、何者ですか!!」
フィーナは自分に敵意の視線を向けながら、こちらに近づいてくる少女の姿に、眉間にしわを寄せてカインに少女の事を聞く。その疑問にカインではなく、『カルディナ=オズフィム』と名乗る少女自身が『カインの婚約者』だと答える。
「……婚約者?」
「……いや、その前に今、名前をなんて言った?」
「えーと、確か、カルディナ=オズフィムさんと……あの、どこかで聞き覚えのある名前なんですけど」
カルディナの言葉はあまりに衝撃的であり、ジーク、ノエル、フィーナは頭が処理しきれないようで眉間にしわを寄せた。
「……カイン。あんた人間として最低だとは思っていたけど、まさか、こんな小さい子に手を出すとわね」
「待て。おかしな勘違いをするな!?」
フィーナはカルディナの家名より、カインをロリコンだと判断したようであり、実の兄へと侮蔑が混じった視線を向ける。カインは流石にそこを誤解されては困るようで声をあげて否定する。
「フィーナ、落ち着け。カイン、ひょっとして、この子が昨日、言ってた事か?」
「まぁ、そんな感じ」
「しかし、よりにもよって、何で、あのおっさんの関係者?」
「……実の娘だよ」
ジークはフィーナに落ち着くように言うと、改めて、カインにカルディナの事を聞く。カインの口からはラースとカルディナが親子だと答えた。
「親子か? ……そうだな。話を聞かなさそうなところはそっくりだな」
「あぁ。そこに酷く困ってる。俺は婚約を承諾した記憶はまったくないんだけど」
「それって、自称婚約者って事ですか?」
ジークとカインはラースとカルディナの類似点に眉間にしわを寄せ、ノエルは状況がまだ理解しきれておらず、首を傾げている。
「カイン様、この礼儀知らずの娘は何者ですか? カイン様は由緒正しいオズフィム家の家名を継ぐ身。交友関係を選んで貰わなければ困ります」
「……お前、次から次と厄介事を持ってくるな」
「俺のせいじゃないから、カルディナ様、紹介をします」
フィーナを指差し、カインとの関係を聞くカルディナの姿にため息を吐くジーク。カインもカルディナの行動には困っているようで大きく首を横に振った後、カルディナにジーク達3人の事を紹介する。
「ジーク=フィリス?」
「あー、ひょっとして、あのおっさん倒したから、俺って睨まれてる?」
カルディナはカインの実の妹のフィーナにより、ジークの名前に反応し、昨日の武術大会でラースを倒したため、敵とみなされたと判断したようで苦笑いを浮かべた。
「よく、やってくれましたわ。あのような頭の固い人間はボロボロになって、地面を這いつくばれば良いんですわ」
「へ?」
しかし、カルディナの反応はジークが思っていたのとは真逆であり、ジークの顔には戸惑いの色が見える。
「私とカイン様の関係を認めないあの男など、どうでも良いのですわ!!」
「……カイン、婚約の話って、結局はどうなってるんだ?」
「いや、カルディナ様とおっさんの奥方様が勝手に進めているだけで、他から進められているわけでもない」
「……それって、完全にあの子の妄想じゃない」
実際の婚約話は進んでいるものでもなく、カルディナの頭の中だけで進んでいる物のようでフィーナは大きく肩を落とした。