第179話
「ただいま帰りました……満席です」
「ジーク、ノエル、フィーナ、早く手伝ってよ」
「……俺達、働いてきたばかりなのに」
本日の手伝いは終了時間になり、ジーク達はジルの店に戻るとすでにホールでは武術大会に参加した冒険者達の打ち上げが始まっている。店の様子に驚きの声をあげるノエル。ジルは3人が帰ってきたのを見つけて、直ぐに手伝うように言うが、働きづめだったジークは大きく肩を落とす。
「……せめて、汗くらい流させてよ。私とジークは武術大会に参加してきたんだから汗をかいたし、砂埃だって被ってるんだから」
「飲食店なんだから、それくらいしないと問題あるよな。ノエルも子供達の相手を1日中してたわけだから、汗だくだろ?」
「はい……少し、気になります」
武術大会に参加した事もあり、フィーナは汗を流したいと主張し、ジークはその意見と同意見のようで頭をかく。ノエルは自分が汗臭いのは自覚があるようで恥ずかしそうにジークから距離を取る。
「俺達はノエルちゃんやフィーナが汗臭かろうが、いっこうにかまわないぞ」
「むしろ。そのままで」
「黙れ。変態ども!! ジルさん、悪いけど、手伝いはもう少し待ってくれ」
「仕方ないね。なるべく早めに頼むよ。あんた達も少し自嘲しな。おかしな事をすると看板娘を店に出さないからね」
すでにホールでお酒が入っている冒険者達はセクハラまがいの事を言い始め、ジークはその言葉に声をあげるとジルに謝る。冒険者達を怒鳴り付けるジル。既に彼女はノエルとフィーナを看板娘として扱っており、若い娘がホールに出てこないのは面白くないようで少し静かになった。
「……商魂、たくましいな。すでに看板娘扱いか? そして、静かになるなよ」
「ジーク、私とノエルは部屋に戻るわよ」
「は、はい。ジルさん、直ぐに戻ります」
静かになったホールの様子に眉間を寄せるジーク。ノエルとフィーナは店の状況もあるため、急いで2階にある借りている部屋に向かって駆け出して行く。
「ジーク、あんたも急いでよ」
「はいはい。ジルさん、時間があったらで良いんで、軽くつまめるものでも用意しておいてください。俺達も忙しかったんで、燃料入れないと働けませんから」
「わかったよ」
余程忙しいのか、ジルはジークに急ぐように声をかけ、ジークは苦笑いを浮かべて頷くとノエルとフィーナの後を追うように階段を上って行く。
「……使えんな」
「……いや、優勝は元々、無理ですから」
部屋のドアを開けるとアーカスはすでに部屋に戻ってきており、冷たい視線でジークを出迎える。
「と言うか、戻ってるなら、下の手伝いでもしてくださいよ。元々、部屋がないのに転がり込んできたんだから、ここ、1人部屋なんですからね」
「私に接客などできると思うか?」
「いえ、心の底から思いません。俺は風呂に行ってきますんで、ゆっくりしててください」
ジークとしてはアーカスに文句が言いたい事は多々あるようで嫌味を1つ言うが、アーカスには無駄でしかないため、着替えを手に部屋を出て行く。
「……で、カイン。お前は何がしたいんだ?」
「いや、風呂は足を伸ばせるところが良いよね」
ジークは店の男子浴場に行くと、既に浴槽にはカインが浸かっている。
「アズさんの屋敷の浴槽だって広いだろ?」
「あっちはエルト様だったり、ライオ様だったりと入るしね。だいたい、そんなところに臣下は入れません。それに俺にだって、ゆっくり休む権利がある」
「まぁ、相当忙しかったからな」
カインも相当疲れているようで、浴槽で一息ついており、ジークはカインが働きづめだったところも見ているため、特に何かを言うわけでもなく、汗を流し始める。
「ジーク」
「何だよ?」
「本当にノエルに手を出してないのか?」
「……お前は何を突然、言い出すんだ?」
カインは浴槽につかりながら、頭を洗い始めたジークを見て、ノエルとの進展具合を聞く。その言葉にジークは眉間にしわを寄せた。
「いや、前も言ったけど、ノエルが魔族なら、手ごめにして裏切らないようにするのが1番手っ取り早いかな? と思ってさ。それに村の事を考えると若い娘は貴重」
「そう言うなら、まずはお前が嫁を取れ」
「いや、それは面倒な事になってるから……」
「面倒な事? なんだ? エルト様の側近として見合いでもきてるのか?」
ジークは人に言う前に自分より、年上のカインが結婚するのは先だと言うと、風呂に入って気が緩んでいるのかカインはまた口を滑らせる。
「あー」
「何だ? そんな話があるのかよ」
自分の発言にしまったと言う表情もするカイン。ジークは形勢逆転だと言いたげに口元を緩ませると汗を流し終え、浴槽につかると直ぐに追及に移ろうとする。
「まあ、いくつかな」
「で、どうなってるんだよ?」
「どうなってるも何もそんなヒマはありません。エルト様の世話だけで手一杯です」
「確かにな」
カインはお見合い話いくつかある物のエルトの相手だけで精一杯のようであり、ジークはエルトが自分を含めて多くの人間を振りまわしている様子を見ているためか苦笑いを浮かべた。
「それでも、良い条件とかはあるんだろ? 村に支援とかしてくれそうなところはないのかよ?」
「ないない。まずは片田舎出身の人間だって事で上から見る人間が多いからな。それなら、変にそっちで考えるより、実績でも残して没落した貴族の家名を貰うか、自分で自由にできる土地でも貰った方が気が楽だろうな」
「まぁ、エルト様の側近扱いになってるんだ。先を急ぐより、その方が建設的な気もするな」
カインはちらつかされているエサよりは自分の実力でどうにかする気であり、なんだかんだ言いながらもカインの実力を理解しているジークは無理にお見合いを勧める必要もないと思ったようでため息を吐く。
「そうそう。面倒な仕事をこれ以上増やす必要性なんてありません」
「お前、本当にだらけてるな」
「仕方ないだろ。今日だけでどれだけ働いたと思ってるんだ? まぁ、ここで休憩を終えたら、明日の増員分の仕事を割り振りしたりと仕事が残ってるんだ。これくらいさせろ」
「もう少し、使える人間を連れてこいよ。何で、お前1人で、そんなに仕事を抱え込んでるんだよ?」
ジークは今日のカインの仕事量は1人でやる量ではないと思ったようで呆れ顔で言う。
「今回はエルト様の権限でやってるからな。王様の優秀な臣下は使えないんだな」
「だとしてももっといないのか? あまりにバタバタしすぎだろ」
「まともに動いてるのが、アズ様の私兵団だけだからな。騎士は若手中心だし、他に連れて来た人間も圧倒的に経験不足ってのもある。だから、明日も期待してる」
「あー、それなりに働くけど……そうだ。ルッケルより、王都の方がノエルの防具が見つかるだろ。ライオ様のチームと戦う前に選んどいてくれよ」
「確かにそうだな。それじゃあ、俺は仕事があるから戻る」
カインの様子にジークは手伝う条件にノエルの防具の事を付ける。ジークの言葉に納得できる部分もあるようでカインは頷くと男子浴場から出て行く。