第177話
「ジーク、ずいぶんと男前だったじゃねえか」
「散れ!!」
ジークが舞台から降りて選手の控室に戻るとシルドやジルの店でなじみになった冒険者達がわらわらと近づいてきてジークを囲む。しかし、最後の最後でラースにしてやられたジークは機嫌が良いわけもなく、散開するように言う。
「何だよ。勝ったんだから、良いじゃないかよ」
「そうそう。無事に2回戦にコマを進めたんだから、もう少し嬉しそうにしたら良いと思うけど」
「……おい。お前はこんなところで何をしている?」
ジークの不機嫌そうな様子に冒険者達は口々に文句を言い始める。なぜかその中には混ざっていてはいけない声が混じっており、ジークは声の主に視線を向けると彼の予想通りライオが立っている。その顔はジークが不機嫌そうにしてる様子が面白いのか口元は小さく緩んでおり、その様子がさらにジークの機嫌を悪くする。
「ジーク、どこに行くんだい?」
「……」
「ジーク、無視しないでよ」
ジークはライオに関わるよりは、カインから与えられた迷子達の世話の方がましだと思ったようで彼を無視し、足早に迷子センターと化している運営席に向かって歩き出す。その後をライオは追いかけて行く。
「なんだ? ノエルの後は男か?」
「いやいや、流石にそれはないだろ」
ジークとライオの様子に残された冒険者達は冗談を言いながら見送る。
「ジーク、どこに行くんだい?」
「カインから、人手が足りないから試合の時間以外が迷子になった子供達の相手をしろって言われてるんだよ。自分勝手な王子様の相手をしているほどヒマじゃないんだよ」
自分の後を追いかけてくるライオの様子に、先ほど、エルトにも振り回された事もあり、ジークは嫌味を込めて言う。
「自分勝手と言われても、私にだって、会場を見て回る権利はあるだろ? せっかく、ルッケルを視察できる機会なんだ。特別席に閉じこもっているわけにはいかないよ」
「そうだとしても、護衛は付けて歩け、関係ない人間を巻き込むな」
「何を言ってるんだい? ジークがラースを倒したんだから、私の護衛はジークじゃないか?」
「俺はそんな約束は1度もしていない……ぐえっ!?」
ライオはまだ自由にルッケルを視察する事を諦めてはいなかったようで、ジークがラースに勝利した事もあり、ジークを連れてルッケルの街を見て歩くつもりのようである。
ジークはそんな約束などしていないため、歩く速度を速めてライオを置いて行こうとするが、ライオは後を振りかえる事なく歩くジークの服をつかむ。足早に歩いていたジークの首はライオの手では止まらずに服で首が締められる形になり、ジークの口からはおかしな声が漏れる。
「……ジーク、あんた、何をしてるのよ?」
「フィ、フィーナ、ノエル? こ、これ」
「ジークさん、大丈夫ですか!? ライオネット様、何をしているんですか!?」
その時、カインからの指示でライオを探していたノエルとフィーナがジークを見つける。ジークの口から漏れた声に何があったかわからずに呆れたような表情をするフィーナ。ジークは後ろから服を引っ張られている事で首が絞まっているため、自分の首元を指差し、ノエルはその様子に慌ててジークに駆け寄ると彼の背後にライオがいる事に気づく。
「……居たわ」
「ラ、ライオネット様、手を放してください!? ジークさんが死んじゃいます!?」
「ノ、ノエル。余計に首が絞まる……」
ライオを見つけて呆れ顔のフィーナをよそにノエルはジークを助けようとライオの腕に飛びつくが、それがさらにジークの首を絞める事になり、ジークの顔色は青を通り越して紫色に変わってきている。
「ひ、酷い目にあった」
「ジークさん、すいません」
「ジーク、ノエルさんの事を泣かせた」
「待て!! 悪いのは俺じゃない!!」
何とかノエルを落ち着かせて、息を整えるジーク。ノエルはジークの様子に涙目になりながらジークに頭を下げているとライオはジークをからかうように笑う。
「それで、ジーク、今はどんな状況よ?」
「俺に聞くな。控室に戻ったら、待ちかまえていたんだから」
このままではらちが明かないと思ったようでフィーナはどうして、ライオがジークと一緒にいるのかと聞くが、もちろん、その理由はジークが知るわけもなく、彼は元凶であるライオを睨みつける。
「何を言ってるんだい? 私はジークの戦勝祝いを言いに行ったんじゃないか」
「そうなんですか?」
「……ノエル、信じるな」
笑顔でジークを祝いにきたと言うライオだが、ジークはライオを疑っているためか視線は鋭い。
「疑われると傷つくよ」
「そう言いたいなら、疑われるような行動はするな。それに戦勝祝いは貰ったから、用は済んだだろ。さっさと特別席に戻ってくれ」
ジークの視線を軽く流そうとするライオ。しかし、ジークは首まで絞められているためか早くライオから解放されたいようである。
「いや、せっかくだし、会場を見て回らないかい?」
「見て回らない。さっさと帰れ」
「私もパス。試合も控えてるし、小さい子達の相手をしてるだけでへとへとよ」
「そうですね」
ライオは護衛の騎士や魔術学園の生徒の目を盗み、特別席から逃げだせた事をあり、会場を見て回ろうと言うが、3人は無理だと首を大きく横に振った。
「なぜだい?」
「……他人をこんなものに巻き込んだ人間の言うセリフか? 俺達はこれから子供達の世話をしないといけないんだ。大きな子供の相手までしていられるか。何度も言うけどな。俺達は一般人なんだ。王子様の護衛何かできるわけないだろ。責任なんかとれないんだ。もう少し考えてくれ」
3人から良い返事の貰えないライオは首をひねるが、ジークは大きく肩を落とす。
「ライオ様がいたぞ!!」
「あの不審者どもを逃がすな!!」
その時、騎士鎧を着た男性4人がライオを見つけて声をあげてこちらに向かって走ってきている。
「……また、不審者扱い?」
「ライオ様に関わるとロクな事がない」
騎士達はジーク達の事を知らないようであり、ライオを誘拐しようとしている人間だと判断したようで4人を取り囲み、ジークとフィーナは厄介事しか持ってこないライオへと怨みがましい視線を向けた。ライオは2人の視線を受けても自分は悪くないと言いたげに笑みを浮かべている。
「あ、あの。落ち着いてください。わたし達は不審者じゃないです」
「不審者はすべてそう言うんだ。大人しくしろ。ライオ様、こちらへ」
「そうだね……ジーク、ノエル、フィーナ、また後でね」
慌てて弁明しようとするノエル。しかし、騎士達は話を聞きいれる様子などなく、ライオを助け出そうと手を伸ばした時、騎士達にわずかなスキが生じ、ライオはその瞬間を見逃す事なく、逃走を開始する。
「ライオ様!? どこに!?」
「……あれだ。騎士とはアズさんの私兵団を組ませた方が良いよな?」
騎士達はその姿に慌ててライオを追いかけて行き、その場に残された3人は大きく肩を落とした。