第175話
「あれは受け身が上手いだけです。自分が打たれ弱いのを知っているから身に付けた防衛手段ですね」
「そうなんですか? そうは見えませんが」
エルトの疑問に表情を変える事なく答えるカイン。レインはカインの言葉が信じられないようで眉間にしわを寄せている。
「そんなわけないでしょ。ジークが打たれ弱いなんかあり得ないわ!!」
「まぁ、そばにいても気づかないような鈍い人間もいるわけだけどね」
ジークが打たれ弱いなどあり得ないと声をあげるフィーナ。カインはそんな彼女の反応にため息を吐く。そのため息にはこれがフィーナがジークに恋愛対象として見られる理由だと言う意味が込められいる。
「な、何よ?」
「あの。それって、ジークさんが魔導銃を使っている事と何か関係があるんですか?」
カインのため息の中に悪意を感じたようでフィーナは頬を膨らませる。ノエルは何か心当たりがあるようで彼が魔導銃と言う珍しい武器を使用している事に目を付ける。
「うんうん。流石、ジークのお嫁さん」
「ジークは幸せ者だね」
「ち、違います。わたしはお嫁さんじゃありません!? ジ、ジークさんは、あ、あの。その……」
「……エルト様、カイン、ノエルさんをからかって何が楽しいんですか?」
カインとエルトはノエルをからかい始め、ノエルは顔を真っ赤にしてあたふたと否定しようとするが、その反応から彼女の中にジークへの好意がある事は間違いなく、レインは試合を観戦している割に緊張感のない様子に大きく肩を落とした。
「わるかったよ。それで、カイン」
「必要な技能の問題です。何度も言いますが、ジークは騎士でも冒険者でもありませんから、重い剣や鎧を着込んで山に入るより、軽装で遠距離からの攻撃ができるものを選びます。そして、筋肉の質もパワー重視ではなく、スピードを重視したわけです。獣とは下手に戦うより、逃げた方が良い場合もありますから」
「ふむ……確かにジークは必ず獣を倒さないといけない状況ではないわけだしね。確かに攻撃や防御に関する筋力は重たいしね。なるほど、鍛錬の仕方にもいろいろとあるな」
カインの説明にエルトは自分やラース達との筋肉の質の違いに感心したように頷く。
「筋肉の質だか、何だかわからないけど、それでどうして、ジークが打たれ弱いって事になるのよ?」
「……ここまで、頭が悪いか?」
しかし、フィーナは何を言っているかまったく理解できていないようであり、そんなフィーナの様子にカインは呆れ顔である。
「フィーナとノエルはこの間、ジークがこの間、ルッケルで巨大ミミズに吹き飛ばされていたのも見ただろ?」
「……そんな事、有った?」
「フィーナはミミズ相手に限界がきてブチ切れてたからね。記憶から排除してるんだろう」
「あ、あの。確かにそんな事もありましたけど、カインさんはその場にはいませんでしたよね? わたし達がカインさんに会ったのはその日、鉱山から出てからですし」
カインはルッケルの鉱山内での事を例にあげると、ノエルは大きく頷くがその時はカインの使い魔が同行していたわけではないため、なぜ、カインがその時の事を知っているのか不思議なようで顔を引きつらせた。
「それはジークとフィーナに嫌がらせをするために早めに使い魔をルッケル鉱山内部に呼び出しただけだから気にしないでよ」
「……カイン、それを口にするのはどうかと思うよ」
「まぁ。遺跡内部の確認は必要な事だったので」
表情を変える事なく、使い魔を使っていたと言うカイン。エルトは彼の言葉に少しだけ呆れたように肩を落とす。
「あ、あの。先ほどから、鉱山の話をしていますが、やはり、あの騒ぎを解決したのはジークさん達なんですか?」
「あー」
ルッケルの真相は関係者以外では1部の人間しか知らず、レインの事を忘れていた事にカインは彼にしては珍しく目を泳がせた。
「レイン、この件は他の人間には秘密だ」
「どうしてですか? それを説明すれば、こんな騒ぎにはならなかったはずです。それだけの実力者にカインからの一筆でもあれば、ラース様も護衛について文句は言わなかったはずです」
「あの。すいません。わたし達にもわたし達の都合があったんで、護衛の方は……最初に、フィーナさんがライオ様を誘った時は王子様だって知らなかったわけですし、状況が違いますから」
レインに今の話は胸の内にとどめるように言うエルトだが、言われた当人であるレインは進言をする義務があると思ったようで声をあげる。ノエルはレインの言葉に一理あると思いながらも、あまり、目立ちたくないと言うジークの考えや自分自身の事もあるため首を横に振る。
「確かにそうでした。申し訳ありません」
「レインは勘違いしているようだけど、ジーク達は一般人なんだ。あまり迷惑はかけられないよ」
ノエルに深々と頭を下げるレイン。エルトはその様子にくすりと笑うが、彼自身がジーク達に迷惑をかけている事もあり、その言葉には説得力も何もない。
「ごちゃごちゃ、言ってないで、ジークの応援をするわよ!! だいたい、カイン、あんた、どうして、わざわざ、ジークと対戦するかも知れない人間にジークの弱点をべらべらと話すのよ?」
「あー、そう言えば、私もレインも勝ち上がればジークと戦う可能性もあるんだよね。まぁ、私は決勝まで勝ち上がらないといけないけど、レインは先にフィーナと戦う事になるだろうけどね」
カインの話はジークの不利な話にもなるため、これ以上話すなとフィーナは声をあげる。彼女の言葉にエルトは苦笑いを浮かべるともっともだと思ったようで大きく頷く。
「まぁ、ジークには短所があってもそれ以上に厄介な長所があるからね。それを理解しないと短所だけ攻めてもジークには勝てないよ」
「確かに、ジークの相手は疲れそうだね。ラースも良い感じで挑発され続けているし」
弱点を知られてもジークにとってはさほど問題はないと言うカイン。エルトはその言葉に視線を舞台に戻す。
舞台上ではラースの攻撃を交わしたジークが無防備になったラース相手にまたも銃口を向けており、ジークの行動はラースに取っては侮辱でしかないため、彼の怒りは既に臨界点を超えており、怒りに剣を勢いよく振りまわす。
しかし、その攻撃は単調になってきているため、簡単にジークに攻撃をかわされ、ジークの魔導銃の銃口はその度にラースの眉間に向けられている。