第174話
「何があったの?」
ジークがラースの剣を受け止めた様子にフィーナは何が起きたかわからないようで声を漏らす。彼女だけではなく、会場の多くの観客もジークが何をしたかわからないようでざわめき始めている。
「……あんなところを狙ってきますか?」
「レイン、睨まない。ジークは騎士ではないんだ。それにジークは魔導銃の攻撃力を奪われている状況なんだ。卑怯だと言われようが勝てる手段を選ぶのは当然だよ」
騎士としての教えでは剣と剣。お互いの自尊心を満たすための勝負もあり、剣を握る指を狙うと言う事は卑怯者をやる事だと感じたようでレインの眉間にはしわが寄る。
しかし、騎士ではないジークには騎士の自尊心になど付き合う義理などなく、エルトはレインに落ち着くように言う。
「しかし……」
「後は攻撃力の問題。騎士剣に比べればジークの魔導銃の打撃なんて微々たるものだ。それもラースのおっさんはしっかりと騎士鎧を身にまとってるんだから、ダメージはこつこつと与えないといけないからな。それに……」
それでも納得がいかない表情をしているレインの姿を見る事なくカインは舞台上のジークへと視線を向けたまま、卑怯とかではなく狙わなければいけない状況だと答える。
「当然よ。魔導銃が使えれば、さっき見たく、ジークが弾き飛ばされるような事もなかったわ。あんなおっさん、楽勝よ」
「楽勝かどうかはまだわかりません」
フィーナはジークに魔導銃以外の武器を勧めてはいるが、ジークが長い間、使い続けている魔導銃の熟練度を信じており、魔導銃さえまともに使えて居ればと歯嚙みをする。レインもラースの技量を知っているため、簡単には終わらないと言う。
「カインはこの後の展開をどう読む?」
「そうですね。さっきも言いましたが現状で言えば、あの魔導銃での打撃ではラースのおっさんを倒すほどの攻撃力はない。だから、タイミングを合わせて行くしかない。タイミングを間違えたら、そこで終わる可能性もありますね」
「ジークがタイミングを見誤った時点で決着と言う事だね」
「ただ……」
「ただ、何だい?」
フィーナやレインが私情をはさんでジークとラースの対戦を見ているなか、カインとエルトは冷静に勝負の行方を予想しているがカインはジークの様子にまだ何か感じているようで眉間にしわを寄せた。
「姑息な真似を」
「仕方ないだろ。こっちは本業じゃないんだからな」
ラースはタイミングを狙われた事に気づくとジークと距離を取り、改めて、剣を構えるが、ジークの攻撃は騎士である彼にとっては認めたくないものであるためかジークを非難するように睨みつける。
しかし、ジークはラースの怒りなど、知った事ではないと言いたげにため息を吐くと放つ事の出来ない魔導銃の銃口をラースの眉間に向けた。
「……小僧、何の真似だ?」
「いや、こいつを使えれば、こんな勝負、直ぐ決着がつくって思っただけだ」
ジークに向けられる銃口にラースは意図を探ろうと視線を鋭くするが、ジークは彼の怒気を煽りたいようで挑発するように笑う。
その挑発は観客には当然、聞こえておらず、剣を会わせる事なく互いの距離を保っているジークとラースの様子が不満なようで罵声が上がり始める。
だが、2人は攻撃を仕掛けるタイミングを探っているようで会場の盛り上がりとは逆に静かな緊張感が漂っている。
「……動かないわね?」
「そうですね!?」
2人の間の緊張感など知る由もないノエルとフィーナは動かない2人の様子に緊張が緩んだようで息を吐いた。
その瞬間、再度、ラースに向かい駆け出して行くジーク。ラースもジークの行動を読んでいたようで、剣を受けられた事もあるため、今度は、ジークの機動力を排除しようとしたようで剣で彼の足元を狙い、勢いよく薙ぎ払った。
しかし、先ほどまで一直線にラースに向かっていたはずのジークはその攻撃をあざ笑うかのように急停止しており、剣は彼の身体に触れる事なく、ラースの身体は剣の勢いで体勢がわずかに崩れる。
「く!?」
「……1発」
ラースはジークに狙われた事に気が付き、彼の攻撃に対処しるために無理やり体勢を戻そうとするが、ジークからの攻撃は行われず、ジークは再度、魔導銃の銃口をラースの眉間に向けて構えた。
「……性格、悪いね」
「す、すいません!? で、でも、ジークさんは」
「ノエルが謝る事じゃないから」
ジークが魔導銃を構える姿に彼の意図を悟ったエルトは大きく肩を落とす。ノエルは何が起きているか理解できていないようだがジークを弁明しようと慌てて頭を下げる。そんなノエルの姿にカインは小さくため息を吐いた。
「ちょっと、何で、今の絶好の機会にあいつは何もしないのよ?」
「……ジークさんはラース様をバカにしているんですか?」
完全に無防備な状態になったはずのラースへ攻撃をしないジークの姿に、フィーナは頭が痛くなってきたようで頭を抱え、レインはバカにされたとしか思えないようで眉間にしわを寄せる。
「バカにしてると言うか、挑発してタイミングを合わせないとジークに勝ち目がないから」
「カインさん、それって、どう言う事なんですか?」
「さっきも言ったけど、ラースのおっさんの突進力に合わせないとジークの魔導銃での打撃じゃ、あの騎士鎧を着たラースにはダメージも与えられない」
「ラースさんの力を利用するって事ですか?」
攻撃力の低さを補うためのジークの苦肉の策だと言い、頭をかくカイン。ノエルはカインの言いたい事が良く理解できないようで首を傾げている。
「まぁ、そんなところ。だから、自分で攻撃を仕掛けるより、ラースのおっさんに攻撃をして貰ってその瞬間を狙うわけだけど」
「あの、それって危ないんじゃないんですか?」
「危ないだろうね。元々、ジークは頑丈じゃないし」
カインの話を聞き、心配そうに舞台上のジークへと視線を向けるノエル。カインはジークがギリギリの集中力でラースの攻撃を見切ろうとしている事を理解しているため、真剣な表情で言う。
「いや、ジークが頑丈じゃないって言うのは、正直、納得できないんだけど」
エルトはジークが何度もカインに床に叩きつけられても直ぐに立ち上がる様子を見ているためか納得はいかないようで苦笑いを浮かべる。