第172話
「ジークさんの対戦相手はあのラースさんなんですね」
「そうよ。まったく、嫌がらせにしては悪質よね。まぁ、ジークが負ける事はないわね」
ジークの試合が近づき、ノエルとフィーナはカインが用意した席に移動する。そこでノエルはジークの対戦相手がラースだと知り、不安そうな表情をするが、フィーナはラースと対等な戦いを繰り広げた事もあるため、ラースを完全に見下しているように見える。
「別に嫌がらせってわけじゃないと思うけどね」
「エ、エルト様!? い、良いんですか? こんなところに来て」
「……良いわけないんですが、ジークさんの試合はどうしてもノエルさんとフィーナさんと一緒に観たいとの事で」
「……どうして、私達に構うのかしら?」
その時、エルトとレインが現れ、ノエルの隣の席に2人は座る。エルトは楽しそうに笑っているが、対象的にエルトに引っ張り回されているレインはかなり疲れた様子であり、フィーナは2人の様子に眉間にしわを寄せた。
「あれでも、ラースはそれなりに人徳が有ってね。あまり、長い時間、警備から外れても困るんだよ。だから、元々、ラースは武術大会に参加してなかったわけだし」
「確かにあの頭の悪い直情バカが参加してないのは疑問だったのよね」
「あ、あの。フィーナさん、もう少し言葉を選んではどうでしょうか?」
「ジークさんとの対戦はラース様が言い始めたことですし、試合の結果次第で対戦がないとまた揉める場合も考えるため、1回戦から直接、戦って貰うのが1番だとカインさんは判断しました」
ジークとラースが1回戦で戦う事の裏話を聞かされるも、ノエルとフィーナにとってはラースはやはり迷惑な人間でしかないようで微妙な表情をしている。
「まぁ、ジークとラースの真剣勝負を楽しみに観させて貰おうよ。2人は単純にどっちが勝つと思う?」
「もちろん、ジークよ」
「は、はい。わたしもジークさんが勝つと思います」
2人の表情にエルトは苦笑いを浮かべると、ノエルとフィーナにジークとラースの勝負の勝者の予想を聞く。その質問にフィーナはジークの勝利を確信しているようできっぱりと言い切り、ノエルはフィーナに続く。
「レインは?」
「……そうですね。私はジークさんの実力が良くわかりません。先日のラース様を手玉に取った事は見ましたが、どちらかと言えば、彼は戦闘意欲にムラがあります」
「そうだね。その意見には賛成だ」
「それに、先日とは条件が違います。表舞台に出た時のラース様の実力を考えれば先日のような結果にはならないと思います」
ジルの店でキレたジークがラースを叩きのめした時とは同じ結果にはならないと言うレイン。彼の言葉にエルトは大きく頷いた。
「それはジークがあのおっさんに負けるって言うの?」
「正直に言うと、わかりません。私はジークさんの実力を測り切れていませんから、ただ……」
「騎士は騎士を語るためにその方には責任が圧し掛かってくる。背負っているものがある時、人は大きな力を発揮する事がある。ラースはそんな人間だ。だから、多少、頭が弱くても多くの若い騎士が彼の背中を追いかける」
ラース勝利の言葉にフィーナはレインを睨みつける。その様子にレインは少しだけ困ったように笑うとエルトはレインをフォローするように彼の言葉を補う。
「言うなれば、ジークは自分のためにしか戦う事が出来ない。それは今まで彼が生きてきた道だ。薬屋を続けるために若くして、野山をかけ、野生の魔物や獣と戦ってきたから、彼の戦闘能力や生存本能は高いし、評価できる。しかし、騎士であるラースは違う。騎士をして背負っているものがあるから、負けるわけにはいかないと思うんだ。でも、ジークは武術大会なら負けても良いと思ってるだろうしね」
「……確かにジークは勝つ気があるかは微妙よね。面倒だと思ってる可能性があるわ」
ジークの性格上、本気で武術大会に挑んでないかも知れないと言うエルト。フィーナはその言葉を否定できないようで眉間にしわを寄せる。
「大丈夫です。ジークさんは絶対に負けません」
「ノエル?」
その時、ノエルは舞台へと真っ直ぐに視線を向けるとジークは負けないと言い切る。その言葉には迷いなど一切なく、彼女の様子にフィーナは首を傾げた。
「まぁ、ここで討論をしていても結果はどうなるかはわからないしね。それより、ジークとラースが舞台に上がってきたみたいだよ」
「……ジークさん、頑張ってください」
次の試合の準備ができたようで司会役の人間がジークとラースの名前を呼び、2人が舞台に上がってくるとノエルはジークの勝利を願うようにつぶやく。
「まさか、小僧と1回戦で戦う事になるわな。私としては貴様のような小童には身の程をわきまえさせるためにももっと上で対戦したかったのだがな」
「いや、別にどうでも良いし。それより、無理やり、こんな騒ぎにしたんだ。ちゃんと迷惑をかけた人間に謝罪しろよ」
舞台に上がったラースはジークを真っ直ぐと見据えると攻撃的な視線を向けるが、ジークは面倒事に巻き込まれただけだと言いたげにため息をついており、エルトやレインが言っていたようにやる気はあまりなさそうに見える。
「そんなものは必要ない。騎士の命令を聞くのは民としての義務だ」
「そうか……」
ラースはジークの言葉を跳ねのけるとジークはもう1度、小さくため息を吐くが、その表情は先ほどとは違い、真剣そのものになっている。
「おっさん、1つ、約束しろよ」
「何だ? 先日も言った通り、小僧が私に勝つ事が出来れば、ライオ様の護衛ができる実力があると認めてやる」
「……そんなもんは要らない。ただ、騎士ってのは守る人間がいての騎士だろ。それを特権だと思ってるなら、そんなものは騎士なんて言わない。それがわからないバカに負けてやるほど、俺は人間ができてない。おっさん、お前をぶちのめして、お前が迷惑をかけた奴の前で土下座させてやるよ」
カインの前では言う事はなくても、ラースに巻き込まれた人間が自分1人ではない事を理解しているジークはラースを倒して、彼らに謝罪させる気のようである。
「そうか。仮に小僧が私に勝てたら、考えてやろう」
「……その言葉、忘れるなよ」
ラースは自分が負けるなど微塵も思っていないようであり、ジークを見下しながら頷くと剣を構え、ジークは腰のホルダから魔導銃を抜く。
「それではラース=オズフィム対ジーク=フィリスの勝負を始めます!!」
2人の間に緊張感が生まれたのを感じ取ったようで審判らしき男性が開始の合図をする。それと同時にジークはラースに向かって駆け出す。