第170話
「これ、邪魔だね」
「お、おい。流石にそれは不味いだろ。王子様がこんなところをで歩いているってなると大騒ぎになるぞ」
「これだけの人数がいるんだ。見つからないよ」
観客席に出てしばらくすると何を思ったのか、顔を隠していた仮面を外そうとするエルト。その様子にジークは慌ててエルトを止めるがジークの心配などエルトは気にしていないようでる。
「……まぁ、実際、俺もカインが連れてくるまでエルト様の顔を知らなかったから、言いたい事もわかるんだけど」
「そうだろ。王都なら、まだしもルッケルでは見つかる事もないよ」
「だとしてもな……こんなところをおっさんに見つかるとまた俺が文句を言われるんだよな。下手したら、王子誘拐の容疑とか掛けられるぞ」
エルトの言葉に納得できる部分もあるが、それでも納得ができないジークは厄介事はゴメンだと肩を落とす。
「すでにライオの誘拐容疑はかかってるわけだしな」
「……いや、正直、笑い事じゃないんだよ」
困り顔のジークの様子にエルトは先日、ジーク達がライオ誘拐容疑をかけられた事を思い出してくすくすと笑うが、ジークに取っては笑い事ではなく眉間にしわを寄せた。
「それで、観客席なんて見てどうするんだよ? 別に王子様が見て回るような場所でもないだろ。特に面白いものもなさそうだぞ」
「だから、さっきも言っただろ。この様子が見たかったんだよ」
「この様子ね……」
エルトの護衛を早々と切り上げたいジークは王子である人間が見るような場所ではないと言うと、エルトは表情を引き締めると武術大会に盛り上がっている観衆へと視線を向ける。
ジークは真剣な表情のエルトの顔につられて彼と同じ方向へと視線を移した。
「……ジーク、君はこの様子を見て、どう思う?」
「は? この様子? んー、人が多いな。田舎者の俺にはこんな大勢の人はめったにお目にかかれない」
エルトは視線を観衆から移す事なくジークに1つの質問をする。しかし、その質問はあまりに抽象的であり、ジークは意味がわからないようで会場の様子を見たまま言う。
「そうじゃなくてね。ここに集まる人々の顔を見て、ジークはどう思うかな? って」
「いや、あまり質問は変わってないから」
「そうかな? ……」
ジークの解答はエルトの求めていたものではなく、改めて、質問をするがジークはエルトの質問の意図がわかってないようで首をひねった。エルトはその様子に苦笑いを浮かべると質問を変えようと思ったようで考え込み始める。
「ジークは人々が平和に暮らすには何が必要で、何が不必要だと思う?」
「は? そんな事を俺に聞くなよ。そう言うのはエルト様や国の中枢のお偉い様が考える事だろ。俺は片田舎の薬屋の店主だぞ」
エルトの新たな質問はジークに取っては考える必要性のない質問であり、自分が考える必要はないと言い切った。
「これだけいる民衆はどれだけジークと同じ考えを持っているだろうね?」
「そんな事は知らないよ。まぁ、ルッケルの人々も多くの人間が俺と同じ考えだろうな。正直、平和ってのがどんなものを指差すのもわからない。自分の生活で手いっぱいって感じだ」
「そうだろうね」
ジークはエルトが何を言いたいのか、理解できないようで首を傾げる。エルトはそんな彼の様子に少しだけ寂しそうに笑う。
「ただ、争いがないのは平和だってのはわかる。人族同士でもドレイクやゴブリンとか亜種族との戦争も実際、巻き込まれる身にはあまり変わらない」
「ジークは魔族との戦いが人族を守る戦いと変わらないと言うのかい?」
「まぁ、実際、魔族だって言葉は通じたりもするんだ。戦わずに済むならそれで良いだろ」
その時、ジークはノエルの顔が思い浮かんだようで彼女の主張である種別など関係なくわかり合う事が出来るかもと苦笑いを浮かべた。
「それはノエルの影響かな?」
「あー、まぁ、そうだな。ノエルと会わなければこんな考えにはならなかっただろうな」
ノエルが魔族だと言う事はカインの口からエルトにも伝えられており、エルトはノエルのいない今がジークの本心を見る機会だと思ったようで真っ直ぐと彼を見つめる。ジークはエルトの視線に一瞬、どう対応して良いのかわからないようで視線を逸らすとポリポリと首筋をかく。
「ジークは本当に魔族と分かり合える日がくると思うかい?」
「……正直なところはわからない。きっと、ノエルは特殊なんだろうしな。ただ、人族にだってわかり合えない相手だっているんだ。そう考えると種族の問題じゃないんじゃないかな? とは思う」
「それなら、趣向の違いがあれば生命の命を奪っても良いと思うかい?」
「それは……まぁ、ないだろうな。そんな事をしたら、また恨みや辛みが重なって争いが起きるだろう」
ジークの考えはノエルと一緒に暮らす事やギドと知り合った事で彼の考えの中には無駄に命を奪う事は考えられないようである。
「あぁ……その通りだと私も思う」
「……そうか」
エルトはジークの言葉に小さく頷くと王族であるエルトの口から出る言葉ではないと思ったようでジークの顔には驚きが隠せない。
「おかしいと思うかい?」
「正直な。王族って言うの国民を人族を守るために先頭を切って亜種族と戦争を企てている気はする……」
「それも自分達は傷つかないところでって言いたげだね」
ジークの口から出る言葉は王族のエルトに取っては耳が痛い言葉のようで眉間にしわを寄せる。
「……悪い」
「いや、きっと、多くの国民の考えはジークと同じものだろうね。カインと知り合って多くの場所を見て回ったけど、国民にとっては王族も魔族も変わらない。自分達の生活を脅かすものでしかないんだ」
「……いや、カインと一緒ってそれはそれで良いのか? と言うか、あいつは本当に何をしてるんだ?」
エルトは王族のあり方について考えているようで少しだけ自虐的な笑みを浮かべるが、ジークには現実味のない王族のあり方より、それ以上にカインの行動の方が不思議なため眉間にしわを寄せた。