第165話
「カイン、ノエルとアーカスさんを連れてきたんだけど、2人の席を用意してくれるかい?」
「……わかりました」
エルトとレインに連れられて、ノエルとアーカスは開会セレモニーの準備に奔走しているカインの元を訪れる。カインはノエルとアーカスを見て、一瞬、眉間にしわを寄せるが、優秀な彼はエルトが2人を連れて来た意味を瞬時に理解したようで頷く。
「カインさん、おはようございます」
「性格破綻者、お前にしてはずいぶんと余裕がなさそうだな」
カインの様子にノエルは慌てて、朝の挨拶をするがアーカスは物珍しそうに言う。
「……予想以上に出場者が居てね。優勝は賞金だけにしとけば良かった」
「こんなに盛況なんて、国庫から埃の被っていた精霊のマントを引っ張り出したかいがあるね」
「エ、エルト様、あの、今更ですけど、精霊のマントを賞品にして良いんですか?」
精霊のマントはかなり貴重なものであり、周辺都市から冒険者が武術大会に参加している。カインの疲労具合とは対照的にエルトは純粋に武術大会が盛り上がっている事を喜んでいる。
「国庫に眠っていても無駄なものだからね。有能な冒険者とも縁を結べるんだ。そう考えると高くはないよ」
「……それに関しては賛成ですが、あまり、エルト様やライオ様が表舞台に立ち過ぎるのは」
「ルッケルの復興には必要な事だ。多くの民が路頭に迷おうとしている時に何もしないのは王族の威厳を失墜させる事になる」
レインは立場的にエルトをいさめないといけないため、進言をしようとするがエルトは表情を引き締める。その変化にレインはエルトの志の高さにこれ以上は何も言える事はなく、1歩後ろに下がった。
「そのためにカインやレインにも手を貸して貰う。後はジークにも手伝って貰おうかな?」
「……ジークさん、知らないところでまた巻き込まれている気がします」
「そんなジークの心労を癒すのはノエルに任せるよ」
「わ、わたしがですか!?」
ジークの名前を出して楽しそうに笑うエルト。ノエルはここ最近、おかしな心労を抱え過ぎているジークの顔を思い浮かべて大きく肩を落とし、直ぐにエルトにからかわれる。
「エルト様、そろそろ、時間です。エルト様が場をあけてしまったため、開会のご挨拶はリハーサルなしになりますので自業自得と思って諦めてください。ノエルとアーカスさんは私が引き受けます。レイン、エルト様の事を任せます」
「は、はい。エルト様、その格好のままでは問題がありますので」
「わかったよ。それじゃあ、私は着替えて会場に行くよ」
カインは時間も押してきたため、エルトに準備を促し、慌てた様子のレインとともにエルトはエルトに与えられた準備室に向かって歩き出す。
「ほう……性格破綻者が王族のそばに仕えていると聞いて、多少は心配していたのだが、それなりにはやっているわけだな」
「……それはどうも」
「あ、あの。カインさん、大丈夫ですか? あ、そうだ。ジークさんが良かったら、カインさんにって」
普段の彼とは違って真面目に仕事をしているカインを見て、感心したように頷くアーカス。カインは疲れている事もあるようで短く返事をする。ノエルはその時何かを思い出したようで手荷物を漁りだす。
「ジークから? ……イヤな予感しかしないね」
「あ、ありました。ジークさんお手製の栄養剤です」
「……あぁ。あのくそ不味いけど、利き目だけは折り紙つきの奴ね」
ノエルは目的のものを見つけて笑顔を見せるが、彼女の手にある栄養剤を見てカインは大きく肩を落とした。
「リックさんも言ってましたけど、そんなに美味しくないんですか?」
「飲んでみたら、わかるんじゃないかな」
「わ、わたしは疲れてませんし、遠慮します。そ、それに噂ですけど、アズさんの私兵団の1部の方達からは大人気だってアズさんが」
「……まぁ、怖いもの見たさってのはあるしね。取り合えず、貰って置く。もう王都から持ってきた市販品じゃ効かないから」
カインだけではなくリックからも不味いと聞かされているため、苦笑いを浮かべてやんわりと断る。カインはそんな彼女の様子にため息を吐くが、それでも今、倒れるわけにはいかないようでジーク特製の栄養剤を受け取ると一気に胃の中に流し込む。
「……」
「あ、あの。大丈夫ですか?」
カインは栄養剤の味に顔をしかめ、胃の中から逆流を開始しようとする栄養剤を無理やり押さえつけるとノエルは顔を引きつらせながらカインに声をかける。
「……何で、あいつはこれの味を改良しようとは思わないんだ?」
「さ、さぁ? で、でも、先日、リックさんにも言われてましたし、そのうち、改善されるんではないでしょうか?」
「小僧の性格上、あり得んな。小僧は薬は味より、効果だと思ってる節があるからな」
「……確かに」
栄養剤の不味さが口の中に広がったままのカインは怨みがましくつぶやく。アーカスはさほど興味もなさそうにジークの性格だと言い切るとカインは力なく頷いた。
「あの。カインさん肉体的な疲労はありませんか? 何か補助魔法で協力できるなら、わたしもお手伝いします」
「手伝い?」
「……小娘、余計な事を言うとおかしな事になるぞ」
ノエルはカインの様子に彼女の悪い癖がでてしまい、カインの手伝いをしたいと言う。その一言にカインの目は何か思いついたのかきらりと光り、アーカスは眉間にしわを寄せる。
「で、でも、何かできる事があるなら、お手伝いしたいです。ジークさんやフィーナさんが頑張っているのにわたしだけ何もしないわけにはいきませんし」
「そう? それなら、ノエルはジークの薬屋を手伝ってるわけだし、帳簿の整理くらいできるね」
「そ、それはやってますけど」
カインはノエルにして貰う仕事を思いついたようだが、それは彼女にとっては明らかに大きすぎる仕事であり、顔を引きつらせる。
「それじゃあ、行こうか?」
「あ、あの。でも、わたしが国のお金を見ても良いんですか?」
「簡単な雑費等の出費をまとめるだけだから、そんなに大した額にならないし、大丈夫。大丈夫」
そんなノエルの心配事などカインは気にする事なく、人手確保と言いたげに彼女の肩をつかむとノエルを引きずって歩きだして行く。
「……言わんこっちゃない」
「アーカスさんもこっちにきてください。席に案内しますから」
ため息を吐くアーカス。カインはそんなアーカスの事など気にする事なく彼を呼ぶ。