第164話
「ジーク、これこれ」
「わかってる。それより、奥に進め、入口を塞ぐと邪魔になるだろ」
ジークとフィーナはノエル達と別れると出場者の集合場所に移動する。フィーナは集合場所の様子をキョロキョロと眺めると対戦表を見つけてジークを呼ぶが、ジークは彼女の様子にため息を吐く。
「わかってるわよ。これ、持って行っていいのよね?」
「ご自由にお持ちくださいって書いてるから良いんだろ」
「それもそうね。はい、ジーク」
「あぁ。取りあえず、移動するぞ」
対戦表を2枚取ると2人は他の参加者の邪魔にならない場所を探す。
「結構な人数が出場してるのね」
「まぁ、目玉のイベントらしいしな……えーと、俺はどこのブロックだ?」
武術大会の参加者は100人近くエントリーしており、ジークはため息を吐くと対戦表で自分の名前を探す。
「ジークの名前、有ったは対戦相手は……ラース=オズフィム?」
「……あの野郎、面倒だから、1回戦から当ててきやがったな」
ジークより先にフィーナがジークの対戦相手を見つけ、その相手の名前に彼女は眉間にしわを寄せる。ジークは初戦からラースが相手と言う事にカインの悪意を感じたようで大きく肩を落とした。
「まぁ、面倒だからさっさと終わらせると考えれば良いでしょ」
「そうだな。そう思っておくか」
面倒事は早く片付けるにこした事はないと思いなおし、ジークは再度、対戦表に視線を戻す。
「今更だけど、対戦表を見たって、名前と顔が一致しないのよね」
「まあな。数名、シルドさんやジルさんの店で顔を合わせた事のある冒険者とこの間の毒ガス騒ぎでお世話になった人が混じってるくらいだけど、戦闘スタイルもわからないしな……意味ないな」
「そうね。そう言えば……あれ? ないわね」
知り合いも数名紛れ込んでいるようだが、特に対戦の参考にできるような事はなく、2人はため息を吐き、対戦表を閉じようとするがフィーナは何かを思い出したようで対戦表をもう1度、覗きこむ。
「どうした?」
「……エルト様がどこにいるかと確認しようと思ったんだけど、名前がないのよ」
「そりゃそうだろ。一応は仮面も付けてたし、偽名くらい使ってくるだろ」
エルトの名前は対戦表を見ても乗っておらず、ジークは流石にそのままの名前で出場と言った暴挙に出なかった事に多少安心したようで苦笑いを浮かべた。
「それもそうよね。ライオ様のようにそのままで出てきてたりはしないよね」
「……その、そのままの偽名に気づかなかったのは誰だよ?」
「……まさか、捻りも何もない偽名でこの私をだますなんて、ライオ様は知将よね」
「……まぁ、そう言う事にしておく」
自分が騙されたのはあくまでもライオの巧妙な策略だと言い切るフィーナの様子にジークはこれ以上は言っても仕方ないと思ったようである。
「まぁ、カインが仕事をやってる時についでにねじ込んだって言ってたし、偽名はあいつが考えた可能性があるな」
「それなら、名前を見てもわからないわね」
「あぁ。と言うか、エルト様はきっと、そのままの名前でエントリーしようとしただろうな。それをカインが変更したって感じだろうな」
「それが1番、納得がいくわね」
エルトの偽名はカインの仕業だと結論付けるとフィーナは対戦表を閉じ、他の参加者へと視線を移す。
「……あれ? なんか」
「どうかしたか?」
「今更だけど、ジークの対戦相手、あのラースって言うおっさんでしょ。これを見るなり、ジークに因縁を吹っ掛けてくると思ったんだけど、こないわね」
「……イヤな事を言うな。朝からあの暑苦しいおっさんの相手なんかしたくないよ。まぁ、それでも、この時間は安全だろう」
ラースがジークの前に現れない事にフィーナは疑問を抱いたようで首をかしげた。その言葉にジークはラースの顔を思い浮かべたようで乱暴に頭をかくと何か確信があるのか安全だと言い切った。
「安全?」
「もうすぐ、武術大会の開会セレモニーだろ。エルト様の挨拶もあるような事も言ってただろ。それなら、騎士様達はそっちで忙しいはずだからな」
「あぁ。そんなものも有ったわね……面倒ね」
「そうだな。何か、長そうだし」
エルトだけではなく騎士達も今は忙しい時間帯だと言うも、2人は大会が始まる前に面倒な事がありそうだとため息を吐く。
「その分、あいつのストレスが溜まってそうではあるな。さっき、エルト様、逃亡の件もあるし」
「……アーカスさんは大丈夫だとして、ノエル、大丈夫かしら?」
「まぁ、アズさんもいるし、問題ないだろう」
開会セレモニーの寸前まで大忙しであろうカインの顔を思い浮かべたようで、カインの元に連れて行かれたノエルの事を心配するも、武術大会前に心配事を増やしたくないようで考えるのを止めようとした。
「ジーク、フィーナ、お前達、何で、こんなところにいるんだ?」
「あれ? リックさん? そっちこそ、どうして、こんなところにいるんですか? まさか、参加するんですか?」
その時、リックが2人を見つけて声をかけるが、フィーナはリックが武術大会に参加すると思ったようで驚きの声をあげる。
「そんなわけあるか……今日は救護室ですか?」
「あぁ。武器は魔法で特殊加工するにしても、けが人は出るだろうからな」
「魔法で特殊加工? 何、それ?」
「……お前は、大会のルールくらい目を通してないのか?」
リックはフィーナが自分の言葉を理解していない事に大きく肩を落とし、力なく笑う。
「まぁ、今回は仕方ないんですよ。俺もフィーナも成り行きですからね。それで、武器の特殊加工ってなんですか?」
「成り行き?」
「そこはちょっと説明を控えさせてください。聞くときっと面倒な事に巻き込まれるんで」
「……わかった。詳しくは聞かない事にしよう。特殊加工の事も知らないと言う事は、受付にも顔を出してないだろうな」
「受付? ……あぁ、あそこか。ちょっと、行ってきます」
「あぁ。それが終わったら、救護室で簡単なルール説明をしてやる」
完全に巻き込まれて参加だとジークは苦笑いを浮かべると、リックはその言葉に首を傾げる。しかし、話を聞いておかしな事に巻き込まれたくないとも思ったようで小さく頷くと受付を終わらせるように言い、ジークとフィーナはリックを待たせて受付に並ぶ。