第158話
「ジーク、ノエル、ヒマならお昼の準備を手伝ってくれるかい?」
「あー、しばらく大丈夫そうか?」
「良いんでしょうか?」
フィーナとラースがカインの事でライオに詰めよっているなか、ジルは昼食の時間が近づいていきた事もあり、ジークとノエルを呼ぶ。ジークはあまり話にかかわりたくないため、ノエルの肩を叩き2人でキッチンに向かおうとする。
「ジーク、逃げないで助けてくれないかい?」
「はっきり言うけど、知らない。俺達は俺達の目的があってルッケルに来ているんであって、正直、ライオネットの護衛は手に余る。冒険者なら、金でどうにかなるかも知れないけど俺はただの薬屋であって、ライオネットの期待には答えられない。と言うか、普通に考えてそっちのおっさんの言い分の方が正しい」
助けを求めるライオを見て、ジークは一国の王子の護衛など荷が重いと真っ当な事を言い、兵士2人はジークの意見に賛同の意思を示す。
「そんな事を言わないでくれないかい?」
「ジーク、やるわよ。このおっさんにバカにされるのは納得がいかないわ!! 護衛くらい私にかかれば楽勝よ!!」
「やりたいなら、そっちのおっさんと協力してやってくれ」
ラースにバカにされている事もあるからか、フィーナはライオの護衛を受けると叫び始めるがジークの反応は冷たい。
「こんな脳みそまで筋肉なおっさんと一緒になんかできるわけがないでしょ!!」
「そうだ。こんな礼儀知らずのバカ娘など、邪魔でしかない!!」
「……何で人に文句を言う時は息が合うんだよ。安心しろ。2人とも似たようなもんだから」
見ようによっては息がぴったりのフィーナとラースの様子にジークは大きく肩を落とす。
「誰がこんなのと似たようなもんよ!!」
「小僧、私を愚弄する気か!!」
「い、息ぴったりですね」
「……いい加減にしてくれ」
ジークの言葉はフィーナとラースから反感を買い、2人は今度はジークに詰め寄ろうとし、ノエルはその様子に顔を引きつらせ、ジークは厄介者が2人になった事で額にはぴくぴくと青筋が浮かんでいる。
「ジ、ジークさん、落ち着きましょう。し、深呼吸をしましょう」
「フィーナ、少し落ち着きなよ」
ジークの堪忍袋の限界が近い事を察したノエルは彼を落ち着かせようとし、ジルは状況がわからないまでもフィーナをジークから引き離そうとするがすでに頭に血が昇りきったフィーナがその言葉を聞くわけがない。
「ノエル、こっちにおいで、肉や魚の下準備はこっちでやるから、野菜の下準備を頼めるかい」
「で、でも」
「フィーナもあのラースって人もたまには痛い目を見ないとわからないだろうしね」
ジルはもうジークがキレるまで放っておこうと思ったようでノエルを呼び寄せる。
「ジーク、聞いてるの!?」
「……おっさん、次はお前だ」
フィーナがジークの胸倉をつかもうとした瞬間、彼女の身体が宙を舞い、床に叩きつけられ、いきなりの事にフィーナだけではなく店のホールにいた人間の空気が凍り付く。
「あ、あの。ジルさん、ジークさんって体術が得意だったんですか? わたし、魔導銃を使ってるところしか見た事がなかったので」
「そりゃあ、何かある度にカインに投げられてるしね。子供の頃から基礎から何から言葉の通り叩きこまれてるよ。ジーク、間違っても店の物を壊すんじゃないよ」
「……物以外なら壊しても良いって事だな」
顔を引きつらたノエルはジルに疑問をぶつける。ジルは小さくため息を吐いた後にジークに一言、声をかけるとジークは背後に真っ黒な気配をまといながらラースとの距離を縮めて行く。
「小僧が騎士である私に敵うと思っているのか!?」
「……黙れ」
ジークになど負けるわけないと声高に言おうとしたラースの鼻っ柱をジークは迷う事なく拳で打ち抜き、ラースの鼻から鮮血が飛び散る。
「小僧!!」
「……騎士様の何が偉いんだ? 他人の事を小バカにしやがって、だいたい、おっさん、お前がまともならこんな事になってないんだよ。それくらいも理解できる頭もねえのか?」
ジークはラースの胸倉をつかむと迷う事なく、彼の頬を何度もひっぱたく。
「……往復ビンタ? ラース相手に?」
「ジ、ジーク?」
ライオは目の前で繰り広げられている状況が理解できないようであり、フィーナはジークが完全にブチ切れている様子に顔を引きつらせると直ぐに床から立ち上がり、自分にこれ以上の火の粉が飛んでこないように全力でジークから離れる。
「ま、不味い事になったわ」
「フィーナさん、ジークを止める方法はないのかい?」
「ないわ。こうなったら、気が済むまでやらせておくしかないわ。あのおっさんなら大丈夫よ。頑丈そうだし」
「そ、それも酷い話じゃないかな?」
「……フィーナ、ライオネット、どこに逃げる気だ?」
ラースをジークの怒りを収めるための生贄にする事を決めたようであり、ライオは彼女の出した答えに顔を引きつらせるが、既にラースはジークに沈められてしまったようで床にうつぶせで倒れ込んでおり、ジークは笑顔で2人の肩に手を置くがその目は笑っていない。
「ジーク、落ち着こうか? まず、私が誰か思い出そう」
「……心配するな。俺は落ち着いている」
完全に頭に血が上っているジークを冷静にさせようとライオは自分が王子だと言う事を思い出させようとする。しかし、既に冷静な判断ができないジークに取ってはそんな事は些細な事のようである。
「ジークさん、落ち着きましょう」
「流石にそれをすると悪いのはライオネット様とは言え、庇いきれません」
流石にライオに手を上げさせるわけにはいかないため、騎士2人はジークにつかみかかるが騎士2人は簡単に投げ飛ばされてしまう。
「……小僧、何をやってる?」
「アーカスさん!?」
その時、店のドアが開き、ノエルは店の中に入ってきたのがアーカスだと気づき、驚きの声を上げた。
「小娘、何があった?」
「あ、あの。とりあえず、ジークさんを止める方法はありませんか? このままだと大変な事になってしまいます!!」
「そうか? 小僧、落ち着け」
ノエルはアーカスにジークを止めて欲しいと泣きつき、アーカスは状況を理解できないようだが眉間にしわを寄せると杖をジークの後頭部目掛けて振り下ろし、鈍い音がホールに響く。