第152話
「ただいま。ジーク、ノエル、おみやげ」
「おかえりなさい。フィーナさん、お土産ですか?」
リックが休憩に入ってからは運が良いのか、診療所のドアを叩く者はおらず、平和にしているとフィーナが戻ってきて勢いよくドアを開けた。彼女の手には大きなをカバンが持たれており、ノエルは首を傾げる。
「フィーナ、お前はもう少し静かにドアを開けろよ。リックさんは休憩中なんだし」
「あー、悪かったわよ。それより、ジルさんがお弁当をくれたわ。よく考えたら、私達、昼ご飯、食べてなかったでしょ」
「そう言えば、あの2人の襲撃で食い損ねたな」
ジークの小言を無視するフィーナ。ジークは彼女の様子にため息を吐くも、空腹には勝てなかったようで頭をかく。
「それで、ジルさんがリックさんの分も作ってくれたんだけど、起こす?」
「でも、気持ちよく眠ってますし。起こしたら悪い気も」
診療所の様子を聞いたジルは気を利かせてくれたようで、お弁当はリックの分も用意されている。フィーナは寝息を立てているリックの顔を覗き込むと彼を指差して起こすかと聞くがノエルはもう少し寝かせてあげたいと思ったようで困ったように笑う。
「本人に聞いてみたら、どうだ? これで行ってみるか?」
「聞いてみるって……ジーク、あんた、何をする気?」
ジークはお弁当を広げると一口大のおかずを1つフォークに刺す。フィーナはジークの行動が理解できずに首を傾げるが、ジークは笑いながらリックの口元にフォークを運ぶ。
「リック先生?」
「反応ありと」
「……ジーク、お前は何をしてるんだ?」
リックの鼻はジルのお弁当の香りに反応したようで、しばらく、匂いを嗅いでいたリックだったが、食欲を誘う香りに彼の頭は覚醒する。
「ジルさんからの差し入れです。飯にしませんか?」
「そうだな。ごちそうになろう……」
リックは嗅覚と視覚で食欲が促進したようで、頷くとタイミング良く、彼の腹の虫が悲鳴を上げた。リックは何となく、気恥しくなったようでジーク達から視線を逸らすが、3人は気にする事はなく、お弁当を広げた。
「しかし、まだ目を覚まさないの? 本当に目を回してるだけ? 寝てないから、おかしな診察したって事はないですよね?」
「寝息を立ててるし、目を回す前にかなり疲れてたんじゃないのか?」
「リック先生と同じと言う事ですか?」
お弁当を食べ始めるとフィーナが連れて来た少年が未だに目を覚ましていない様子を見て首を傾げる。少年はベッドの上で気持ちよさそうに寝息を立て始めており、ノエルはリックと少年の顔を交互に見る。
「その可能性はあるな。この辺では深ない顔だしな。もしかしたら、舞台設営のためにルッケルに来ている労働者や騒ぎを聞いてルッケルを訪ねた冒険者かも知れないな」
「……その割には良い格好してるよな」
リックはがつがつと弁当を食べながら、少年の素性を予想するも、ジークは少年の格好が自分達平民より、良いものだと気が付いたようで眉間にしわを寄せてつぶやく。
「ジークさん、どうかしたんですか?」
「いや、今のところは、何でもない」
「今のところ? 何よ。その半端な言い方は?」
ジークの様子に首を傾げるノエル。ジークは彼女の様子に苦笑いを浮かべて首を横に振るとフィーナが彼の言葉に食いついた。
「いや、話もしてない人間の事を散策するのは良くないだろ。それに俺は今、飯を食うのに忙しい」
「何なのよ。そんな言い方されると余計に気になるじゃない」
「フィーナさん、落ち着いてください」
質問をはぐらかすジークの様子にフィーナは納得がいかなさそうであり、眉間にしわを寄せるとノエルが2人の間に割って入るように声をかける。
「ごちそうさま。久しぶりにまともなものを食った」
「リックさん、結婚とか考えないの? そしたら、もう少し、まともな暮らしができるのに」
リックはお弁当を腹に詰めると満足そうに笑うが、フィーナは彼の様子に大きく肩を落とす。
「結婚したって、生活がまともになるとは限らないだろ。フィーナみたいに家事全滅な人間だっているわけだし」
「何よ? 私は冒険者だから良いのよ?」
ジークはフィーナに言う権利はないとため息を吐くとフィーナは彼を睨みつけた。
「……診療所でケンカをするな。これ以上、俺の仕事を増やすな」
「そ、そうです」
「リックさん、奥のキッチン、借りるよ。弁当箱くらいは洗って返さないと」
ノエルとリックは2人のケンカを止めようとするが、ジークはケンカをする気などないようで弁当箱を持って奥のリックの居住スペースに歩き始める。
「ジークさん、私もお手伝いします。リック先生、もう少し休んでてくださいね」
「あぁ。すまないな」
ノエルはリックに休むように言い、ジークの後を追いかけて行く。
「……酷いな」
「リック先生、身体壊しますよね?」
「医者の不養生ってのを地で行ってそうだな。診療所の仕事より、先にこっちを片付ければ良かったよ」
リックの居住スペースはかなり荒れており、ノエルは顔を引きつらせ、ジークは弁当箱をシンクの上に置くとため息を吐いた。
「とりあえず、キッチンくらいは片付けるか? 水場は色々と危ないし」
「そうですね」
「と言うか、フィーナじゃないが、リックさんは相手がいないのかな? 腕利きの医者で顔だって悪くないし、それなりにルッケルの人には信頼されてるんだから、相手は直ぐに見つかる気もするんだけどな。優良物件だとは思うんだけどな」
ジークとノエルは腕まくりをして、キッチンの片づけを始め出し、ジークは自分をすり切らしてまで医者として生きるリックの将来を考えて眉間にしわを寄せる。
「あの。リック先生はアズさんとではダメなんでしょうか? 先日の騒ぎでは良く一緒にいましたし、お似合いだと思ったんですけど」
「いや、あの2人はないだろ。と言うか、町医者と領主様じゃ釣り合わないし、何より、アズさんが嫁に来ても、この惨状が変わるとは思えない。領主様のアズさんがこんな場所を掃除してる姿が想像できるか?」
「で、ですけど」
ノエルは先日のルッケルの騒ぎで、リックとアズの間を怪しんでいるようだが、ジークはそれはないと即座に否定する。