第135話
「そ、それで王子様がこんな片田舎の片隅の貧乏な薬屋に何か御用ですか?」
「ジーク、連れて来て置いて何だけど、そこまで平伏しなくても良いんじゃないか?」
ジークはノエルが落ち着くとエルトがわざわざジオスまで訪れた理由を床に平伏して聞く。
カインはその様子に頭をあげるように言うが、ジークを見下ろして楽しそうに笑っている。
「いや、特にこれと言った用事はないんだけどね。ただ、ジーク=フィリスと言う人間を見たかっただけだよ。私と同じく偉大な両親を持つ人間に興味が湧いたんだ」
「……」
エルトはただの気まぐれだと笑う。彼の中には現国王の後継者として考えるべき事があるようでジークを自分と同じ重圧を受けていると決めつけている。
「ジークさん?」
「……大丈夫だ」
ノエルはジークが最も毛嫌いしている両親の話に心配そうに彼の服をつかみ、ジークはエルト相手では何を言えないようで首を横に振った。
「それで、1度、剣を交えてみたいと思ったんだよ」
「剣を?」
エルトはジークの心情など気にする事なく、目的を口にすると持ってきていたであろう剣を手に店を1人で出て行く。
「……カイン、言いたくないが脳筋か?」
「あぁ。拳を交えればすべてわかると思っている節がある」
「……そんな人間を連れてくるな」
「いやいや、流石に王子様の命令を断るわけにはいかないだろ」
ジークはエルトの立ち振る舞いに1つの疑問が頭をよぎったようで店を出て行ったエルトの背中を見て、ぽつりとつぶやく。
カインはその言葉を直ぐに肯定し、ジークは面倒事を持ってきたカインを睨みつけた。
「あ、あの。ジークさん、エルト様を追いかけなくて良いんですか?」
「追いかけると言っても、魔導銃は手元にないしな」
ノエルはエルト1人を外で待たせるわけにはいかないため、追いかけようと言うが、ジークは相棒である魔導銃が手元にないようでポリポリと首筋をかく。
「あれ? 魔導銃はまだ修理中なのか? もう2週間も経ってるだろ。そんなに酷かったのか?」
「アーカスさんがちょっと試したい事があるらしくて、預けたんだよ。新しい材料はそれなりに加工も難しかったみたいで時間もかかったけど、3日で直った。だから、ここ最近は調合メイン。まぁ、ルッケルで薬品棚の物はほとんどなくなってるから良い機会だとは思ってたんだけどな」
魔導銃はアーカスの実験材料になっているようであり、ジークは材料採取以外の作業をしていたと話すと3人でエルトの後を追って店を出る。
エルトは剣を振って準備運動をしており、その剣はフィーナの勘によるでたらめな攻撃と違い、流麗でどこか気品に満ちている。
「キレイです」
「まぁ、俺やフィーナとは違ったスタイルだろうな」
「そうだね。ジークやフィーナは野蛮を言葉で表したような戦い方だからね」
「否定はしない……けど」
ノエルはエルトの剣に小さく声を漏らす。ジークは自分やフィーナとは違う剣術に苦笑いを浮かべるが彼なりの考えがあるのか言葉を濁す。
「けど、何だい?」
「……俺より、カインの方がわかってる気がするけど」
「まぁ、王族として英才教育を受けているけどバカだからね」
「……もう隠す気もないのかよ」
カインは隠す事なくエルトをバカだと言い切り、ジークはカインの様子に眉間にしわを寄せた。
「ジーク、準備はできたかい?」
「大変、言い難いんですけど、俺、武器を持ってません。と言うか、戦う理由がありません」
エルトはジーク達が出てきた事に気が付き、しっかりとジークを見つめて剣を構える。
しかし、ジークはエルトと戦う理由もないため、首を横に振った。
「武器がない? それなら、拳でも、私はいっこうにかまわないが」
「……ダメだ。話を聞く気がない」
「ど、どうしましょうか?」
エルトはジークが自分と決闘できないのは武器がないせいだとしか聞いておらず、剣を鞘に納める。そんな彼の行動はジークの欲しかった返事では当然なく、ジークは眉間にしわを寄せ、ノエルは苦笑いを浮かべた。
「とりあえず、ジーク、さっさと殺っちゃってくれ。それで決着が付く」
「……だとしても、どうして、俺の周りには他人の話を聞かない人間しか集まらないんだ?」
カインはこのままでは平行線だと思ったようで、ジークにエルトの相手をしろと彼の背中を押す。ジークは押された勢いでエルトの前に出るが、やはり気乗りがしないようで眉間にしわを寄せている。
「それでは行くよ。ジーク」
「いや、誰もやるとは言ってないから」
エルトはジークの言葉を聞きいれる事なく、一直線にジークに向かって駆け出すと両拳をジークに叩き込む。ジークはエルトに攻撃を仕掛けるわけも行かないためかその攻撃をガードする。
「どうしたんだい? 守っているばかりでは私を倒す事は出来ないよ」
「……」
エルトはジークが攻撃してこないのは単純に攻撃をするスキがないと思っているようで余裕を見せつつもさらに攻撃の手数を増やして行く。しかし、本来、体術を基礎とした動きのなかで魔導銃を扱っているジークに取ってはエルトの攻撃を防ぐのはたやすいようでまともに喰らっている様子はない。
「あの。カインさん、ジークさんは大丈夫なんでしょうか?」
「あー、問題ないよ。単純な戦闘力としてはエルト様の方が上かも知れないけど、ジークの方が実戦経験でどこに攻撃を喰らうと致命的かを知っているから、それを上手く外しているからね」
「カインさん、どこに行くんですか?」
ノエルは防戦一方のジークの様子に心配そうな表情をする。カインはノエルの様子に心配ないと笑うと彼女を置いて、エルトの背後に歩いて行き、ノエルはカインの突然の行動に首を傾げた。
「ちょっとね。面倒になってきたから」
「……おい」
カインは背後からエルトの頭を思いっきり叩きつけた。その1撃はエルトの意識を刈り取るには充分な1撃だったようでエルトはジークに向かって倒れ込み。ジークはエルトを受け止めるとカインへと非難のするように視線を向けるがカインは楽しそうに笑っている。