第134話
「平和って良いな」
「そうですね」
「お邪魔するよ」
ルッケル鉱山の毒ガス騒動から2週間が過ぎた頃、ジークとノエルは薬屋の店番をしていると招かれざる客が店のドアを開けた。
「……今日は店じまいです」
「はいはい。くだらない事を言わない。まったく、せっかく報酬を持ってきたんだから、わざわざ、こんな片田舎まで足を運ぶこっちの身にもなってくれよ」
「……思いっきり、お前の故郷だろ。と言うか、転移魔法で簡単に戻って来れるんじゃないのかよ」
ドアを開けたのはカインであり、ジークは直ぐに逃げようとする。カインはジークの様子にため息を吐きながらも、本日、ジオスに訪れた理由を話す。
「まぁ、そうなんだけどね。取りあえず、これがジークとノエルの取り分ね。フィーナにはもう渡してきた。後はアーカスさんの分だけど、どうする? 本人はいらないって言うだろうけど」
「そうですね」
カインはジークとノエルの前に報酬の入った袋を置くがアーカスの取り分をどうするべきかと苦笑いを浮かべる。
「まぁ、近いうちに届けてくれ。要らないって言うなら、3人で分ければ良い」
「それが無難かな?」
参考として1つの提案をするカインに、ジークは他に考えも見つからないためか頭をかく。
「それより、ジーク、お客にお茶の1つも出ないのは接客業としてどうなんだい?」
「す、すいません。すぐに準備をします」
「……いや、普通は薬屋で茶を飲む人間はいないから」
「村の人間は要求するだろ?」
「……あぁ」
カインは1つの話題を終了させると図々しく、お茶の要求を始め、ノエルは慌てて奥に入って行こうとするとジークはノエルを静止する。
しかし、カインは当然の権利だと言いたげであり、ジークは彼のふてぶてしい様子に眉間にしわを寄せた。
「ノエル、お茶は4人分ね」
「4人ですか? フィーナさんがくるんですか?」
「いや、1人に客を連れてきたんだよね。報酬の話があったから、外で待ってて貰ってるけど」
「わかりました。すぐに準備をします」
ノエルは嫌な顔1つする事なく頷き、奥に移動する様子にカインは何か思うところがあるのかニヤリと笑う。
「良いお嫁さんだね」
「……ニヤニヤと笑うな。それより、待ってる人間を呼んで来いよ」
カインはジークとノエルの関係をからかいたいようだが、ジークは彼女が来てから村の人間達にからかわれ続けているためか、げんなりとした様子で同行者を呼んでくるように言う。
「はいはい。そうしないと何も始まらないからね」
「……と言うか、お前が連れてくる客なんてイヤな予感しかしないんだよ。フィーナが現れないのは危険を察知したからだな」
カインはジークの反応につまらなさそうにため息を吐くと店の外に移動し、ジークはカインが厄介な問題を持ってきたとしか思えないようで眉間にしわを寄せた。
「……イヤな予感しかしない」
「ジークさん、知っている人ですか?」
「いや、知らないけど、あの格好を見れば、貴族だってわかる」
カインの同行者の青年はジーク達より、少しばかり年上に見え、20代前半と見受けられる。ジークはその青年を見た瞬間、彼の口からは自然とその言葉が発せられた。
青年の服装はジオスのような田舎の人間が着るものではなく、その服装から同行者が貴族と言った部類に分けられる人間だとわかったようでノエルに耳打ちをする。
「はいはい。ジークもイヤな顔をしない。そんなんじゃ、紹介もできないだろ。それに接客業をしている人間がそんな反応をするのはどうかと思うんだけど」
「……わかってるよ。ジーク=フィリス。この村の薬屋」
「ノエリクル=ダークリードです。ここの従業員です」
ジークの表情に苦笑いを浮かべるカイン。ジークはカインが連れてきた事に何か引っかかるようだが名前を名乗るとノエルもジークに続く。
「初めまして、ジーク、ノエル。私は『エルト=グランハイム』です。君達の先日のルッケルでの活躍はカインから良く聞いているよ」
「エルト=グランハイム?」
青年は笑顔で『エルト=グランハイム』と名乗るとジークはその名前に顔を引きつらせる。
「ジークさん、どうかしたんですか?」
「ジークはエルトの事を知ってるんだね」
ノエルはジークが顔を引きつらせる意味がわからずに首を傾げるが、カインはジークの反応が予想できていたようで楽しそうに笑う。
「カイン、これはどう言う事だ!?」
「どう言う事も何もエルト様がどうしてもジークに会いたいって言うから、連れてきたんだよ。ジオスと王都の間なら、転移魔法で直ぐに来れるし」
「ジ、ジークさん!? カインさん、投げ飛ばす必要はないですよね?」
ジークは頭が処理しきれないようで、エルトの事は頭から排除したのかカインの胸倉をつかもうとするが、ジークはカインに投げ飛ばされ、床に背中から叩きつけられた。
背中に走る痛みにジークは悶絶し、床をのた打ち回り、ノエルはジークに駆け寄るとカインを非難するような視線を向けた。
「いやいや、ジークが相変わらず、言葉使いを気にしないから」
「カイン、私は別に気にしてないよ」
ジークを投げ飛ばすのはカインの言うしつけの一環であり、ジークを見下ろし、エルトはその様子に大きく肩を落とす。
「ジークさん、あの」
「ノエル、良いか……エルト=グランハイムはこの国の第1王子。簡単に言うと次の王様だ」
「王子様? お、王子様!? い、良いんですか? こんなところに来ても良いんですか?」
ジークは背中を押さえながら、状況を理解していないノエルにエルトの正体を明かす。
しかし、ノエルは直ぐに理解できないようで首を傾げた後、事の重大さに気が付いたようで驚き慌てふためく。
「……これが当然の反応だな」
「そうだね」
慌てるノエルの様子を見て、ジークは多少は冷静になったようで眉間にしわを寄せる。カインはリアクションの大きいノエルの姿に満足げな笑みを浮かべた。