第117話
「あぁ。骨の固定など最低限の応急処置は覚えておけ……小僧には言う必要はないか」
「まぁ、それくらいの知識は持ってますよ。1人で動けなくなって死ぬのはイヤですからね」
ジークは薬学の知識とともに応急処置の知識を持ち合わせているようでアーカスの忠告に苦笑いを浮かべる。
「それで、小僧、あの小娘をいつまで暴れさせてるつもりだ? あのミミズもただの肉片になっているようだが」
「いや、近付きたくないので、しばらくそのままで、それに通れるようになりそうだし」
アーカスはすでに事切れている巨大ミミズに向かって剣を振り下ろし続けているフィーナの様子にため息を吐く。しかし、ジークは下手に近づいてケガをしたくないようで首を横に振った。
「そ、そうですね」
「それもそうだな」
「アーカスさん、今のうちに魔法をかけ直したらどうでしょうか? まだ、フィーナさんが落ち着くまで時間がかかりそうですし」
ジークの言い分にノエルとアーカスは頷き、ノエルはアーカスに支援魔法をかけ直すように言う。
「そうだな。それくらいはしておくか……」
「……」
アーカスはノエルの提案はもっともだと思ったようで魔法の詠唱に移る。ノエルはアーカスの魔法を覚えようとしているのかしっかりとアーカスを見据える。
「ノエルは勉強熱心だな。フィーナにも見習ってほしいよ」
「……」
「ど、どうして、止めてしまうんですか?」
ノエルの様子にジークは感心したようで、何に対しても覚える気がないフィーナに視線を向けてため息を吐く。その時、アーカスは突然、魔法の詠唱を止め、ノエルは驚きの声を上げた。
「アーカスさん、どうかしたんですか?」
「……小娘、お前がやってみろ。魔法式の構築は2回も見たんだ。わかるだろ」
アーカスはノエルが自分から魔法の使い方を盗もうとしていた様子を見ていたようでノエルに言う。
「わ、わたしがですか?」
「あぁ」
ノエルはいきなりの事で驚きの声をあげると、アーカスは小さく頷いた。
「アーカスさん、大丈夫なんですか? 効果時間ってほとんどないんですよね」
「ダメだなら私がやる。小娘は元々、魔力の扱いはできるんだ。問題ないだろ」
「ですけど、行き当たりばったり過ぎませんか?」
アーカスはノエルにならできると思っているようだが、ジークはもう少し余裕がある時に行うべきだと思っているようであり、アーカスに聞き返す。
「練習で、できても本番でできなければ何も意味がないだろ」
「まぁ、それは確かにそうですけど……ノエルはしっかりと練習して、自信を身に付けてから使えるようになるタイプだと思う。あれは行き当たりばったりでも、むしろ、その方が上手く行きタイプ」
ジークはノエルとフィーナを交互に見て苦笑いを浮かべた。
「わ、わたし、やります」
「……そして、おかしな方向で火が点いて、空回る」
ジークの心配とは裏腹にノエルはやる気を出しており、張り切って魔法の詠唱を開始するが、ジークは不安しか感じないのか眉間にしわを寄せる。
「……アーカスさん、俺、魔法については詳しくないんで、聞きたいんですけど」
「どうした?」
「魔法って変に発動したら、他の結果になる時ってあるんですか?」
「そうだな……失敗の仕方にもよるが、基本的には何も起きない。ただ、もっとも似た魔法式が発動する場合がある」
ジークは仮に魔法が失敗した場合はどうなるのかと聞き、アーカスは少し考えるような素振りをした後、他の魔法が発動する場合も考えられると答えた。
「因みに、あの魔法で1番、似ている魔法は何ですか? 精霊魔法ですし、ノエルは支援魔法がメインだし、おかしな事は起きませんよね?」
「そうだな。1番、近い魔法は風の……」
「あっ!?」
アーカスがジークの疑問に答えようとした時、魔法の詠唱を行っていたはずのノエルから、小さな声が漏れた。
「どうした?」
「し、失敗しました」
ノエルは顔を引きつらせて、ジークとアーカスに視線を向けるが、既に魔法は発動しているのかノエルの杖の先に集約された魔力は大きく弾け飛ぼうとしている。
「アーカスさん、もっとも近い魔法式ってなんですか?」
「あぁ。暴風で全てを吹き飛ばす魔法だな」
「それって、確実に不味いですよね?」
アーカスの口から告げられた魔法は威力のありそうな攻撃魔法であり、ジークとノエルの顔からは血の気が引いて行くがアーカスは特に気にした様子もない。
「アーカスさん、どうして、そんなに落ち着いているんですか!?」
「……まだ、完全に発動しているわけでもないからな。小娘、こっちにこい」
「へ? ま、待ってください!? ひ、引っ張らないでください」
アーカスはノエルの首根っこをつかむと彼女を引きずって歩きだし、ノエルは状況が理解できないのとすぐ側に魔力の塊があるためかどうして良いのかわからなく、声をあげる。
「小娘、避けろ」
「邪魔しないで!?」
「……小娘、お前が邪魔だ」
アーカスはノエルを引きずったままフィーナのそばに着く。フィーナはアーカスに喰ってかかろうとする。アーカスはフィーナの相手をする気はないようで手にしていた杖でフィーナの頭を叩きつけた。
「何するんですか!?」
「……良いから、避けろ。小娘、杖を向けろ」
「は、はい」
フィーナは頭が叩かれた意味がわからないため、アーカスに再度、喰ってかかるがアーカスは気にする事なく、ノエルに集まった魔力を解放するように言う。ノエルはアーカスの指示に従うと杖の先から、風の刃が飛び。すでに肉片となっている巨大ミミズを吹き飛ばした。
「……攻撃魔法、恐ろしいな」
「そ、そうね。流石はドレイク。桁が違うわ」
ジークとフィーナは初めて見るノエルの攻撃魔法に顔を引きつらせる。