第109話
「……」
「ノエル、酔い止めも飲んだんだから、そんなに心配そうな顔をしない」
翌朝、準備を終えて馬車に乗り込もうとするが、ノエルは昨日の事もあるため、足取りは重い。
「そ、そうです。アーカスさん、昨日みたいに魔法でルッケルまで飛びましょうよ。それなら、時間も短縮できますし、そうしましょう」
「確かに魔法で移動は楽よね」
ノエルは馬車での移動が余程、苦手なようでアーカスに魔法を使って欲しいと頭を下げ、フィーナも同調し始める。
「魔法での移動ですか? そんな事が出来るなら」
「……無理だ。私が使う一般的な転移魔法は条件があるからな」
アズはルッケルが心配なため、アーカスに詰め寄るが、アーカスは無理と斬り捨てると馬車のなかに乗り込み、アズも彼に続く。
「無理なんですか?」
「まぁ、昨日の酔い覚ましは利いたし、問題ないだろ」
ノエルは馬車に乗らなければいけない事に大きく肩を落とし、ジークは苦笑いを浮かべると馬車のなかに乗り込み、ノエルに手を伸ばす。
「はい」
「……ノエルにはずいぶんと優しいわよね」
ノエルはジークの手を握り、馬車のなかに乗り込み、フィーナはジークは自分には手を差し出さない事が不満のようでその不満を隠す事なく言う。
「フィーナ、早く乗れよ。時間がないんだ」
「わかってるわよ」
しかし、ジークからは手が伸ばされる事はなく、全員が乗った事を確認した従者はルッケルに向けて馬車を走らせる。
「それで、実験は上手く行った?」
「……今更だな」
走る馬車のなかでフィーナは魔力の結晶化に成功したかを聞き、アーカスは眉間にしわを寄せた。
「成功したと言うか、昨日の夜に俺、話さなかったか?」
「はい。白い結晶体ができたって」
「……記憶にないわ」
ジークはアーカスの研究室から出た時に話していたようだが、フィーナはまったく話を聞いていなかったようである。
「実験は成功した。まぁ、これがルッケルで使えるかはわからんがな」
「魔力と毒ガスはかってが違うでしょうしね」
「あ、あの。失礼ですが、何をするつもりなんですか?」
アズは目の前で繰り広げられている話しが理解できておらず、遠慮気味に手を上げた。
「……アズさん、完全に寝入ってたからな」
「そ、そうですね」
「説明しますね」
ジークとノエルは昨夜のアズの様子に苦笑いを浮かべるとアーカスに1度、視線を向ける。しかし、アーカスは遅くまで研究をしていたようで目を閉じて小さな寝息を立てている。ジークはアーカスを起こして冷たい一言を頂くよりは自分で説明する事を選び、ジークはアズに魔導機器で毒ガスを結晶化できないか試す事を説明する。
「そんな事が出来るんでしょうか?」
「試す価値があると思うから、試すんです。それでダメだったら、調査団を待つしかありませんね。アーカスさんは毒ガスには興味無さそうですし」
「……そうね」
アズは当然の疑問を持つ。ジークはそれがわかった上での行動だと答えた後、問題はアーカスのやる気のため、馬車の中は微妙な空気が流れた。
「だ、大丈夫ですよ。やる気がなかったら、ルッケルに来てくれないでしょうし」
「……そうだと良いな」
ノエルは問題ないはずだとジークに言う。ジークは希望的なものにすがるように頷く。
「だけど、馬車ってヒマよね。昨日は寝れたけど、ゆっくり休んだから、眠くないし」
「そうですね。久しぶりにゆっくりできました」
「申し訳ありません」
フィーナは馬車のなかにある微妙な空気を払おうと話を変えるが、その選択は間違いであり、アズの空気までが重くなる。
「まぁ、アズさんも責任感からきているわけですし、気にしなくて良いですよ。誰かケガしたわけでもないですし」
「そ、そうです。アズさんが頑張っているから、皆さんもルッケルを守ろうとしているんです」
ジークは気にする必要はないと言い、ノエルはアズを励ます。
「……何か、最初にあった時のかっこいいイメージが崩れてるわね」
「無理はしてるんだろ。1人でルッケルの人間の命とか生活とかを守ってるんだからな。少なくても、私利私欲のために動いてないってのがわかるんだ。その分、協力してくれる人間も増えるんだろ」
フィーナは落ち込んでいるアズの姿に、イメージが崩れてきたと眉間にしわを寄せ、ジークは苦笑いを浮かべた。
「それで、ジーク、今更何だけど、魔導機器で毒ガスを結晶化できるとしても、それをどうやって持って行く気? 毒ガスの中、鉱山を突っ切るわけにもいかないでしょ?」
「あぁ。その辺は……アーカスさんが考えていてくれてるだろ」
「何も考えてないのね」
フィーナはジークに鉱山の中を歩く方法を聞くが、ジークは何も考えていなかったようで彼女から視線を逸らす。
「ほら、そこら辺は魔法でどうにかしてくれるんじゃないか?」
「そうね。便利よね……覚える気ないけど」
「いや、そこは努力しろよ。ギドも適正はあるんじゃないかって言ってただろ」
フィーナは魔法は性に合わないのか覚える気はないと言い切り、ジークは大きく肩を落とした。
「ジークだって言われてたでしょ。それも精霊達の協力まで貰えるんだから、そっちが覚えなさいよ」
「いや、ノエルもいるし、精霊魔法はいらないだろ。回復魔法とかを考えると神聖魔法は欲しいけどな……ぶっちゃけ、俺は神より金を信じる。そんな俺に神の声が聞こえるわけはない」
「……それを言い切るのはどうなのよ?」
ジークはノエルに人前で神聖魔法を使わせるわけにはいかない事ため、神聖魔法に興味をはあるようだが、商人である彼には信仰より、現金が優先であり、清々しいくらいの笑顔で言い切った。フィーナはそんな彼の表情に眉間にしわを寄せた。
「それに……」
「……まぁ、関わり合いたくないわね」
ジークとフィーナは神聖魔法を諦めた上で他の魔法の事を考えるが、1つ、あまり考えたくない事が浮かんだようで2人とも首を大きく横に振り、頭に浮かんだ物を振り払う。