第10話 終わらない
冬。
空気が澄んでいた。
小畑辰巳は四十八歳になっていた。
あの日から十二年。
広岡翔平が亡くなってから十二年。
干支が一周した。
会社も変わった。
人も変わった。
制度も変わった。
飲み会も変わった。
だが、完全に消えたものは一つもない。
人は変わる。
しかし過去は残る。
それが現実だった。
朝。
小畑は出勤前にコンビニへ寄る。
レジには若い店員が立っている。
二十歳くらいだろうか。
広岡翔平が亡くなった時、小学生だった世代だ。
世代が変わった。
その事実を実感する。
会社へ着く。
今日は年内最後の勤務日だった。
大掃除。
納会。
昔なら酒が並んでいた。
今は違う。
コーヒー。
お茶。
ジュース。
アルコールは希望者だけ。
飲まない人がいても誰も何も言わない。
それが普通になった。
若手社員たちは、それを当たり前だと思っている。
なぜそうなったのかを知らないまま。
昼過ぎ。
一人の若手社員が話しかけてくる。
「あの研修、覚えてます」
以前、小畑の話を聞いていた社員だった。
「実はあの後、飲み会で断ったんです」
少し照れながら笑う。
「前なら無理だったと思います」
小畑は何も言えない。
若手は続ける。
「でも普通に断れました」
「誰も怒らなかったです」
当たり前の話。
本来は当たり前の話。
だが昔は違った。
若手社員は頭を下げる。
「ありがとうございました」
それだけ言って去っていく。
小畑はその背中を見送る。
十二年前。
広岡翔平も断っていた。
何度も。
何度も。
それでも止まらなかった。
その記憶は消えない。
夕方。
仕事納め。
社員たちが帰っていく。
賑やかな声。
笑い声。
若い世代。
新しい時代。
その中に田中平蔵の姿がある。
田中ももう四十一歳だった。
近づいてくる。
「終わりましたね」
何が、とは言わない。
一年か。
仕事か。
もっと別の何かか。
小畑は少し笑う。
「終わってないだろ」
田中も笑う。
「まあ、そうっすね」
沈黙。
田中は窓の外を見る。
「俺、最近思うんす」
「何を」
「終わらないって悪いことじゃないのかも」
小畑は黙る。
田中は続ける。
「昔は忘れたかった」
「消したかった」
「でも無理だった」
少し間。
「だったら持って生きるしかないんすよね」
その言葉に、小畑は静かに頷く。
夜。
帰宅。
机の引き出しを開く。
あの手紙がある。
十二年。
送られなかった手紙。
小畑はそれを取り出す。
そして静かに封筒を開く。
古い文字。
若い自分。
後悔。
恐怖。
謝罪。
すべてがそこにある。
だが以前とは違う。
今はもう、その手紙を見ても潰れそうにはならない。
苦しい。
だが読める。
受け止められる。
時間とはそういうものなのかもしれない。
時計を見る。
日付が変わる。
新しい年になる。
新しい一年。
だが何もリセットされない。
人生にリセットボタンはない。
続くだけだ。
良いことも。
悪いことも。
後悔も。
記憶も。
すべて抱えたまま。
窓の外では雪が降り始めていた。
小畑は静かに空を見る。
そして思う。
広岡翔平は二十六歳のまま。
広岡直美は生きている。
田中も生きている。
白石も生きている。
自分も生きている。
それぞれ違う場所で。
違う時間を歩きながら。
あの日の続きを生きている。
終わった物語ではない。
終われる物語でもない。
だから題名の通りなのだ。
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『酔いの連鎖』
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酒は人を酔わせる。
空気も人を酔わせる。
集団も人を酔わせる。
思い込みも人を酔わせる。
そして一度起きた出来事は、
その後の人生にも連鎖していく。
良い意味でも。
悪い意味でも。
だから忘れてはいけない。
飲める人も。
飲めない人も。
勧める人も。
断る人も。
誰もが知っておかなければならない。
「一杯だけ」が命を奪うことがあることを。
そして――
人を失った後悔は、
何十年経っても終わらないことを。
― 完 ―




