第7話 誰のための言葉か
法廷は、言葉の重さを測る場所ではなくなっていた。
それは、どの言葉が「採用されるか」を決める場所になっている。
検察官が立ち上がる。
「証人尋問に入ります」
まず呼ばれたのは田中平蔵だった。
証言台に立つと、空気が一段階冷たくなる。
裁判長が言う。
「真実のみを述べてください」
田中は一度息を吸う。
「はい」
検察官が問う。
「当日の飲み会で、被害者が飲酒を拒否していたことは認識していましたか」
田中は少し間を置く。
「……してました」
空気が揺れる。
弁護士は表情を変えない。
検察官は続ける。
「では、なぜ止めなかったのですか」
田中の喉が動く。
「止めるタイミングが分かんなかったです」
検察官は即座に返す。
「分からなかった、ではなく、止めなかった、では?」
田中は一瞬黙る。
「……止めなかったです」
その言葉が記録される。
検察官はさらに問う。
「あなたは、被害者の状態を異常だと感じましたか」
田中は視線を落とす。
「途中からは、思いました」
「それでも続けましたか」
「……はい」
その一言で空気が固まる。
白石がわずかに顔を伏せる。
小畑は目を閉じる。
市村は手を握りしめる。
検察官は淡々と進める。
「あなたは、なぜ止めなかったのですか」
田中は苦笑するように息を吐く。
「場が止まるのが嫌だったんだと思います」
検察官は聞き返さない。
そのまま記録する。
弁護士が立ち上がる。
「当時の文化的背景を考慮すべきです」
検察官は返す。
「文化は責任を免除しません」
そのやり取りは、もう議論ではなかった。
“どこまで責任を置くか”の調整だった。
田中が証言台を降りるとき、小畑と目が合う。
田中は一瞬だけ笑いかけようとして、やめる。
代わりに小さく言う。
「……すいません」
何に対しての謝罪かは、誰にも分からない。
次に呼ばれたのは市村敏弘だった。
市村は最初から声が小さい。
「盛り上げようとしてたのは事実です」
その一言で検察官はすぐ反応する。
「盛り上げることと、強要は違います」
市村は頷く。
「でも、止まらなかったです」
その言葉がそのまま記録される。
検察官は続ける。
「被害者の異変には気づいていましたか」
市村は沈黙する。
長い沈黙。
「……気づいてました」
弁護士がわずかに目を伏せる。
検察官は追う。
「それでも継続しましたか」
「……はい」
その瞬間、法廷の空気が完全に変わる。
“気づいていたのに止めなかった”。
それが一つの核として固まっていく。
市村は証言台を降りるとき、小畑を見ない。
見られない。
最後に白石夏美が呼ばれる。
彼女は一番長く立っているのが辛そうだった。
検察官が問う。
「あなたは被害者の拒否を認識していましたか」
白石は答える。
「はい」
「なぜ止めなかったのですか」
白石は少し震える。
「怖かったです」
「何が?」
「空気を壊すことが」
検察官は淡々と返す。
「それは自己保身ですか」
白石は一瞬言葉を失う。
やがて小さく言う。
「……そうかもしれません」
その言葉が落ちた瞬間、直美がわずかに目を閉じる。
検察官は続ける。
「被害者が孤立していたことは認識していましたか」
白石は頷く。
「はい」
「それでも助けませんでしたか」
白石は唇を噛む。
「……助けられなかったです」
検察官は静かに言う。
「それを“助けなかった”と表現します」
白石の肩がわずかに震える。
証言台を降りるとき、白石は一度だけ小畑を見る。
その目は怒りではない。
責めでもない。
ただ、「戻れない場所を一緒に見てしまった人間の目」だった。
裁判長が告げる。
「本日の証人尋問は終了します」
木槌が鳴る。
その音で、証言は終わる。
しかし小畑は気づく。
終わったのは証言だけだ。
誰のための言葉だったのか。
それはまだ、誰にも分かっていなかった。




