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第12巻:如月令嬢は『追憶の拍動を止めない』  作者: アリス・リゼル


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第1話『檻室の不協和音』 ~section2:湯煙と、確定する異常~

 旧校舎の図書室から、完全に太陽の光が失われた。

 ひび割れた窓ガラスの向こう側は、新市街の極彩色のネオンと巨大なデジタル広告が放つ暴力的なまでの光の海に沈んでいるというのに、この部屋だけは深海のように暗く、そして冷え切っていた。マホガニーのテーブルに置かれたアンティークランプのオレンジ色の光だけが、部屋の中央にぽつりと浮かび上がり、その周囲に濃密な影の結界を作り出している。


 如月瑠璃は、ランプの光の輪の中に鎮座する古びたメトロノームを見据えたまま、アンティーク調の椅子に深く腰掛けていた。

 純白の手袋に包まれた手の中には、彼女自身のスマートフォンが握られている。画面は暗転したままだ。


 時刻は、如月学園の完全閉門時間をすでに十分ほど超過している。


「……遅い」


 瑠璃の薄い唇から、感情の温度を一切感じさせない平坦な声が漏れた。

 彼女は画面をタップし、メッセージアプリを開く。数十分前に送信した『現在位置を報告せよ』という簡潔な命令は、未だに「既読」の文字すらついていない。通話履歴には、三度の発信記録が残されているが、そのすべてが味気ない合成音声による「電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため」という圏外アナウンスに弾き返されていた。


 瑠璃は、自身の思考回路に浮かび上がったいくつかの仮説を、冷徹な論理の刃で次々と切り捨てていく。


 サクタロウが、ただの気まぐれで寄り道をしている可能性。

 ――限りなくゼロに近い。あの愚鈍な助手は、地下アイドルのゲリラライブや新型ガジェットのジャンク品といった俗物的な情報に目を奪われがちな凡人である。しかし、彼には奇妙なほどの責任感と、何より瑠璃という圧倒的な存在に対する根源的な畏怖がある。主から命じられた『和盆堂への買い出し』という明確なタスクを放り出して、勝手に遊び歩くような図太い神経は持ち合わせていない。


 ならば、何らかの理由でスマートフォンが故障した、あるいはバッテリーが切れた可能性。

 ――これも棄却される。サクタロウは重度のガジェットオタクであり、常に大容量のモバイルバッテリーを持ち歩き、端末の充電残量には神経質なほどの執着を見せている。バッテリー切れなどあり得ない。さらに、月見坂市の新市街は、地下鉄の深部であろうと高度な通信インフラが網羅されており、圏外になる場所は意図的にネットワークから切り離された特異点か、完全な電波遮断空間に限られる。


「単なる遅刻でも、機械の不具合でもない、か」


 瑠璃はスマートフォンをテーブルの上にコトリと置き、美しい装飾が施された懐中時計の蓋を開いた。

 チッ、チッ、チッ。

 精巧な歯車が刻む無機質な秒針の音が、図書室の静寂に吸い込まれていく。

 サクタロウがなぜ帰ってこないのか。事故か、迷子か、あるいは何らかの物理的な足止めを食らっているのか。ただ、盤面上の駒が一つ、予定された軌道から外れたという明確な『異常事態』が発生していることだけは確かだった。


 やがて、遠くから警備員が校舎の見回りを開始する重い足音が聞こえてきた。

 これ以上この空間に留まることは、物理的な時間の浪費でしかない。瑠璃は優雅な所作で立ち上がり、テーブルの上のメトロノームを、衝撃を与えないよう極めて慎重に自身の革製の鞄に収めた。

 銀のルーペをしまい、ランプの灯りを落とす。


 完全な暗闇に包まれた図書室を背に、瑠璃は旧校舎の廊下を歩き出した。

 正門のロータリーでは、すでに漆黒のリムジンがエンジン音すら立てずに待機しているはずだ。彼女の専属ボディーガードである黒田が、後部座席のドアを開けて主の帰還を待っている。

 瑠璃のアメジストの瞳には、一切の焦燥はない。ただ、見えないバグが引き起こした方程式のエラーを解き明かすための、氷のように冷たく鋭い知的好奇心だけが、その奥底で静かに明滅していた。


**


 新市街の小高い丘に広大な敷地を構える如月コンツェルン本家の邸宅は、今夜も目に見えない電子の防壁と、無数のセンサーネットワークによって完璧な静寂と安全を保っていた。


 瑠璃は自室に戻ると、鞄からメトロノームを取り出してデスクの定位置に安置し、着替えを手にして邸宅内にある共有の巨大なバスルームへと向かった。

 いかに彼女の頭脳が人間離れした演算能力を持っていようとも、彼女の肉体は十六歳の少女のものである。極度の緊張と長時間の思考によって蓄積された疲労を取り除き、さらに深い意識の海へと潜るためには、血流を促し、神経を弛緩させる物理的な儀式が必要だった。


 如月家の家族が共有で使用するその大理石のバスルームは、高級ホテルのスイートルームすら凌駕する広さを誇っていた。すでに適切な温度に調整された湯気によって、空間全体が柔らかく白濁している。微かに香るのは、最高級のダマスクローズから抽出されたエッセンシャルオイルの甘く官能的な匂いだ。


 瑠璃は脱衣所で指定の制服のブレザーを脱ぎ、ブラウスのボタンを一番上から一つずつ、丁寧に外していく。

 衣服という社会的な拘束から解放されていくにつれて、曇りガラスの向こう側にある大きな鏡に、彼女の白磁のように滑らかで、一切の無駄を持たない完璧な裸身が映し出された。


 身長一四七センチメートルという小柄な体躯。細くしなやかな四肢に、引き締まったウエストの曲線。そして、その華奢な肋骨の上には、小ぶりで形の良い、未成熟な少女特有の慎ましやかな双丘がちょこんと乗っている。豊満さとは無縁だが、それゆえに彼女の全身は、一切の傷もシミもない極上のビスクドールのように、冷たい照明の光を弾いて仄かな艶を放っていた。


 彼女は漆黒のロングストレートヘアを無造作に束ねて後頭部でピンで留めると、一糸まとわぬ姿で、広大なバスタブへと足を踏み入れた。


 ちゃぷり、と。


 静かな水音が、大理石の壁に反響する。

 瑠璃はゆっくりと膝を折り、首の高さまで熱い湯の中に身を沈めた。


「……ふぅ」


 小さく、本当に小さな吐息が、桜色の唇から漏れ、湯気の中に溶けて消えた。


 適度に熱を持った湯が、彼女の冷え切った肌に絡みつき、全身の毛穴をゆっくりと開いていく。白磁のようだった肌が、血流の巡りによって徐々に内側から上気し、艶やかな薄紅色の染まりを見せ始める。

 それは、普段の冷徹で傲岸不遜な『如月瑠璃』という仮面が剥がれ落ち、十六歳の少女が持つ無防備で生々しい生命力が露わになる瞬間だった。


 瑠璃はバスタブの縁に後頭部を預け、目を閉じた。

 束ねた髪の隙間から零れ落ちた数筋の黒髪が、汗と湯気に濡れて、細く美しい首筋に艶かしく張り付いている。

 深い呼吸をするたびに、湯の表面からわずかに顔を出している彼女の胸元が、ゆっくりと上下に波打つ。水面すれすれにある鎖骨のくぼみには、薔薇の香りを孕んだ湯が溜まり、やがて溢れ出しては、滑らかな肌を伝って滴り落ちていく。

 熱を帯びた肌には無数の細かな水滴が付着し、浴室の柔らかな間接照明を乱反射して、まるで全身に極小のダイヤモンドを散りばめたかのように妖しくきらめいていた。


 彼女の肉体は、熱と香りに包まれて完全な弛緩状態にあった。

 しかし、その美しく官能性を放つ肉体とは裏腹に、閉ざされた瞼の奥にある彼女の頭脳は、氷のように冷たく、そして猛烈なスピードで論理のパズルを組み立て続けていた。


 現在、盤面上に存在する特異な事象は三つ。


 一つ目は、『ファントムの介入』。

 冷徹な論理と概念的洞察力を持つ、純白の奇術師。母である菫、姉の翡翠、そして瑠璃という如月家の女たちを相手取り、かつて知恵比べを挑んできたあの怪物は、瑠璃が自分に勝てば皐月優奈の死の真実という対価を与えると約束した。今回のメトロノームは、瑠璃の鑑定眼が一つ上の段階へ至ったことに対する褒美であり、真実への第一歩として提示されたものだ。


 二つ目は、『優奈の遺物』。

 七年間、不知火湖の畔で誰にも発見されることなく眠っていたメトロノーム。瑠璃の『情動の視座』が読み取ったのは、優奈がパニックを起こして溺死したのではなく、死の直前まで高い幸福感に包まれていたという、生存本能が欠落した絶対的な矛盾。


 そして三つ目は、『助手の未帰還』。

 和盆堂へ向かったはずのサクタロウが、通信手段を絶たれ、理由もわからず消息を絶っている現状。


 瑠璃は、湯の表面を指先でなぞりながら、この三つのピースの繋がりを検証する。

 ファントムが、ゲームを優位に進めるためにサクタロウを足止めしているのだろうか。


「否。あり得ぬ」


 瑠璃は薄く目を開け、薔薇色の湯煙が立ち込める天井を見つめた。

 ファントムは、人間の行動心理を掌握し、都市インフラを完璧に計算して奇術を成し遂げる天才である。しかし、彼は自らの手を汚すような直接的な干渉を嫌う。純粋な知恵比べを楽しむ彼にとって、無関係な第三者であるサクタロウの物理的な移動を強制的に妨害するような真似は、彼の持つ美学から最も遠い行為だ。


 ならば、サクタロウの足止めをしているのは何者か。あるいは何が原因なのか。

 ファントムの提示した謎とは全く無関係の、独立した事象なのだろうか。


 自身の過去の鑑定録を振り返り、誰かの恨みを買っている可能性を探るという選択肢は、瑠璃の脳内には最初から存在しなかった。

 彼女の目的は常に『ありえない場所に落ちているモノのルーツを解き明かすこと』のみである。その論理の終着点において、結果として誰かが救われようが、逆に誰かの隠された罪が暴かれて地獄へ落ちようが、それはあくまでルーツ解明の『副産物』に過ぎない。

 瑠璃は、自分が暴いた相手の顔も名前も、それがどのような情動を伴っていたかも、一切記憶に留めてはいなかった。他者の感情に共感しない彼女にとって、それらは記憶領域を圧迫する不要なノイズでしかないからだ。

 ゆえに、彼女の脳内には『動機を持つ可能性のある人間のリスト』などというものは存在しない。


 誰の恨みか、などという人間臭い推論はノイズだ。

 重要なのは、サクタロウが今、どこで、どのような物理的要因によって帰還を阻まれているのかという『事実』だけである。


 コン、コン。


 静かなバスルームのドアを、控えめにノックする音が響いた。

 瑠璃は思考の海から引き戻され、視線をすりガラスのドアへ向ける。


「瑠璃、ちょっといい?」


 ドアの向こうから聞こえてきたのは、優しく、しかしどこか芯の強さを感じさせる落ち着いた女性の声だった。

 姉の、如月翡翠だ。

 如月コンツェルンの経理と会計を一手に担う、数字という論理のスペシャリスト。普段は温厚な笑みを絶やしてサクタロウをからかっている彼女が、このような時間にわざわざ瑠璃が入浴中のバスルームまで足を運んでくること自体が、極めて異例であった。


「どうしたのじゃ、姉よ」


 瑠璃は湯船に浸かったまま、少しだけ上体を起こして答えた。

 ザァーッという水音とともに、彼女の小ぶりな胸元が湯から露わになり、張り詰めた桜色の肌の上を水滴が滑り落ちていく。


 ドア越しの翡翠は、一瞬の沈黙を置いた後、その言葉を落とした。


「光太郎くんが、まだ自宅に帰って来ていないそうなの」


 その言葉が、バスルームの湿った空気を一瞬にして凍らせた。

 瑠璃の心臓が、極めて冷静に、しかし力強く一度だけ大きく脈打った。


「……サクタロウの父親から連絡があったのか」


「ええ。つい先ほど、お父様の携帯に直接。光太郎くんは普段、どんなに遅くなっても必ず夕食前には帰宅するし、遅れる場合は連絡を入れる子だと定光さんは酷く心配していらしたわ。彼のスマートフォンにも繋がらないらしくて」


 翡翠の言葉が、瑠璃の脳内にあった『異常事態』という仮説を、揺るぎない『事件の確定』へと昇華させた。

 サクタロウは、単に買い出しに手間取っているわけでも、連絡が取れないわけでもない。彼自身の生活基盤である旧市街の団地にも戻っていないのだ。

 完全な、未帰還。

 そして、あの過保護なほど息子を気にかける父親の定光(さだみつ)が、わざわざ如月家に直接連絡を入れてきたということは、彼が最後に残した足跡が『如月瑠璃の元にいる』という情報だったからに他ならない。


「わかった。すぐに出る」


 瑠璃は短く答えると、バスタブの縁に手をつき、一気に立ち上がった。

 ザバーッ!という派手な水音とともに、彼女の全身から幾千もの水滴が重力に従って滝のように流れ落ちる。

 熱い湯気によって上気し、官能的なまでに艶めかしく紅潮した十六歳の裸身。しかし、そのアメジストの瞳には、先ほどまでの弛緩した色は微塵も残っていなかった。

 未確認のバグが盤面を侵食しているという事実に対する、氷のように冷たい観察者の眼差しがそこにはあった。


 瑠璃は大きなバスタオルを手に取り、濡れた肌に無造作に押し当てて水気を拭き取った。

 素早い動作でバスルームを出て、脱衣所へと向かう。

 時刻はすでに夜だ。これから外へ出て闇雲に彼を探し回るのは、警察や黒田たちプロフェッショナルの仕事であり、瑠璃の役割ではない。彼女の戦場は、常に情報の集積と論理の構築の中にある。


 瑠璃は、あらかじめ用意してあった最高級のシルクで仕立てられたナイトウェアに袖を通した。

 深いアメジスト色の、彼女の瞳の色と合わせたネグリジェ。胸元や裾には繊細な黒のフランスレースがあしらわれ、彼女の白磁のような肌とのコントラストを美しく際立たせている。就寝用というよりも、中世の貴族が夜の謁見で用いるような、極めてエレガントで洗練された装いだ。

 濡れたままの黒髪がシルクの生地に冷たい染みを作っていくが、彼女は気にする素振りも見せず、足早に自室へと向かった。


 自室の重厚な扉を開けると、翡翠が静かな佇まいで待っていた。

 翡翠はポニーテールにまとめた漆黒の髪を揺らし、瑠璃と同じような細身で長身な体を少しだけ強張らせている。その翡翠色の瞳には、隠しきれない懸念の色が浮かんでいた。


「瑠璃。今日、光太郎くんと何があったの。彼が最後にあなたと一緒にいたのは間違いないのね?」


 翡翠の問いかけに対し、瑠璃は自身のデスクの椅子に静かに腰を下ろした。

 そして、デスクの中央に安置してあったあの古びたメトロノームへ視線を向けた。


「……すべて、話す。今日わしに送られてきたこの遺物のことも、純白の奇術師のことも、そしてサクタロウに命じたおつかいのことも」


 瑠璃は、感情の起伏を完全に排した、冷徹で客観的な報告者の声で語り始めた。

 朝、差出人不明で届いた荷物が、九年前に亡くなった皐月優奈のメトロノームであったこと。

 そこに隠された、生存本能の欠落という情動の矛盾。

 かつて母や姉と共に知恵比べをしたあの『ファントム』からの、真実への招待状であること。

 そして、図書室で静寂を保つために、サクタロウに『駅前の和盆堂へ茶菓子を買いに行け』と命じ、彼を一人で新市街へと送り出してしまった事実。


 瑠璃の話を聞き終えた翡翠は、細い指先を顎に当て、その優秀な経理の頭脳で情報を高速で整理し始めた。


「ファントム……あの幻影が優奈ちゃんの遺物を送り付けてきたタイミングと、光太郎くんの失踪。普通に考えれば、そのファントムが彼を足止めしていると考えるのが自然ね。あなたを精神的に揺さぶるための、あるいは次のゲームの盤面を整えるために」


「否。その線はないと、わしは断言する」


 瑠璃は即座に姉の推論を否定した。


「ファントムは、そのような泥臭い手を使わない。あれは自身の論理の完璧さを誇示することにしか興味のない怪物じゃ。直接的な腕力や物理的拘束で他者の移動を妨害するような真似はしない。サクタロウが帰ってこないのは、ファントムとは別の……もっと不規則で、無秩序な事象に巻き込まれた結果じゃ」


「別の要因……」


 翡翠の顔に、より深い戸惑いが広がった。


「でも瑠璃。だとしたら、あまりにも情報が少なすぎるわ。新市街は監視カメラ網が張り巡らされているけれど、和盆堂のあるあの旧区画は、入り組んでいて死角が多い。警察に捜索願いを出してカメラの映像を洗ってもらうにしても、彼がどのルートを通って、どこで途絶えたのか、現時点では物理的な手がかりが何一つないのよ」


 数字と確たるデータがなければ、計算を成立させることができない。それが翡翠という天才の限界だった。

 瑠璃もまた、その事実は痛いほどに理解していた。

 現場の痕跡がなければ、彼女の物理的観察眼は発動しない。彼が姿を消した正確な場所や原因が特定できなければ、推論をスタートさせるための起点が存在しないのだ。


「……わかっておる」


 瑠璃は目を伏せ、デスクの上に置かれた自身の両手を見た。

 純白の手袋は外され、滑らかな素肌が露わになっている。

 この手で、サクタロウに和盆堂へ行くように命じた。もしあの時、彼を部屋から追い出さなければ、彼は今頃、あの旧市街の団地で下らないアイドル動画を見て笑っていたはずなのだ。


 罪悪感ではない。他者の感情に共感しない瑠璃に、そのような感傷的な情動は湧かない。

 ただ、自身の采配によって手駒が盤外へ弾き出されたという、司令塔としての圧倒的な『計算ミス』が、彼女の誇り高い精神に静かな波紋を広げていた。


「しかし、事象には必ずルーツがある」


 瑠璃はゆっくりと顔を上げ、アメジストの瞳を鋭く光らせた。


「サクタロウが自発的に消えたのであれ、何らかのトラブルに巻き込まれたのであれ、必ずどこかに痕跡は残る。それがわしの元へ届いた時、そのルーツを根こそぎ暴き出してやるのじゃ」


 瑠璃は冷たく言い放ち、再びメトロノームを見据えた。

 サクタロウは、ただの凡人だ。だが、彼はこれまで、間近でずっと瑠璃の論理的な思考プロセスを見続けてきた『助手』でもある。

 彼が今、どこで何をしているのかはわからない。しかし、この謎を解き明かすためのパズルのピースは、すでに空中に放り投げられているのだ。


 シルクのナイトウェアに包まれた小さな体から、強烈なまでの知の波動が放たれた。

 夜の帳に包まれた如月邸の密室で、天才令嬢による見えない事象への静かなる観察が、幕を開けた。



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