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狭間の少女  作者: 柏木椎菜


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7/13

七話

 歩き続けた先で、私達はようやく町にたどり着いた。町がどんなところか、小さい頃に両親から聞いたことはあって、にぎやかで楽しいところなんだと想像はしてたけど、こうして初めて来て、目の当たりにした町は、私の想像以上にうるさくて、人の多い場所なんだと知った。狭い道にはすれ違うたくさんの人、それを避けながら走り抜けて行く荷馬車や荷車、そしてあちこちから聞こえてくる笑い声やら怒号やら……集落で感じてたうるささが、まるで川のせせらぎみたいに思えてくる。

「エリス、ここにいる人達は、皆どこへ向かってるの?」

 肩に乗るエリスに聞くと、そのつぶらな目がこちらに向いた。

 ――おそらくですが、買い物や仕事へ行く人が大半でしょう。

「お祭りとか神事をやってるわけじゃないのよね」

 ――ここが集落ならば、そう思える人ごみですね。

「エリスももしかして、町は初めて?」

 ――遠くから眺めたことはありますが、こうして間近に来たのは初めてです。

 自分と同じだと知って、私は少し嬉しくなった。

「じゃあ、いろんなところを見て回ってみる? 楽しいものが見つかるかも」

 ――それもいいですが、ここに来た目的は忘れないように。

 町での目的――それは、お母さんを捜すこと……。

「もちろん忘れないわ。だけど、ちょっとぐらい見て回ってもいいでしょう?」

 ――そうですね。初めてですし。でも道に迷わないよう気を付けてくださいよ。

「うん、気を付けるわ。……ふふっ、町ってどんなものがあるんだろう」

 私は人ごみを縫いながら、何か物珍しいものはないかと周囲を眺めつつ道を進んだ。

 この町の建物は大半がレンガ造りで、赤茶色の壁が並ぶ景色は整然として綺麗だ。その中に点々とある商店をのぞくと、集落では見たことのない形のパンや、見たことのない色の野菜に果物、さらに見たことのない量の生肉が軒先に並べられてた。それらをお客さん達は品定めや交渉したりして次々に買って行く。すごいな。人の数もだけど、商品の数もものすごい。集落じゃパンなんて一種類しかなかったのに。あの渦を巻いたような形のパンはどんな味なんだろう。一口食べてみたいけど……お金を持ってない私じゃ無理なことだ。残念だけど我慢するしかない。

 売られてる物も興味深いけど、やって来るお客さん達も、集落じゃまず見ないような人達ばかりで興味を引かれた。フリルの付いたドレスの女性、光沢のある外套を着た男性、羽飾りとリボンの巻き付いた帽子を被った若いカップル……皆、服装が綺麗だ。泥が付いた服を着てる人なんてほとんど見かけない。集落だと大体の人は、服のどこかしらを汚してるものだったけど。町の人は綺麗好きが多いのかな。

 ブラブラと歩きながら道の角に差しかかった時、私はある物に目が留まった。焼き菓子店のこんがり焼けたケーキじゃなく、それを買おうと立ち止まってた女性が背負ってる大きな剣だ。別に剣は集落にもあったし、珍しいものでもないけど、見たことがあるのは全部小ぶりなものだ。でも女性が背負ってるのは、私が両腕を広げた長さ以上の大きさがあった。こんなの、振り回したらどこかにぶつかりそうだし、何しろ重そうだ。筋肉ムキムキの男性なら大丈夫かもしれないけど、女性でもこんな剣を振り回せるものなのか、余計な心配をしてしまう。

 ――アストリッド、どうかしましたか?

 じっと立ち止まる私が気になったのか、エリスが聞いてきた。

「え、あ、何でもないんだけど……」

 と言いつつ、私はこんな剣を持つ人がどんな人なのかと、女性の顔が見える位置まで移動しようとした。でもその時、私は女性の背後に近付いて来る人影に気付いて足を止めた。他の人達と比べると、何だか薄汚い格好をした痩せた男性だった。店のケーキを見る素振りはしてるけど、視線はちらちらと女性の腰辺りも見てる。……まさか痴漢? 明らかに怪しい動きだ。私は男性の行動をしばらく監視した。

「ありがとうございました! ……そちらのお客さん、欲しい物は決まったかい?」

 店主が商品を見てた女性に声をかけた。

「全部美味しそうだから迷うわね……よし決めた。これと、これ、あとそっちの――」

 女性が並ぶ商品を指差しながら選んでる時だった。男性は気が変わったかのような表情で店から離れようと、女性の後ろをすれ違った。その瞬間、わずかに男性の手が動いて女性に触れたように見えた――やっぱり痴漢だ! と思ったら、次に見た男性の手には何か袋らしきものが握られてて、それはすぐに服の下に隠された。何だろう、あれ。

 ――スリのようですね。

 エリスが冷静な声で教えてくれた。

「スリって?」

 ――他人の金品をこっそり盗む泥棒のことです。人の多い場所ではよくいるようですね。

「あの人、泥棒したの? でも何を盗んで――」

「あれ? お金が……」

 すると店から女性の困ったような声が聞こえてきた。

「どうしました?」

 店主が心配そうに聞く。

「ベルトにくくり付けてたんだけど――」

 女性は自分の腰周りを探ってたけど、ふと閃いたように背後へ振り向いた。その目線の先には、スリをした男性が何食わぬ顔で歩いてる――このまま逃がしたら、お金が取り戻せなくなっちゃう!

「あの人です! あの男の人が、あなたのお金を盗んでました!」

 私は咄嗟に大声で教えた。すると男性がおもむろに女性のほうへ顔を向けた。その目が女性の睨む目とかち合う。その直後、確信した女性が怒りの形相で走り出した。

「お前か……!」

 ばれた男性は慌てて逃げ出した。その背を猛然と追う女性――私もその二人の後を追いかけて駆け出した。

 ――アストリッド、なぜあなたまで走っているのですか?

「だって、ちゃんとお金を取り戻せたか、見届けないと」

 ――そうですか。でも道に迷わないようにしてくださいね。

 エリスに注意されつつ、私は女性を見失わないよう懸命に走り続けた。

 二人は道の角を曲がって、人通りの多い道から、小さな建物が密集した狭い道に入って行く。商店とかは見当たらないから、多分民家なんだろうけど、でも何だか雰囲気が暗い気がする。時々壁が崩れた建物なんかもあるし、人の姿も全然見えなくて静かだ。さっきまでいた場所と同じ町だとは思えないぐらいだ。

 ――あまり、よくない場所に来たようですね。

 エリスがポツリと言う。どういうことか聞こうとしたけど、前の二人を追うのに今は精一杯だったから聞き流すしかなかった。

 そのうち、二人は扉の壊れた建物の中へ駆け込んで行った。そこは壁も屋根も穴だらけの、見るからに人の住んでない廃墟だった。その薄気味悪さに一瞬入るのをためらいそうになったけど、それよりも女性のことが気になる私は、意を決して中へ飛び込んで行った。

「まったく……しつけぇんだよ!」

 入るなり男性の声がして、私は側の壁に身を隠した。顔だけをのぞかせて奥を見ると、崩れた壁の瓦礫や残されて錆びた鍋なんかが散乱する薄暗い部屋に、泥棒の男性と女性が向き合って立ってた。

「早く私のお金を返して。もう逃げられないわよ」

 怒りのこもった声で女性は迫る。

「逃げられない? よく見ろ。どこもかしこもボロボロで抜け穴だらけだ。簡単に逃げられるよ」

 男性は身振り手振りで余裕の笑みを浮かべながら言う。これに女性はさらに表情を険しくさせると、背負ってる剣の柄を握った。

「いいえ。逃げようとすれば、これがあなたに襲いかかるわよ」

 剣を抜く構えを見せる女性だけど、男性には焦りも恐怖も見えない。それどころか笑みを浮かべ続けてる。

「気の強ぇ女だな……そうか。そんなにそれを振り回したいんなら、もっと相手を増やしてやるよ」

 そう言うと男性は誰に言うでもなく、おーいと声を上げた。すると部屋の奥の穴からゾロゾロと人が現れる。三人……五人……十人……! なるほど。これが余裕を見せてた理由か。薄汚い格好からして全員、泥棒の仲間なんだろう。十一対一じゃ、いくら大きな剣を持ってても敵いそうにない。このままじゃ女性の身が危ない……。

「追い詰めたつもりが、追い詰められたのは私のほうだったってこと……」

「その通り。だから観念しな。持ってるもん全部置いてけ。そうすりゃ殺さないでやるよ」

「背中の剣なんか、結構高く売れそうじゃね?」

「武器を買い取ってくれるやつなら、俺知り合いにいるぞ」

 仲間達は女性の持ち物をもう手に入れたつもりで話し始めてる。簡単に逃げられない状況で一体どうするんだろうと見てると、女性は握った剣をゆっくり抜き始めた。

「……おい、てめぇ、まさかやる気――」

 泥棒の言葉をさえぎるように、女性は引き抜いた剣を男性へ突き付けた。

「女一人だからって、ナメないでよ」

 怒気のこもった睨みを受けて、男性は一瞬怯んだけど、またすぐに笑みを作った。

「この人数相手に、すげぇ自信だな……俺らを甘く見んなよ」

 男性が凄んでも、女性は少しも引かない。それどころかさらに敵意を向ける。

「スリ程度の悪党なんか、いくら束になったところで大した脅威にもならないわ。ほら、甘く見られたくなきゃ、そっちからかかって来なさいよ」

「なっ……てめぇ……」

 戦う気満々の言葉に泥棒達は苛立ちながらも、その自信ある態度に少し警戒し始めたのか、睨み付けるだけで誰も動こうとはしない。……すごいな。たった一人なのに。この女の人、本当に強いのかも。

「何やってんだよ、お前ら」

 しわがれた声と共に、廃墟の入り口から新たな男性が現れた。私は驚きつつ壁の陰で息をひそめ、男性に見つからないよう気配を消す。

「ボス!」

 そう呼ばれた体格のいい男性は、私の横を通り過ぎると、泥棒達のほうへ歩み寄る。

「用があるのに誰もいねぇから捜してみりゃ、女に剣で脅されてんのか? 情けねえ」

「い、いや、こいつ、金返せってしつこく追って来やがって……」

「それで逆に脅されたのか。ったく、どうしようもねえな」

「あなた、このスリ達をまとめてるボスなの?」

 女性は鋭い視線のまま聞く。

「だったらどうするよ」

 ボスの男性は半笑いで言う。

「じゃあ監督責任があるわよね。早く私のお金、返してちょうだい。嫌だって言うなら、あなたもまとめてこの剣で切り伏せる」

 見せるように女性が剣を構え直すと、ボスはそれをきょとんと見つめ、それから大声で笑い出した。

「ダァハッハッハッ!」

「……何がおかしいの」

「確かに、こんな強気で剣を向けられたら、怖いのもわかると思ってよ」

「そ、そうなんすよボス。こいつ、本気なのかはったりなのか、よくわかんなくて……」

「はったりだと思ってるの? それならあなたがまず、この剣を受けなさいよ。そうすればすぐに答えがわかるわ」

 女性が一歩前へ出ると、泥棒の男性は嫌がるように後ずさった。

「まあまあ、そうはやるな」

 ボスは手下の前に出て女性をなだめる仕草をする。

「あなたが私のお金を返してくれれば、この剣を使う必要もないんだけど」

「それはわかるがな、こっちは盗みを生業にしてる身なんだ。返せと言われても、ごめんなさい返しますってわけにはいかねえんだよ。悪党にも悪党なりに自尊心ってもんがあってな」

「それはさぞ、くだらなくて笑える自尊心なんでしょうね」

 女性の皮肉には耳を貸さずにボスは続ける。

「だからあんたの金は、今すぐ返すことはできねえ」

「……今すぐ? じゃあ明日になれば返してくれるの?」

「明日と言わず、早けりゃ数分後にも、な」

 女性は怪訝な表情になる。

「どういうことよ」

「ここは、剣士と悪党の一騎打ちと行こうじゃねえか」

「一対一で闘うの? 順番に?」

「いいや、こっちが出るのも一人だけだ。だからあんたはその一人に勝ちゃいい」

「つまり代表者との一騎打ちってことね。私が勝ったら当然……」

「盗んだ金は全部返してやるよ。だが、そっちが負けた場合は、持ってる物すべて貰うぞ」

 泥棒を追って来ただけなのに、何だかすごいことになったな。まさか剣で闘うことになるなんて……。

 女性はボスをじっと見つめると聞いた。

「……その言葉に、二言はないわね」

「心配するな。知らない言ってないとか、とぼけた真似はしねえよ」

「ならいいわ。やろうじゃない。後悔する目に遭っても知らないわよ」

 これにボスはニヤリと笑った。

「同じ言葉をあんたに返すぜ。……ここじゃやり合うのにさすがに狭い。庭に出てやるぞ」

 ボス達は隣の部屋へ移ると、壁に開いた大きな穴から外へ出て行く。女性も続いて行ったのを見て、私も忍び足で壁の穴に近付いた。

「エリス、あの女の人、勝てるかな」

 ――剣の腕に自信を見せていましたから、その可能性は高そうですね。

「そう、だよね。あんな大きな剣持ってるんだから、負けることはないよね……」

 伸びた雑草に覆われた広い庭で、女性と十二人の泥棒が睨み合う。

「それで、そっちは誰が闘うの?」

「俺だ」

 そう言ってボスが前へ出て来た。

「へえ、自らやろうだなんて、そこだけは感心ね」

「他が俺より腕っ節が劣るってだけのことだよ」

 すると手下の男性達は、闘う二人を囲むように輪を作って並び始めた。

「……これは何?」

「あんたが逃げないための〝柵〟だよ。念のためだから気にするな」

「四方から見られてるのは気が散るけど……まあいいわ。すぐに終わるし」

 女性の表情が真剣なものに変わる。改めて剣を構えた姿勢はすごく様になってる。対するボスのほうは、腰に差してた短剣を取って握る。

「あんたのその自信は、一体どこから来てる」

「日々の鍛錬よ。師匠に命じられて、今各地を巡りながら修行してる最中なの」

「剣のか? 女がそんなもん鍛えて何の役に立てんだよ」

「地方じゃ知られてないみたいだけど、王国軍では能力があれば性別関係なく入隊できるの。あなたも自分の腕に自信があるなら、泥棒はやめて兵士になってみたら? そのほうが生活も安定するわよ」

「ケッ、自由奪われて、会ったこともねえ国王のために命懸けるなんざ真っ平ごめんだ。危険は大きくても、今の暮らしのが断然いい」

「犯罪者として追われる暮らしの何がいいのか、私にはさっぱりわからないけど……性根まで悪党なら、こっちとしては躊躇なく闘えるわ」

「そうかい。なら、無駄なおしゃべりでもなかったな……」

 ボスは短剣を構えて不敵な笑みを浮かべる。その目は正面の女性を見て……あれ? その奥の手下達を見てる?

「いつでもいいわよ。かかって来なさい」

「そっちこそ、来いよ」

 ボスは挑発するように手招きする。それを横目に私は手下達の様子も見る。女性の背後に並ぶ数人が、何だかコソコソと手を動かしてる。

 ――怪しいですね。

 肩でエリスが呟いた。

「何か、する気なのかも」

 そちらを気にしてると、闘いは突然始まった。

「はあっ」

 女性が踏み込んで剣を振った。速い。ボスはかろうじて短剣で防いだけど、すぐに二撃目が来る。

「うおっと!」

 慌てた声を漏らしてボスは避けた。そして間を置かずに反撃する。キーンと甲高い音が鳴って二人の剣がぶつかった。でもそれでボスはよろめき、身体を傾けさせた。あんな大きな剣なんだ。その重さだけでも相当な衝撃があるはずだ。短剣じゃ受け止めきれなかったんだろう。

「……くそっ」

 ボスが態勢を戻す前に、女性がすかさず剣を振り上げた。勝った――そう確信した時、女性の二の腕を何かがかすめて飛んで行くのが見えた。それは女性自身も気付いたようで、剣の動きがわずかに止まった。その隙をボスは見逃さず、構え直した短剣を突き出した。

「……くっ」

 胸に向かって来た切っ先を女性は身をそらして避けた。そしてすぐに剣を振ろうとしたが、今度は顔の横を何かが飛んで行った。それに気を取られた女性は動きを鈍らせ、ボスの攻撃を受けた。短剣は左腕を切ったけど、幸い傷は浅そうだ。

「……待って! これは、一対一の闘いでしょう?」

 女性は手を突き出して闘いを止めようとする。

「ああ。だからそうやって闘ってるだろう……!」

 ボスは女性の制止を無視して襲いかかる。動揺してる女性は攻撃に出られず、周りをキョロキョロ見ながら動き回ってる――彼女も気付いてるんだ。ボスがずるしてるってことを。

 ――背を向けた時に、仲間の者達が投げているようですね。

 エリスの言葉を聞いて、私は女性の背後にいる手下を見た。ニヤニヤ笑いながら、その手には細く小さな物が握られてる。

「あれは何を持ってるの?」

 ――おそらく、投げナイフでしょう。

 小さくても立派な武器だ。闘う前、ボスが手下達を見てたのは、きっとこうしろって目で指示を出してたんだ。つまり、初めから一対一で闘う気なんてなかった……卑怯なやつ!

 女性は手下からの攻撃を警戒して、ボスとまともに向き合えず動きを鈍らせてた。それをいいことにボスは勢い付いて積極的に攻撃を仕掛けてる。それでも今のところ女性は攻撃を防いでるけど、全方向に敵がいるんだ。向こうが手段を選ばなくなれば、あっという間に女性の負けが決まってしまうだろう。そうなる前にどうにかしてあげたいけど……。

「……エリス、あの手下達を遠ざけられないかな。このままじゃ女の人が負けちゃうわ」

 ――言ったことを守らない……やはり悪党は悪党でしたね。

「そんなやつらを勝たせちゃ駄目だよ! どうにか女の人を助けられない?」

 ――そうですね……ここには幸い、いろいろなものがありますし、できるだけのことはしてみましょう。

 そう言うとエリスは小鳥の姿からグニャリと歪み、元のうごめく球体に戻った。

 ――物は試しです。上手く行けばいいのですが。

 一体何をするのか、私は黙って見守った。視線の先では女性がボスに押され始めてる。その背後に立つ手下はニヤつきながら、手に握ったナイフを投げようと構えた――

「うっ……!」

 一瞬のことで私は何が起きたのかよくわからなかった。でも手下はナイフを握った手を痛めたかのようにさすって投げるタイミングを失ってた。

「……エリス、今、何かやったの?」

 ――動きを妨害してみたのですが、上手く行きましたね。

 別の手下がナイフを構えると、そこへもすかさず何かが勢いよく飛んで行った――今度は注意して見てたからわかった。小石だ。地面に落ちてる、指の先ぐらいの小さな石を手下の手に当ててるんだ。ぶつけられたほうは何が当たったのかわからず、不思議そうに周りを見てる。

 それからも手下達がナイフを投げようとするたびに、エリスは小石や落ち葉、土の塊なんかを当て続けた。そんなことが立て続けに起これば、手下達も次第に不審がっていく。

「なぁ、さっきから何かが当たって来てんだけど……」

「俺もだ。手とか腕に、バチッと来る」

「蜂でもいんのか?」

「蜂なら刺すだろう。もっと痛いはずだ」

「じゃあ何がぶつかって来てんだよ」

「別の、虫か?」

 正体不明の出来事に気を取られたことで、手下達の援護攻撃は止まった。そのおかげで女性は徐々に勢いを取り戻して行く。

「たあっ!」

 振った剣が鼻先をかすめると、ボスは慌てたのか下がった拍子に尻もちをついた。

「なっ、何してるてめえら!」

 ボスの怒鳴り声に手下達も慌ててナイフを構えようとする。が、そこにエリスは素早く小石を飛ばす。

「った! 何なんだよ。何がぶつかって来やがんだ」

「何かおかしくねぇか? 本当に虫なのかよ、これ」

「確かに変だ。手にばっか当たるなんて……」

「俺、気味悪ぃよ。何かいるんじゃねぇか、ここ」

「おい、馬鹿なこと言って――」

 そう言った男性の額に、エリスは瓦礫の欠片を飛ばした。ガツッと当たった男性は軽く頭をのけぞらし、額にじんわりと赤いものを滲ませた。

「お、お前、それ……」

 仲間達の視線が赤くなった額に集中する。それぞれが何かを想像してるような沈黙が流れた。

「……やべぇよ、こ、殺されるんじゃ……」

 一人がそんなことを言うと、他の仲間達の表情が一斉に強張った。するとそこからは早かった。そろりと後ずさって一人が逃げ出すと、それを追うように一人、また一人と庭から走り逃げて行く。

「お、おい、ボスを置いて逃げ――」

 勇気の残った男性にエリスはすぐに土の塊を飛ばした。頬にベチッと当たった瞬間、男性はヒィィと悲鳴を上げて一目散に逃げて行った。エリスは十一人もいた泥棒を、あっという間に退散させてしまった。これで女性はボスだけに集中できるはずだ。

 自分を助けるはずの手下達が、なぜか怯えたように去って行く光景を、ボスは尻もちをついたまま、ただ呆然と見てた。そこに女性は剣を向けて詰め寄った。

「所詮は悪党の寄せ集め。薄っぺらい関係でしかなかったみたいね。でも、これで本当の一騎打ちができるわ。それとも、助けてくれる手下を失って戦意喪失した? 降参するならそれでもいいわよ。ただし、お金を返してくれたらね」

 不利な立場に戻されて、ボスは悔しげな顔で女性を見てる。

「……わかった。降参だ。金は返す……」

 そう言ってボスは自分の懐をまさぐる――とその瞬間、右手で握ってた短剣をボスは女性へ向けて突き出した。危ないと私は息が止まった。でもやっぱり女性はすごかった。向かって来た短剣を反射的に剣で弾いて、ボスの手から武器を失わせた。そしてすぐさま剣でボスの首を突く……寸前で止めた。

「死にたいようね。それじゃあ――」

「や、やめろ! 俺の負けだ!」

 ボスは怯えた声を上げると、落ちた剣を遠くへ蹴り飛ばした。

「ほら、もう闘う気はねえ。だから殺すな!」

 言いながら両手を上げて降参する。

「……なら、返す物を返して」

 ハッとしたボスは急いで懐をまさぐると、そこから小さな革袋を取り出し、女性に差し出す。

「こ、これは俺の持ち金だが、金貨が二十枚入ってる。足りるか……?」

「ふーん……中身を出して見せて」

 言われたボスは袋を開けて地面にお金を出した。言った通り眩しく輝く金貨が何枚も転がる。それを女性は目で数える。

「……確かに二十枚。嘘じゃなかったのね」

「こんな時に嘘なんか言うかよ。……言う通りにしたんだ。見逃してくれるか?」

「本来なら番兵に突き出すところだけど、迷惑料込みでお金を返してもらっちゃったから、今回だけはそうしてあげる」

「あ、ありがてぇ……」

「あなたとは二度と会うことはないでしょうけど、こんなこと続けてたら、ましな死に方しないわよ。自分の人生ぐらい、真面目に考えることね」

「へへ、考えた末が今の俺だ。どうなろうと、お前には関係ねえ話だ」

 そう言って立ち上がったボスは、降参したにもかかわらず勝ったような笑みを浮かべると、踵を返してさっさと庭から出て行き、姿を消してしまった。それを女性は複雑な表情で見送ってた。

「こんなことで、反省するわけないか。逃がしたのは間違いだったかしら……もう遅いけど」

 剣を鞘に戻し、女性は小さな溜息を吐くと、ボスの置いて行ったお金を回収する。その様子を見ながら私はホッとした。危ないこともあったけど、お金がちゃんと戻って来て一安心だ。

「助けられてよかったね、エリス」

 ――本当に。私も、上手く行ってくれて安堵しています。

 お金をしまい終えた女性が庭からこちらの廃墟へ戻って来る。私は咄嗟に壁の隅へ隠れたけど、ふと、もう隠れる必要はないんじゃ? と気付いた。でも女性はスタスタと入り口のほうへ行ってしまって、声をかけるタイミングを見失ってしまった。どうしようか迷ってると、入り口から出かけた女性の足が止まり、頭だけがこちらへ振り向いた。

「……誰だか知らないけど、助けてくれてありがとう。私も、囲まれたとは言え動揺するなんて、まだまだみたいね」

 背中越しの視線は、屋内で薄暗いせいか、私を見てるのかそうじゃないのか、はっきりとはわからない。でも顔はしっかりこちらを向いてた。女性はそれだけ言うと、廃墟を足早に出て行った。

「……ねえ、エリス、今のは私達に言った言葉なの?」

 ――おそらくは。

「ってことは、あの人、こっちに気付いてたの?」

 ――かもしれませんね。

「そうだったの……じゃあ、声かけてもよかったかな。だけどいつ気付いたんだろう。私は見られた覚えはないし、エリスも姿は見えないはずだし」

 ――気配でしょう。優れた武人はそういうものに敏感だと聞きます。

「へえ、そうなんだ。やっぱりすごい人だったんだね。あの大きな剣、ちょっとだけ持ってみたかったな……」

 ――アストリッドの手では持ち上がらない物です。

「わかってるけど、どれだけ重いのか気にならない?」

 ――特には。見た目で想像は付くでしょう。

「つまんないなあ、エリスは。もっとワクワクする心を持たなきゃ――」

 ――それもいいですが、ここへ来た目的を忘れていませんか? 観光はもう十分でしょう。

 ……エリスは優しくていい子だけど、たまに真面目すぎるところがあるのよね。

「はいはい、わかったわ。寄り道はやめて、エリスの住みかとお母さんを捜すわ」

 ――ではそうしましょう。明るいうちのほうが情報を得やすいと思いますよ。

 女性を助けた余韻もなく、エリスに急かされるように、私は再び人でにぎわう通りのほうへ戻ることにした。

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