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狭間の少女  作者: 柏木椎菜


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二話

 そっと手を伸ばしながら、半透明の物体に声をかけた。

「……ねえ、あなたは、何してるの?」

 ウネウネとせわしない動きが、声をかけて少しゆっくりになった。これは私の声に反応したんだろうか。

「ここで、何してるの?」

 もう一度話しかけてみるけど、相手からの返事はない。時々話せない子もいるから、この子もそういうタイプなのかもしれない。どうしようか迷って、伸ばした手で触れてみようとした時だった。

 ――あなたが来てくれてよかった。

「え……?」

 私は驚きを隠せなかった。だってあまりに聞き覚えのある声だったから。

「……エリス、なの?」

 うごめく物体に向かって聞くと、すぐに返事が来る。

 ――ええ。アストリッド、あなたはようやく解放されたのですね。

 穏やかで、優しい、いつも聞いてた友達の声だ――心細い胸にジワリと声が沁みて、私の視界は瞬時に歪んでしまった。

「エリス……あなたって、こんな姿をしてたんだね」

 ――初めて見るのでしたか。私は普段、この木の中にいますから。

 この木というのは、焼けてしまったご神木のこと。エリスと話すのは決まって広場に来た時だった。姿は見えないけど、いつもこの辺りにいるんだと思って話しかけてた。ご神木を家にしてたとは思わなかったけど。ちなみにエリスという名前は私が付けてあげたものだ。名前がないって言うから、呼びかけやすいように付けた。

「私が監禁されてたこと、知ってたの?」

 ――住人達の話で聞きました。それと、泣くあなたが連れて行かれるところも見ました。私にはどうすることもできず……。

「気にしないで。エリスは人じゃないんだから、何もできなくて当たり前だよ」

 ――監禁されていた四年間、あなたの心の支えになれればよかったのですが、ここからあなたの元まで声が届かず、とても心配していました。

「ありがとう。でももう大丈夫だから。こうして無事に地下室から出られたし、エリスとまたおしゃべりできるようになったわ」

 言葉が何か返ってくるかと思ったけど、エリスは何も言わなかった。

「……エリス? どうかしたの?」

 ――いえ……ところでアストリッド、私の頼みを聞いてはもらえませんか?

「頼み? もちろんいいわ。どんなこと?」

 ――私の、新たな住みかを探してもらいたいのです。

「ああ、そうか。ご神木、燃やされちゃったものね……ここにはもう住めないか」

 ――ええ。とても居心地のいい場所だったのですが。

 エリスは声に残念さを滲ませて言う。

「あっちのほうなら、まだ無事な木がいくつかあったけど、エリスはどんな木がいいの?」

 ――申し訳ないのですが、普通の木では無理なのです。このように、何十年、何百年と生き、力を蓄えたものでないと住めないのです。

「力……?」

 ――霊力、とでも言いましょうか。自然界にはそういう力が存在します。それは人間、動物、植物など、すべての生きるものの中に備わり、長い時間を生きるものは、その霊力を蓄積させ、量が多大になるのです。

「このご神木は、霊力がいっぱいあったの?」

 ――ええ。十分なほどに。私は霊力の強い影響がなければ生きられない身なのです。このままここにいては、やがて枯れてしまう木と共に私も消えるところでしたが、あなたが来てくれてどうにか命拾いしました。

「エリスは一人で動けないの?」

 ――動くことはできますが、住みかを燃やされ、体力も削られ、長い距離の移動は困難でした。ですがあなたのおかげで、ある程度体力を回復することはできました。

「回復って、私まだ何にもしてあげてないけど」

 ――いいえ。もうしてくれています。気付いていないようですがアストリッド、あなたの中には常に強い霊力が備わっているのですよ。ですから近くにいてくれるだけで、私は元気になれるのです。

 そう言われて、私は思わず自分の手や身体を見下ろした。強い霊力……他の人には見えないものが見える力って、そのせいだったりするんだろうか。

「霊力って、悪魔の力じゃないよね……?」

 ――悪魔とは真逆の、清らかで神聖な力です。

 それを聞いてホッとした。やっぱり悪魔が憑いてるせいじゃないんだ。

「じゃあエリスは、私と一緒にいれば元気でいられるのね。それならずっと一緒にいたらどう? 私はそれでもいいわよ」

 ――嬉しいですが、いつまでも一緒にいることはできないでしょう。何事も永遠はないのです。ですが、新たな住みかが見つかるまでは、アストリッドのお世話にならせてもらいます。

「遠慮しなくてもいいのに。どうせ私も一人だし、好きなだけ側にいてくれていいのよ?」

 ――ありがとう、アストリッド。

 顔はなくても、その声はふんわり笑ったようだった。

「でも、ご神木みたいな木って、他にどこにあるんだろう。エリスは心当たりある?」

 ――私はここから離れたことがないので、あいにく……。

「そう……いろいろ歩き回って、探すしかないみたいね」

 ――長い旅になってしまうかもしれません。それでもいいですか?

「エリスが一緒なら寂しくないし、長くなったって大丈夫。必ずいい住みかを見つけてあげるから」

 ――頼もしい言葉です。

 ふふっと笑って私は続けた。

「それに、私も見つけたいものがあるの」

 ――何ですか?

 何となく家のあったほうを見ながら私は言った。

「……お母さん。私のことを忘れてなければ、会いたいと思って」

 ――どこにいるのですか?

「場所はわからない。ただ、実家へ帰ったって聞いたから、多分そこなんだと思う」

 監禁されてた時、私が塞ぎ込んで泣いてたところに、意地悪な見張りのおじさんがやって来てこう言われたことがあった。

「お前の母ちゃんはもう来ないぞ。実家へ帰ったってさ。亭主もお前も愛想を尽かされたんだろうな。ヒヒッ」

 あの見下したような顔と笑い声はしばらく私をイラつかせた。当然言われたことなんて信じなかった。きっと嫌なことを言って私がもっと泣くのを見たかったんだろうけど、顔を伏せて無視した。お母さんはまた来てくれると待ったけど、無駄だった。信じたくなかったけど、本当に愛想が尽きて出て行ってしまったのかもしれない――答えはわかりようもなかったけど、地下室で一人うずくまりながら、頭の片隅でぼんやりとそう思ってた時間もあった。だけどおじさんの言ったことに何の根拠もないんだ。本当かもしれないけど嘘かもしれない。実家へ帰ったのは本当かもしれないけど、また違う理由があったのかもしれない。だって私のために泣いてくれたんだ。そんな人が娘の私を見捨てるなんてしないはず――だけどわかってる。これは私の希望でしかない。そうであってほしいと願ってるだけ。焼けた集落の中にお母さんの姿はなかった。その小さな小さな望みに懸けてみたいだけ。どうせ私には行く当てもないし、本当かどうかを確かめに行くだけ行ってみたい。たとえ心が傷付くはめになろうとも、それが真実なら知って悪いことはないはずだから。

 ――実家というのはどこに?

「それが、憶えてなくて……小さい頃、聞いた気はするんだけど、もう何年も前のことだから。一緒に行ったこともないし……」

 ――では、どうやって捜すつもりですか?

「見かけた村とか町で片っ端から捜すしか……でも私のことは後回しでいいの。まずはエリスの住みかを見つけないと」

 ――ジェマ・ホロウェー、細身で、あなたと同じ茶の髪、そして黄色い瞳、ですよね。

 私は驚いてエリスを見つめた。

「お母さんのこと、知ってるの?」

 ――この集落の人々は、ここから毎日見ていました。あなたのお母さんのことも憶えています。私は人と話してたずねることはできませんが、できる限りの協力はします。

「ありがとう……ありがとうエリス!」

 私は嬉しくてフワフワ浮くエリスに触れようと思って、ふと手を止めた。このまま触っても平気なんだろうか。触れた途端、穴が開いたり壊れちゃったりしないかな。

「……ねえエリス、あなたを運ぶのに触っても大丈夫?」

 ――大丈夫ですが、私を運ぶ必要はありませんよ。

「でも、このままじゃ動けないでしょう? もしかして、空を飛べたりするの?」

 ――ええ。あなたが側にいてくれれば、空を飛ぶのは簡単なことです。

 そう言うと半透明の青い球体は、その動きをより激しくしたかと思うと、まるで粘土がこねられるように何かの形に変わり始めた。一体何が起きてるのか黙って見てるうちに、形は見覚えのあるものへ変わって行く。尖った口元、折り畳まれた翼、ピンと伸びた尾羽――エリスは淡い青色の小鳥に変化してた。そのつぶらな目が、どうですか? とでも言うようにこちらを見上げてくる。

「変身できるなんて、すごい!」

 ――アストリッドの霊力のおかげです。あなたがいなければ、普段はここまでのことはできません。

 するとエリスは翼を広げると、パタパタと羽ばたいて飛び上がり、私の肩にちょこんと止まった。その動きは普段見る鳥そのもので、何の違和感もない。

「ものまねが得意なのね。知らなかった」

 ――これなら私を運ぶ手間がないでしょう。私も、あなたに付いて行くことができます。

「そうだね。小鳥と旅するなんて、何か素敵」

 ――旅をする前に、まずは身支度をしてはどうですか? 鏡があればいいのですが、今のあなたはひどい姿ですよ。

 指摘されて私は初めて自分の薄汚さに気付き、何だか恥ずかしくなった。地下室では二週間に一度だけ湯浴みができてたけど、それで十分綺麗になれてたとは言えない。髪もほったらかしだったし。ブラウスとスカートも、汚れやほつれが目立ってる。確かにひどいな……。

「……そうだ。私がいた家は燃やされてなかったから、着替えがあるかもしれない」

 湯浴みの時に着替えも用意されてたから、もしかしたらあの家に残されてる可能性もある。エリスを肩に乗せたまま、私は忌々しい家まで駆け戻った。

 入り口の前に倒れた見張りの人を見ないようにして中に入る。が、こんなに荒らされた状況じゃどこに服がありそうかもわからない。

 ――探し出すのが大変そうですね。

 そう言ってエリスは私の肩から離れると、散乱した物の上を渡りながら服を探し始めてくれた。私も倒れた棚の下や椅子をどかして探すけど、どこにも見当たらない。私の服はないのかな……。

 ――アストリッド、これは違いますか?

 エリスに呼ばれて顔を上げると、壁際に転がった編みかごに止まったエリスが、その足下を示してた。私はすぐに近付いて見てみる。と、編みかごの中には無造作に詰め込まれたように女性用の服が入ってた。

「……あった! きっと私の着替えだわ。これはワンピース……こっちは、外套? 外に出られないのに何でこんなものが……寒い日のために用意してたのかな」

 まあいいかと、私は汚れた服から赤紫色のワンピースに着替えた。そして肌寒くなる夜のために灰色の外套も着る。ちょっと重いけど、仕立てもいいし綺麗だし、気持ちが一新される。あとはボサボサの髪をどうにかしないと――あちこち探して回ってると、空き瓶の陰に櫛を見つけて早速とかした。何度も引っ掛かって、それをほぐす作業を繰り返すと、サラサラな状態に戻ってくれた。それにしても、ここに来た時は耳の下辺りまでの長さだったのに、今は肩にかかるほどまで伸びた。お母さんがこれを見たら、長いのも可愛いって言ってくれるだろうか。それなら長い髪も悪くない。

「……あれ? エリスは……」

 身支度を終えて部屋を見回すけど、小鳥姿のエリスがどこにもいなかった。まさか、私から離れ過ぎてどこかで倒れてたりは――

 その時、地下室への階段のほうから、小さな青い影がパタパタと飛んで来た。

「エリス、いないから心配しちゃったわ。何してたの?」

 私の周りをグルッと一回りしてからエリスは肩に止まる。

 ――あなたがいた部屋を見ていました。あんな暗い場所に閉じ込められていたのですね。可哀想に……。

「でも、もう自由だから。また監禁されることはないわ」

 ――そうですね。……ところで、部屋の隅で亡くなっていた少女ですが、あの娘は?

「わからない。怖くて顔も見なかったし、私はずっとここにいて、集落にどんな子がいるかもよく知らないから」

 ――そうですか。

「多分、襲われて必死に逃げ込んで来たんだと思う。そこに私じゃなくて、助けてくれる大人がいればよかったんだけど……」

 ――あなたのせいではないのですから、そう気にしないで。これは仕方のないことでした。

「わかってる。でも、私は生き残って、あの女の子は死んじゃって……何か、可哀想に思えて……」

 私はちょっとだけ運がよかっただけなんだろう。殴られて気を失ったことで死んだと思われた。だから生き残った。もし意識があって、女の子が襲われてるのを見てたら、どうにかして助けることもできたかもしれないのに……。

 ――過ぎてしまったことは、もうどうすることもできません。あなたは今ここに、こうしているのですから、この先やるべきことを考えましょう。

「そうね……悔やむより、進まないとね。エリスの住みかを見つけなきゃ」

 ――アストリッドのお母さんも。

 肩にいるエリスに私は笑いかけた。

「うん。お母さんも。どっちも見つかるといいね」

 不安や希望がない交ぜになった気持ちを抱えて、私は私を閉じ込めてた集落からこの日、旅立った。

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