第三話 一方、通行
書く時間が……欲しい……
▷西区▷上層▷″クレイギー″『アリス・グレイ』
ローガン・コリンズが愉快な被害者たちと軽いコントを繰り広げている間。アリス・グレイは、西区上層のカフェにて優雅に食事を楽しんでいた。
「クレイ、ギー。粘土状のギー。それって普通にバターなんじゃないの?」
「実際バター専門店みたいだし、まあ。言葉遊びってやつよ。」
「ふーん。ま、実際バターに狂ってそうなメニューだしねえ。」
フォークの先端で皿をつつきながら、窓の外を眺める少女たち。ちまちまと料理を口に運びながら、他愛もない話をしつつその時を待っていた。
バターの香りが漂う……むしろそれしか無い店内。パン、じゃがバター、その他諸々香り立つバター。洒落た内装とは裏腹に一色すぎるメニューは、一部の層からコアな人気を博していた。
「はあ〜〜、日差しまっぶしいなあ。いつ寝ても良い、いつ起きてもいい。そんな生活もずっと続けてると社畜が恋しくなってくるわ。」
日差しの眩しさと、彼女が社畜から解放された事に相関関係はない。が、彼女は毎日のように太陽を眩しそうに眺める。店内はぽつぽつと客がいる程度で、彼女達の周りには誰も座っていない。コアな層への人気というのは、裏返せば普通の客は少ないということである。
「まぁたスズはそういう事を。日本はとんでもない国だねえ、こんなワーカーホリックを生み出しちゃうなんて。」
「ワーカーホリックとは失礼ね。実際、仕事が終わって深夜に食べるラーメンほど美味しいものはなかったのよ!」
両手を握って力説する少女……外見年齢少女。本日も常昼の国の太陽は燦々と輝いており、その陽射しを以て人々を照らしている。
口にバターチキンカレーを運びながら、スズと呼ばれた少女は尚も言葉を続ける。
「人口太陽は良いんだけどさ〜、たまには夜も来て欲しいよね〜と思っちゃう訳よ。アリスみたく、E2産まれE2育ちならともかくね。」
「んー、確か40年ぐらい前に1度だけ夜になったらしいよ?太陽の故障だかなんだかで。一応夜の景色はあるんじゃないかなあ。」
目を輝かせたスズは、アリスに詰め寄る。一体何があって夜が訪れたのか、もう一度来る可能性はあるのか、などなど。
スズの勢いに押されたアリスは、苦笑いしながらその金髪を揺らし答える。
「と、言われてもねえ。太陽が止まるって事はこの国の電気系統も止まっちゃうわけだし、スズも困ることになると思うよ?」
「だとしても!国元に帰ることも許されない今!なんとか夜を拝んでみたいのよ!」
「だー、声がデカいよ。一応ここは公共の場なんだから静かにね?」
「あんたはあたしのママですか!」
「誰がママか。そういう年じゃありません。」
窓の外は天空。空を奔る生身の人々に、宙を舞う巨大な鉄塊。世界各国の最新技術が集うこの国において、当たり前のような光景。
外を一瞥すると、茶髪の少女は軽くため息をついて食事を口に運ぶ。それから、咀嚼しながら話し始めた。
「空を飛べる人間が珍しくない、ね。あたしとしては有難いけど、世界はいつの間にSFジャンルに変わったのやら……」
「まるで最近みたいに言うじゃん。もう1世紀は前からこうだよ?あと、ものを口に入れたまま喋るな。」
窓のすぐ外をホバーボードに乗った青年が走り去り、一瞬に起こった風がカーテンを吹き飛ばす。2人の少女は、風に巻き上げられた髪の下に同種の眼光を宿しながら、不動の太陽を睨んでいた。
▷西区▷上層▷A:O百貨店1F『アリス・グレイ』
「さーて、昼休憩も終わりね!」
「昼もクソもないよ、この国には。ま、小休止が終わったってとこ。」
大きく伸びをしながら、大きな声で空に向かって声を上げる女が1人。そのすぐ側で、控えめな伸びをしながら静かにツッコミを入れる女が1人。
彼女達は、ゴルゴンの構成員である。アリス・グレイ、ローガン・コリンズ、そして弥刀寿々子。この3人はほぼ同時期にゴルゴンに加入しており、2人セット、もしくは3人セットとして任務をこなすことが多かった。今回も例に漏れず、西区上層での大した重要度のない任務の担当として、アリスと寿々子のコンビに白羽の矢が立った訳である。
歩き出した彼女達が向かっているのは、今回ゴルゴンに接触してきた上流階級の居宅。アリスの地雷に触れかねない、と寿々子は危惧していたが、彼女が目の敵にしているのは特権であって富豪ではない。そのため、危惧は杞憂で終わるのであった。
歩みを進めるその姿に、不自然な所は無い。仲睦まじい2人の少女が、じゃれ合いながら歩いている光景は、微笑ましさすら感じさせるだろう。そんな彼女達が実際には国に翻する者であると、一体誰が気づけるだろうか。
▷西区▷上層▷第七住宅街▷モラトリウス家別宅『アリス・グレイ』
アリスと寿々子は、依頼主であるモラトリウス家当主と邂逅することに成功していた。彼から伝えられた情報によると、『セキュリティシステムには侵入の痕跡が無いにも関わらず、廊下だけが荒らされていた』との事である。
ボス……の使いであるハンクから彼女たちに伝えられた事前情報とも食い違う点は無い。この依頼が国立警備隊ではなくゴルゴンに回されたのは、モラトリウス家が表には出せない家業を生業としているからであり、この依頼自体に問題は全くなかったと言えよう。
が、依頼に問題は無かったものの、あまりにも起きている現象に違和感が多すぎた。
「……まず、荒らされているのは廊下のみ。それも、金目の装飾品がパクられているとかそういう話ですらなく、ただ弾痕が残っていたり調度品が破壊されているというだけ。金庫室前の廊下すら荒らされていたけど、金庫室自体には一切の被害が無かった……」
金髪の少女は独り言を呟きながら状況を纏めていく。が、その表情には疑問が多大に含まれており、言葉を連ねる事にその疑問は増大していく。そこに、隣の部屋から突然現れた寿々子が、手元に持った菓子を差し出しながら声を掛けた。
「んー!全くもって意味不明ね!それより、モラトリウス卿が出してくれた焼き菓子、めちゃくちゃ美味しいわよ!」
「もうバターはいいよ……それに、今は仕事の時間です。意味不明で全く解決の糸口も見つからなかったとしても、取り敢えずお菓子を複製して食べるのはやめなさい。」
「ちぇ、お母さんみたいねー?」
寿々子の勝手気ままな物言いに、沈黙で返すはアリス。2人が立っている廊下は、見るも無惨な様相を呈している。
元は見事な絵画が描かれていたであろうキャンバスも、ズタズタに引き裂かれて原型すら認識出来ない惨状だ。壺は当然のようにかち割られ、ゴテゴテと装飾された壁面の照明には弾痕が刻み込まれており、ある種の前衛芸術のようになっている。
そのうえ、扉に一切の傷が無いというのがかなり不気味である。巨大な爪痕のようなものが残されている壁面ですら、扉の部分には一切の傷が無いのだ。不審に思ったアリスがこっそりと扉を引っ掻いてみたが、塗装は当たり前に剥がれた。彼女は慌てて隠した。
「うーーーーん……正直、ここでこれ以上調査したところでなあ……弾丸の解析依頼は出してあるんだよね?」
「もちろんよ。」
澄まし顔で話す寿々子に、若干癇に障ったアリスは、憂さ晴らしを敢行することに決めた。すなわち、面倒な依頼人とのマッチアップである。
「……じゃあ、解析結果が出るまで一旦休憩しようか。あ、スズはずっと休憩してたようなもんだし、ここで依頼主の相手ヨロシク!」
「はぁ!?ちょ、ばっ、待ちなさいよ!お菓子以外であの人と関わりたくないんですけど!?」
寿々子が大声で呼んだ時には既にその姿は無く、荒れた廊下に残るのはアリスの残滓と焼き菓子の香りのみ。最後に下手くそなウィンクをしていた親友の姿を思い浮かべながら、がっくりと肩を落とした寿々子はモラトリウス卿への報告をする為歩き出した。
「んー、こういう事件は私よりロジーの方が向いてると思うんだけどなあ……ま、解析に出してる間に増援で来るでしょ。」
慌てふためく寿々子の姿を眺めていたアリスは、少しばかり考え事をしつつ、ひとつ笑うとそのまま窓から外に出た。そこで変身を解除すると、軽く伸びをして歩き始める。
モラトリウス家別宅の窓の外には、黒い羽のような物質だけが残されていた。
▷西区▷上層▷第二十七警邏所『████』
その少女は、とある事情を持って、身分を隠した上でそこに居た。次々と通行人に話しかけ、何かしらを訊いている目麗しい黒髪の少女。その彼女の本来の身分では、聞き込みをする前に人々とまともに会話することも叶わない。まず外に出る前に鬼のような上官に仕事を回されることだろう。
嫌な記憶を思い出して顔を歪める少女を見て、美少女に話しかけられてデレデレとしていた少年ですら、ギョッとしてその場を離れた。
「……あ、それで、この写真の方に見覚えは……って……いない……」
余程怖い顔をしていたのだろうか、と額を揉む少女は、歳の割には老けて見える。はあ、と大きなため息を吐いた少女は、次の人へとターゲットを遷す。生来の容姿の良さ、そして鍛え上げた″媚びを売る″能力。それらを自覚して武器へと昇華させている彼女は、いつも通り若い男を狙って話しかける。
最も、彼女も御しやすいからと言うだけの理由で若い男を狙っている訳では無い。彼女が捜しているのもまた若い男であり、同じような年代の青年らであれば手がかりを知っているのではないか、あわよくば本人と遭遇出来ないだろうか、と考えた上である。
次々と人々の群れの中から獲物を引っ張り出しては、問い質して放す。そんな行為を早1時間も繰り返した果てに、疲労困憊と行った様子で警邏所の中に戻って行った。
「はあ……疲れました。今日もローガンの手掛かりはなし。一体どこに消えたの……」
「おつかれ〜、美羽ちゃん。彼氏クン、見つかったかい?」
「見つかったらもっと喜んでいますよ。所長こそ、ちゃんとビラ配りしてくれてますか?」
内藤美羽。ローガン・コリンズが失踪する以前の恋人であり、今この国で二番目に彼の行方を案じている人間。運良く──それはもう奇跡的に──生存を果たしたザビエル・グリーンの次に、彼の捜索に注力している少女。
そう、ローガンが──動機こそ脅迫であるが──国家に弓引いている事は、それこそゴルゴンの構成員以外は知りえない事実であった。かつての同僚、恋人、そして家族。彼ら彼女らは、ローガンが『ホテル・アンジェリオン』での事件に巻き込まれ誘拐・監禁・若しくは何らかの理由で失踪していると──信じている。誰も、親愛なる人間の死を認めたくはないだろう。よもや、脅されて彼らの仲間になっているなどと。
彼が最後に目撃されたのは、ホテル・アンジェリオン1階の監視カメラである。当然の流れで当時の警備員達に聴取が行われたが、彼らは一貫して「そのような青年は見ていない」と主張。矛盾点を見過ごさなかった内藤により周辺店にある監視カメラの精査が行われ、彼がホテルに侵入する10分前後で不自然に警備員の交代が行われていることが発覚した。
この事実により、第一容疑者とされていた本来の警備員達は無罪──見知らぬ人に騙され、警備員を交代したことはともかく──とされた。となれば次は真犯人を追跡することとなるのだが……ここで問題が発声。監視カメラの画質の悪さにより、真犯人の顔を判別することは出来なかった。ここで、完全に足がかりが尽きてしまうこととなる。
「それに聞くけどさ……ホントに、君の彼氏クンは西区にいるのかい?見失ったのは例のホテルなんだろ?だったら北東区を捜した方がまだマシだと思うけどねえ。」
「まだ言うんですか。北東区の監視カメラは確実に全て確認しました。グリーン氏含む複数名で確認したのですよ。」
「ンー、俺は美羽ちゃんが間違ってるとは思わねえけどね。ただ、なんつーか……」
手がかりを失った彼らは、内藤美羽の激しい主張により西区へと赴くことになった。それは恋人としての勘であるか、女の勘であるか、それとも……
しかし、第二十七警邏所長アドンレイ・バルカンはそれに異を唱えている。一般的な理論から語られる「勘など信用出来ない」というわけではない。むしろ、更なる根拠のない勘でもって否定していた。
「これは先輩の勘だけどね……違ぇと思うな、ここにいるのは。」
その長めの銀髪を揺らしながら、儚い美形に似つかわしくもない表情を浮かべる。それ即ち、恍惚とした満面の笑み。
「んなことより、元彼クンは諦めて俺と──」
返答は、彼の股を掠める一発の電撃弾であった。
アリスの話し方が序章最後と異なるのは、この一年での慣れです。最初はかなり猫かぶってました。




