第一話 揺れ動く
更新が遅れました。今後は毎週基本水曜日に更新、筆が乗れば土曜日にも更新する予定です。
「──ロ───ンズ───」
うたた寝の様な、熟睡のような。ふと意識を落とせば、何十年も経ってしまったかのようなそんな感覚を覚える。
「また、あの夢を見る。まだ。」
その部屋に座す少女は云う。誰にでもなく、強いて言うならば世界に言って聞かせる様。
「私が失ったもの。私が、今の世界で拾ったもの。」
天井に提げられた、粗雑な造りの電灯に掌を翳す。指の隙間から漏れ出た光が彼女の顔を照らし、黄金色の髪を煌めかせ、紫紺の瞳に光を湛える。
「だから、いつか──」
手を伸ばした先に、彼女は何かを掴もうと指を動かす。それは何にもひっかかる事なく、するりと空間を抜けて布に落ちた。
力なく横たえられた腕に、動く気配は無い。彼女はまた寝床に戻り、睡りに就く。その心に、いつかと願いを込めながら。
▷東区『ローガン・コリンズ』
《E2UD》というひとつの《世界》そのものを震撼させた大量殺人事件が起きてから、はや一年。一年ごときで復興が可能なものか……と数多の疑問が投げかけられた───がしかし、此処は世界最先端の科学技術が駆け抜ける都市。刻み付けられた傷跡はこの1年で殆どが治療され、再建設されたその元ホテルに血の跡は見られない。
『──この顔にピンと来たら通報を!御近くの国立警備隊まで──』
だが、どれだけ都市が元通りになろうと、そこを支配するのはあくまでもヒトだ。人々の心に傷は残り続けるし、歴史に刻まれたソレが癒される日はいつになることか。
『──猫の少年──血蛇の女──不飛の鳥────これらに心当たりのある方は、ぜひ御近くの──』
蟻の巣をつついたような……という段階は乗り越えこそすれ、未だ慌ただしい常昼の国。その太陽を眩しそうに見上げる青年が一人。
「今日も太陽は眩しいですね、ボス。」
目の前にいる白猫に対して話しかける彼を、道行く通行人は距離を取りながら避けて歩く。それは見て避けているかのように、しかし誰も彼に目を向けはしない。
「ああ、その合言葉にも慣れてきたかい?」
一瞬、彼が瞬きをすると同時、白猫は少年の姿へと変貌する。
「それ、何度観てもどうやってるか分からないんですが。それがファンタジーってヤツですか?」
「チッチッチ。これは純然たるサイエンス。サイエンスでファンタジーを演出する、これこそが真なるSFというものだよ」
少年がキザに肩を竦め、青年がそれを呆れたように眺める。傍から見るならば微笑ましい兄弟の会話に見えるかもしれないが、生憎コレを視認している人間は存在しない。
「で、次の仕事ですか?正直、レイの暗殺……暗殺?以降は休みが長すぎて逆に辟易してたんですよ。アリスが変なことも始めるし……」
「おっ、そう言ってくれると助かるね。何せ今回の仕事はかなりデカくなりそうだ。今までの暇が羨ましくならないといいね?」
「……急にやる気が失せてきました。まあ、やりますけど。」
光のない目で答える青年を見て、少年は満足気に頷くと、金属製の筒を手渡す。
「手筈はここに入ってる。いつも通り、読み込んでくれたまえ。」
ソレはカチャリ、と音を立てると青白い光を発しながら変形し、片側が何かに挿し込むことの出来るような端子になる。
ソレを眺めて嫌そうな顔をした青年は、またですか?と少年に問いかけた。
「ああ、まただとも。僕が話すより早いし、何より効率がいい。忘れることもないだろうし、ね。」
「まあ、そりゃ忘れはしないでしょうけど……はあ。分かりました、では失礼します。」
ため息を吐いた青年はその身を翻し、雑多な人々の群れに紛れ込んでいく。その背中に、少年が──ボスが、一言を投げかけた。
「ああ、忘れていた。今回の仕事をする上で、忘れちゃ行けないことがある。」
「なんでしょう?」
「─────」
「……了解です、ボス。」
今度こそ、青年と猫は人の波に呑まれて消えていく。一人はその身に怒りと復讐心を宿して、一人は自由と解放を夢見て。
人混みの騒音が世界を埋めつくしていく。空間に、大気に、振動させる音が、声が、圧力を増していく。
「あの場所が」
「この場所が」
「あの人が」
「あの時に」
「私の夫が」
「───」
「俺の──が」
「──で」
「─に──」
「いつか──」
「──を──して」
「──を─え」
「──に──」
「──が──「──に1つ──「─ああ──」────」「──む?」「───君は──「この──背負って──」」「無意味だ」「───だ!──でしか──「──を─して──は」「──が──でしか───しても」」「──コリンズ!!」「いつか、───を───」「君の見る世界が、いつまでも────」「ただ、────」
「貴方のその旅は、果てに何を残すのでしょうね?」
■EP.1〈餐う泥濘の停滞〉
▷西区▷上層『ローガン・コリンズ』
ローガン・コリンズに今回与えられた指令は、至極単純なものであった。これは本当に大変な仕事なのか?と、彼が疑問を抱いたほどに。仕事内容は、ゴルゴンに届いていた反社会勢力の集会、それへの代理出席である。
″反社会″勢力が″集会″とはこれ如何に──等という意見は差し置いて、彼が向かったのは西区中層。この世界……【E.2.U.D】のみならず、この地球という惑星、及び人類の支配圏足り得る全ての場所において、最も治安の悪い空間。
その一角に今回拵えられた集合場所、狭苦しい輸送コンテナのひとつ。集会所というにはあまりに窮屈であるが、これはあくまでも移動手段。
「わァ〜!すごいですねえ!ねえねえローガンさん?見てます!?すごぉいですよ〜?」
「…………俺たち、初対面だよな?」
「はァい?そうですねえ。ただまあ、記者ってのはフレンドリーに接してこその職業ですからァ。フレンドリー!」
「おう、フレンドリー……」
苦笑い……どころか、迷惑げな顔をして笑うのはローガン・コリンズ。そしてその″迷惑げ″を生み出した男が、楽しそうに笑いながら言う。
「あァ、そういえば私、自己紹介してませんでしたね。私の名前はサム・ミラー。この【E.2.U.D】においてあらゆる闇を暴き!あらゆる富を得んとする!究極の記者!です。以後よろしくお願い致しますねえ?」
サム・ミラーと名乗った長身の男は、その特徴のない顔に、1度見たら忘れないほどに怪しげな笑みを貼り付けた。
「……サム、さん?かなりカッコつけた自己紹介してるところ申し訳ないけど、俺たち揺れに耐えるために縛られてるから、あんまり格好よくないよ。」
なお、その身を拘束具のようなベルトでギチギチに縛られた状態で、と注釈を付けるが。男二人が狭苦しい密室で拘束されている。絵面だけ見れば酷い有様だ。
「それは言わないお約束でしょう!3回目ですよ!」
「1回も聞いてないよ……」
▷西区▷中層『ローガン・コリンズ』
ガタンゴトン、バン!ガン!ガガガガゴン!ドドドン!ガシャ!と、遊園地の絶叫マシンも真っ青な危険運転を耐えることしばし。
各組織の重鎮も居るはずだと言うのに、運転手に金をかけなかったのか?とローガンが顔を青ざめている間に、遂に辿り着いたは目的地。
「ローガンさん……終盤、生物的な何かを轢き潰す音がしませんでしたか……?」
「サムさん。気にしたら負けですよ、もう諦めてください。運転手の顔でも一発殴りに行きましょう。」
中々に気にしていそうなセリフを吐きながら、同時に胃の内容物も吐きそうな顔になるローガン。
彼の対面に座──拘束されているサム・ミラーも、ひねり出そうになる胃液を引っ込めるために必死な顔をしていた。
二人の心中は一致している。
(こんな密室で吐いたら……終わる!)
密室で拘束された男二人が、吐き気を堪えるために必死な顔をしながら身を捩らせている光景。酷いものであった。
そこに、コンテナの壁をノックする無機質な金属音が響く。しばらく待っても返事が無いのを確認すると、慌てたように来訪者がコンテナ内への侵入を果たした。
「おぉっとぉ!?遂に、ついに救いがき……」
記者が、遂に開放される!と喜びの声を上げる。しかしそれに冷や水をかけるように、コンテナに侵入してきた機械人間は、嘆きを途中で断ち切って話し始める。
「ア々、お客様、申し訳アりません。少々運転が荒く、ご気分が優レないことかと……ただいマ、ただいマ主人を呼ンで来ますノで!おマ、お待ちくダさい!」
独特のアクセントを含めた語彙で口早にまくし立てると、ローガンたちの返答も待たずに去っていく闖入者。その容姿は不出来なロボットにメイドの衣服を着せたようで、製作者の感性が疑われる。
「……ぁ!ま、ちょっ、ベルト!拘束!取っ、吐く!吐くから!先これ外し、外して!」
ガタァン!と音を立てて閉められたコンテナの出入口。そこに向かって叫ぶローガンの声は、虚しく反響する以上の成果を見せることはなかった。
沈黙が支配した空間。先に口を開いたのは、お調子者の記者。うえっぷ、と開かれた口に乗じて戻しそうになるソレを抑え、何とかサム・ミラーは一言を捻り出した。
「すみません。もう、殺してください。」
「激しく同意致しまァすよ。」
救いの手が差し伸べられたのは、それから10分後のことであった。
▷西区▷中層▷█████『ローガン・コリンズ』
「まァったく。酷い目にあったものですねえ!ねえローガンさァん、聞いてます!?」
「おうおうフレンドリー……グロッキーにも程があるだろうがよ……」
仮称メイドロボットに引き連れられ、この近未来都市では珍しい木造の屋敷に入ってきた二人。記者を名乗る男と、金髪碧眼を煌めかせる美青年である。
噛み合わない会話をする彼らは、今からが仕事の本番であることを思い出し辟易とする。今回の仕事は大変になるという″ボス″の言葉に、不思議なところで納得を覚えるローガンであった。
「はてさて、この壊れかけロボットちゃァんに着いてきたは良いものの。リッツの兄貴はこんな、変な趣味は持ってなかった気がするんですがァね?」
不意に、長い回廊を歩いていた二人の一人がが言葉を発する。サムのその発言は、異様に長い通路を歩いていたローガンの疑心に油を注ぎ、激しく燃え上がらせることとなる。
「サム、さん?そういうことは先に言って欲しかったかも。」
違和感。そも、反社会勢力とはいえゴルゴンというのはかなりのビッグネーム。兵士として働いていたローガンはともかく、一般市民ですらその名前を知っているような組織なのだ。
ソレを招待するというのに、あのような劣悪な乗り物──乗り物と呼んでいいのかすら定かではない──を用意するだろうか?
「サムさ……サム。そのリッツの兄貴とやらはこんなデカい木造の屋敷に住んでたのか?」
「いいえ?彼の副拠点はァありふれた雑居ビルの一角、間違ってもこんなふざけた屋敷ではありまァせんよ。」
「……じゃあなんでコレに着いてきたんだ?」
コレ、と言いながら案内人のロボットを指差すローガン。キョトンとした顔、のようなパーツを動かしながら、恐らく笑っているであろう機械。サムはそれを横目に満面の笑みを浮かべながら、耳を疑う様なことを言い放った。
「だって、明らかに面白そうですもんね!私は記者なんてやってますがァ、実際はこのあァりえないSF都市で、面白いことに遭遇したかっただけなんです!」
呆れ返るようなセリフを聞いて、ローガン・コリンズは天を仰いだ。
「先に言えよ、それこそさ……」
▷西区▷中層▷サヴェルス副拠点:食堂『サヴェルス・リチャードソン』
コンコン、トントン、カツカツと。不機嫌を隠しもしない顔で、強面の男が机を叩いていた。
その視線は時計と手元の機器を往復しており、1往復する度に益々顔が歪められていく。
悪鬼もかくや、と言うべき表情になる寸前、彼のいる部屋のドアがノックされた。
「んん……どうぞ。」
「失礼ェ致します、Mr.サヴェルス。ちょおっとばかり、ご相談があってェ参りました。」
開口一番そんなことを口にするのは、特徴の無い顔にお手本のような怪しい表情を貼り付けた一人の男。突然の訪問、その上この部屋の主に対してあまりに不遜な物言いだが、サヴェルス・リチャードソンは不機嫌そうに鼻を鳴らすだけでそれを止めはしなかった。
「相談、とは?話したまえ。聞いてやろう。」
「えェ、えェ、ご相談なのです、なのですよ。フレンドリーに、参りましょう?」
つらつらと言葉を並び立てる男が発した言葉は、部屋の主の顔色を一気に変えることになる。
「貴、様……!それが、どういう意味を孕むと……!」
「ああ、えェ、分かってェおりますとも。それでも、そうであるからこそご提案しているのでェす。」
怒りを通り越し、呆れと諦念に至ったリチャードソンは、軽く笑いながら了承した。
「私も、敵対組織共にはウンザリしていたんだ。特にあの、ゴルゴン。不本意だが……あれが潰せるなら貴様に託しても構わないだろう。」
「ありがとうございます、Mr.サヴェルス。それでェは、それでは」
「やれるものならやってみろ……あの猫の男を想定を超えられると言うのであれば、な。」
一息ついて、大きなため息も吐いて、それからリチャードソンは言葉をつけ加える。
「私は一切の責任を負わん。貴様の言うその人物と、貴様自身が全ての責任を取れ。私はあくまでも傍観者だ。」
「それェで全く構いませんとも。えェ、お任せ下さいな?」
「もう一度言う。やれるものなら、やってみろ。」
その言葉を背後に、闖入者は去っていった。リチャードソンは思う、アレがアレの想定を超えたなら構わないが、無理だった時の為の保身を用意しなくてはならないと。
あの薄気味の悪い記者を名乗る男が、失敗するとも思えなかったが。




