第六話 最初の日
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▷東区▷ローガン居室内『██・███████』
私だけを見て、あなただけを見て、私はあなただけを見て、あなたは私だけを見て、世界は私とあなただけで、あなたの世界は私だけで、私の世界はあなただけ。
私だけ、あなただけ、世界は緩んで、撓んで、弾けて、それから────
ストン、とは行かず。ぐり、ごり、と押し込むように彼の胸に突き刺したソレは、冷たく。しかして、彼の心の臓から与えられる熱を金属越しに感じて、流れ出る血液が私たちの世界を飾っていく。暖かく、優しく、美しく彩られた私たちの世界で、彼の顔がゆっくりと優しく微笑んで。
胸に突き刺さったその金属に、私はたしかに、灼き尽くような愛の熱を感じた。
▷東区▷ローガン居室内『ローガン・コリンズ』
「あー、あー、あー。はぁ。相変わらず、慣れないな。」
ローガン・コリンズ。2309年生まれ。20歳。職業は元軍人──表向きは学生だが、立派な反社会勢力と言えるだろう──ここまで治安が統制された時代に、あまり……いや、忌み嫌われるこのような立場に身を置いている現状には、足早に語るには勿体ないほどの理由が積まれている。
しかし、反社会勢力には反社会勢力なりの金の稼ぎ方と言うものがある。社会に反しているとはいえ、社会に身を置かねば人間の生命は立ち行かない。シノギ、とも呼ばれるような後暗いカネ稼ぎは、皮肉にも社会の一部として活動を続けているのだ。そうでなければ立ち行かない哀れな人々が同調し、今の今までも社会から溢れたモノたちの受け皿を作り上げている。
「それにしても、初なのに長仕事だったねぇ。まさかの1年、それも付きっきり。」
「本当にそうですよ……とんでもなく大変でしたね。これからの仕事もずっとこうなんですか?」
「いやぁ?今回みたいなのはレアケース。なんだったら、もう一年はかかるかなーと思ってたんだよ。君、人心掌握が上手いんだね。」
「褒められてる気がしませんね。」
そう言った青年は床にしゃがみこむと、この一年で使い古した殺意の結晶──包丁を持ち上げ、血の海に倒れる女の傍にゆっくりと置く。
少しばかりくすんでいたそれは今やローガンの血に染っており、年季ではありえない汚れを生み出している。
「……で、君。情が移ったかい?」
「まあ、多少は。そうでなきゃ殺せないんですから、仕方ないでしょう?」
微笑みながら血を吐くその女の頬を撫で、瞼を閉じさせる。彼の表情には紛れもない惜しみと、慈悲と、やるせなさが含まれていた。
「いやー、それを言われると返す言葉もないね。彼女、本当に面倒な能力者だった。君という奇跡の人材が見つかっていなかったら、この国の半分は戦火に焚かれて居たことだろう。」
「お世辞は良してください、ボス。貴方なら殺れないことは無かったでしょう?」
「うーん、君は何も分かっていない。神の力というのは相性ゲームなのさ。ジャンケンでどれだけプレイヤーが強かろうとも、グーを出した人間はパーを出した人間に勝てない。それが赤ん坊とプロレスラーであろうともね。」
少年は少し呼吸を挟んで、再び喋り始める。
「瞥神教。神に一瞥を与えられる事だけを望み、事実それを叶えながら都市を冒す猛毒。」
「俺達が覆すべき現政が抱える最大の盾にして矛であり、彼らの戦力をどれだけ削れるかが勝負の分かれ目……ですよね。」
「良く覚えているじゃないか、その通り。」
幾度か女の頬を撫でた青年は、ゆっくりと立ち上がる。それから、長い時を過ごしたその狭い部屋を一瞥し、ドアを開いて、閉じた。
「おや、ようやく出てきたね。別れは済んだかい?」
「……まあ、正直辛いですよ。定期連絡も無かったら本当に精神が壊れてたかもしれません。」
「そこで死んでたかもしれないって言えないのが君の辛いところだねぇ。」
部屋の外に待ち受けて居たのは、ローガン・コリンズの所属する反社会的組織の首領──猫の男、ボス、その他あらゆる名で呼ばれ、しかして本来の名を持たない少年。
「んで、話の続き。これは君も知っての通りだけど、彼女は君とかなーり似ている。精神性やら容姿ではなく、その能力が、だね。」
「死ねないっつうのは面倒なもんですよ、本当に。彼女の気持ちを、きっと俺だけは理解していたんでしょう。」
「ま、君に関しては僕たちに反抗すれば死ねるけどね……彼女の能力はふたつ。ひとつは愉快神の一瞥によって与えられた、心から他者を愛さねば死ねない力。ふたつは、正義神の一瞥によって与えられた、他者の吐く嘘が理解出来る力。」
「ほんと、何度聴いても酷い組み合わせですね。そのふたつの神、どっちも性格ねじ曲がってるんじゃないですか?」
溜息を吐いた青年を横目に、苦笑いを浮かべた少年は続ける。
「まあ、神なんてそんなものさ。──そして、彼女の生来の気質による人間不信、愛憎への飢え……言うなれば、メンヘラちゃんだね。」
「死なない。それは、それだけでとんでもない強さを持ちますからね。自暴自棄になった精神的に幼い女なんて、国が悪用したらどうなっていたことか。」
「その通り。そして、それを君が止めたわけだ。──彼女が求めて居たのは、自分の為に自分を殺してくれて、一緒に死んでくれる人。本心からそれを思い、私の為なら死んでくれると、嘘を見抜ける彼女に信じさせ、問題なく深い関係を築いて行ける人。君で無ければ、この仕事は達成出来なかったよ。」
「……それは、分かってますよ。」
数秒、沈黙が降りた。ローガンの沈痛な面持ちを見て、少年は申し訳なさげに口を開く。
「君は……気にしているんだろうね。でも、よく考えて見るべきだ。彼女と過ごしてみて、君は彼女が戦争に利用されて傷つかない人間だと思ったのかい?」
「いいえ、全くもって。彼女であれば、拷問でもされない限り闘いには手を貸さないでしょう。」
「だろう?」
少年の言葉を受けて、ローガンは再三言葉を反芻するように頷いた。その口が何度か、開かれ、閉じて、また開いて、言葉を発した。
「俺……俺がやったことは、確かに彼女を救ったんでしょうか?」
少年は答えず、しかして満足気な笑みを浮かべた。窓から差していた一筋の光が数瞬雲に多い隠され、瞬きの間に男たちの姿は消える。
その部屋に残されたのは、開いたままのドアと、血溜まりと、揺れるカーテン。そして、死体の傍に墓標のように突き立てられた、すり減った包丁。
彼らの生活が確かに存在したことを証明するかのように、数多の食材を刻んだ証を刀身に残すソレは、微かに鈍い輝きを反射していた。
「……嘘を見抜ける彼女が、君が実際には死ねない人間であることを知らなかったとは思えない。君は隠し通して任務を遂行したと思っていたのかもしれないが、その実。」
──君たちの間には、たしかに愛情やら信頼が、あったのかもしれないね。
ローガン・コリンズが東区某所の大学に潜入してから、1年が経った。暗殺──正確には″暗″である必要すらなかった──を完了する為に、彼はあらゆる手を弄した。
彼は相手からの信頼を得るために数ヶ月を費やしてターゲットに近付き、趣味嗜好や生活パターンすら似せた。その合間にもアリス・グレイによる訓練は続いていたが、任務の邪魔になると言って一時中断。結果ボスの想定を遥かに超える速度で、ターゲットの殺害に成功した。
彼の初仕事は、見事に成功を収めた形になる。
しかしながら、彼の長い人生は未だ始まったばかりである。アリス・グレイの訓練をすっぽかし続けてきたツケも、いつかこの組織そのものに反旗を翻す日も、連絡さえ取れなくなった恋人を取り戻す日も、彼はそれら全てに辿り着かなくてはならない。
その道筋が、どれ程に死と欺瞞に満ちていたとすれ、ローガン・コリンズの歩みは命を喪う程度では止まらないのだから。
EP.0〈常世り熾きる夜の雲雀〉End.
中々に駆け足でした。次話から第一章に入りますが、同時に更新ペースが毎週水/土に変更となります。よろしければ、ブックマーク登録等して頂けると泣いて喜びます。




