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ジンチクのススメ  作者: 夢似える
序章 常世り熾きる夜の雲雀
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第三話 深く刻む




▷北区▷【ビトレイ】第一教会『ローガン・コリンズ』


黒く染まり、覗き込んだならば吸われるかのような彼の瞳が、世界を睥睨する。ひとつ、ひとつなど見ていられない。瞳が2つであるが故に足りぬと言うなら、それを増やせばいいではないか。


「5年振り近いけど……やっぱり視界が増えるっていうのは疲れる……!」


彼の周りに蠢くのは、瞳と同じ色を持った触手。その先端には爛々と輝く蒼き瞳──変化する前に有った彼の瞳と寸分違わぬ色──が載っており、ソレは彼の意志に完璧に従い、スムーズに動き回っている。

9本のそれは違わず全ての区を監視しており、それら全ての人々の動きを完全に把握する。


苦しんでいるように呻くローガン本人は、その両の瞳を閉じたまま。ぬるりと蠢きながら監視する触手達の観る世界は、ローガンただ一人が処理している。それは一般的な人間4人強にも相当する圧倒的な情報量。1人の人間がマトモに耐えられるものでは無い。


故に彼は情報を絞った。視界の全てを処理するのではなく、動いているものだけを。音を切り離し、匂いを切り離し、触覚を切り離し、虚空の中で視界だけに集中した。




それから何分経っただろうか、彼の瞳は異常のひとつも捉えることはなく、その集中力は少しづつ衰えて来ていた。触手たちは力を失ったようにへたり、爛々と輝いていた瞳は少しづつ輝きを失っていく。


それもそうだろう、彼は異常な力を持ってこそいるが、その内面は唯の青年でしか無いのだから。大半の人間が諸手を挙げて投降するような情報処理を、長時間続けることなど出来るはずもなく。


「っぐぅ……何の動きも無いし……!そろ、そろ良くないか……?」


体を何度かうねらせ、痛みに耐えるように顔を顰めるローガン。口からは不定期に息が漏れ、それから何度か恨み言すらも放たれた。閉じられた瞼に熱が篭もり、赤熱した血液が血管を押し広げる。神経はひとつひとつ丹念に引き裂かれ、たらりと垂れた血液が口元を汚した。


その時だった。


リリリリ、リリリリ、リリリリ。


「ッ!?……おやっさん?」


リリリリ、リリリ。


耳朶を打つのは着信を知らせる音色。右腕のディスプレイに触手の一本を向ければ、彼の脳にはそこに表示される文字列が飛び込んでくる。


『ザビエル・グリーン』


それは確かに彼を引き取り育て上げた男の名であり、彼が″おやっさん″と呼んで敬愛する人物の名であった。

極限の痛み、神経への拷問とも呼べる苦節の中にあった彼に与えられたそのコールは、乾涸びた魚に与えられる水よりも遥かに、魅力的に見えただろう。

故に、彼はほんの迷いすら見せずに触手を収納。流れるように右腕の端末を叩いて、その呼出に応えた。


「ローガン!!いいか、よく聞けッ!」


「……はァっ、はッ……」


ぷつり、と極度の緊張、その糸が解ける音がした。誰が見ても分かるほどに体を弛緩させ、犬のように息を整えようと吸って吐く。


軽く怒鳴るような余裕のない声。しかし、年配の人間が醸し出す老練な──若しくは安心感のある──声は、乾涸びたローガンの精神に染み渡る。


「いいか、返事を聞いている余裕は無い。今すぐ監視を解いて、北東区に来るんだ!一刻の猶予もない、お前の力が必要なんだッ!」


電話口からは金属同士がぶつかり合うような音が響き、何故か時折意味のわからない音さえも聞こえてくる。かなりの戦乱、その最中にあると確信したローガンは、返事をする事も続きを待つ事も無く通信を切断した。


「……ふっ、ぅ、はっ、よし、よし。息は整った、懸念は無い。いざという時の為に今まで生きてきたんだ。俺がなんの役に経つかも分からないけど、今は」


立ち上がったローガンは、部屋の戸を押し開けた。普段よりも大きな音を立てながら、乱雑な足取りで階段を降る。今この瞬間だけは、自身の職場が屋根裏にあることを恨みたいとすら感じていた。古い階段は軋みながら軽い体重を受け止め、1段飛ばしに彼は降りてゆく。


妙に長く感じる階段を駆け下りた彼は、そのまま教会の出入口に向かって駆けてゆく。シスターがお辞儀をしているのにすら気付かず、風圧でその服を靡かせながら彼は走り去った。


「行ってらっしゃ〜い!」


背中に微かな声を聞いて、一層力の籠った足で地面を蹴りながら。




▷北区▷【ビトレイ】第一教会『█████』


「……行ったか?」


『行ったか?じゃねぇよ。行ってないなら喋んな、バレるだろ』


「ああもう、風情とか知らないのかな!行ったよ、行った!」


『あいよ、了解。そしたらお前も撤退しな、ソコは危険だ』


「危険〜〜?危険とは程遠そうだけどなぁ!マジでウチの拠点の方がよっぽど危険そうだよ〜!!」


『御託は結構、お前だって分かってるだろ。ほら、次の仕事だ』


「……ハイハイ、通信切断」


「はぁ……ま、いっか」


ぐしゃり、と煙草が踏み潰された。




▷東区▷喫茶:CATA Coffee『サム・ミラー』


「はァ〜〜!?」


ガタリ、と椅子を蹴って立ち上がったその男に、静かな店内から冷めた目が向けられる。

気まずそうにゆっくりと座り直した男は、再び通話先に対して問い掛けを──今度はいくらばかりか静かに──行った。


「オイオイ、それがホントなら特大スクープだけどよ、確証はあァんのか確証はァ……?」


興奮した面持ちで問い掛ける男の眼には、きっと$か何かが映っている事だろう。隙間無く口に甘いものを詰め込んでは、鼻息荒く問い掛ける男。通話先から何かしらの返答が与えられると、再び音を立てながら立ち上がる。


「よっし、今から北東区へGO!」


お昼時のカフェに、興奮した男の声と机を殴る音が響いた。それから、謝罪する男の声も。




「はてさて、北東区にやって来たはァ良いものの。国家公認記者とはァ言えど……流石の北東区じゃァ入れる場所も限られてる」


北東区は言うなれば来賓を饗す為の場。勿論記者に居場所はあるが、それは魅せる場だけの話。この男の求めるようなスクープは、俗に言う「裏」に隠されている事だろう。


国家公認の人間が反旗を翻すのは、当たり前のように国家である。見つかれば資格剥奪、そのまま「行方不明」になることも有り得る蛮勇な賭け。ソレを$眼の男が恐れるはずも無く、彼は地面に設置されたマンホールに目を向けた。


「ミッション・インポッシブル……行ってやるかァ!」


国家権力の印である半透明のキーカード。男がするりとホログラムにソレを翳すと、ほんの少しの駆動音を鳴らしながら地下への道が開かれる。マンホールの全面に薄く点滅する『サム・ミラー』の文字を横目に、彼はゆっくりと沈んで行った。







▷北区▷都市部『ローガン・コリンズ』


「はっ……はっ……はっ。」


軽く息を切らしながら、一人の少年が街を駆ける。立体的構造の街並みを駆け下り、昇り、時にはサイバーレールを滑りながら、工事現場を足蹴にしながら。


それを見上げる人々の瞳が幾度か煌めき、次の瞬間にはSNSにその光景がアップされる。


それを見てボヤく人もいれば、面白そうと目を輝かせる人もいる。やらかしてくれたな、と青筋を浮かべる人もいれば、やってくれたな、と口を歪める人もいる。


この世界、この都市の開けた空間において、プライバシーというものは仕事をしない。残業ばりに働いていた旧時代と異なり、今やノルマ業務すら怠る始末だ。

徹底された情報化社会。その中では物理的な貨幣は意味を成さず、実在する物体の持つ価値はコレクト以外に無くなってすらいる。インターネットを蔓延る監視は、そのまま日常の全てを見張ることと同義にさえ、なった。


走る少年の顔を写すライブカメラは、そのままインターネットを走り抜け、とある男の耳に飛び込む。


その男は数瞬考え込んでから振り返り、モニターの逆光で黒く沈んだ顔で言う。


「ボス、ターゲットが間もなく到着します。そろそろ準備を……ボス?」


男がボスと呼んだ小さな少年は、手元で何かをかちゃかちゃと弄りながら動かない。


「ボス?ああもう、何やってるんですか!」


男は少年の手元をすっと覗き込むと、次の瞬間には呆れ顔でその端末を奪い去った。


「あぁ!もうちょっとでクリア出来たのに!」


「ボス!仕事ですよ!あの人を足止め出来るのは貴方ぐらいなんですから、シャンとしてください!」


端末──赤青を携えるゲーム機の中で、ドット調のキャラ達が死を迎える。それを横目で少しばかり覗いてから、説教を受けた少年は不満顔で宣った。


「ボクだって刻ちゃんを押しとどめておくの大変なんだよ?少しの息抜きぐらい許してくれたって良くなーい?」


「ダメです。そもそも、ターゲットがここにいる時点で仕事の時間ですよ。」


「ちぇっ、脚が速いことで。まー、仕方ないか。」


一変、狂気すら感じさせる笑みを浮かべた少年は、すっくと立ち上がると伸びをする。そして、傍の机に置いてあったソレを手に取り、嵌め込む。


右腕と一体化した金属は薄い駆動音を立てながら少年と共に動き、その中からは純白色の猫がぬるりと湧き出す。確実にマトモな生物では無いソレを肩に乗せ、最悪の指揮者が都市に牙を剥いた。


「さて、数十年の雌伏は終わりだ。反撃と行こうじゃないか、ゴルゴン?」







▷北東区▷ホテル・アンジェリオン:三階エントランス『ザビエル・グリーン』



「ザビエル!お前、その情報はほんとなんだろうな!虚偽の申告でこんだけの兵隊を集めさせたなら、殺されたって文句は言えねぇぜ。」


「分かってますよ、隊長殿。まず間違いなく行動は起こりますから、その時に備えて休んでいて下さい。」


「チッ、聞いてすら居ねぇな。おい!そこのお前!茶ぁ買ってこい。」


慌てて立ち上がった一兵卒が部屋を出ると、その男はどかっと段差に腰掛けた。懐からタバコを一本取り出すと、指先から出した火で点火する。


その様子を憂鬱そうに、またどこか遠くを見るように眺めるのは一人の男──おやっさんことザビエル・グリーンだ。


彼にとって息子にも等しいローガンの訴え。あれから連絡は一切行っていないが、彼は問題なく使命を遂行したのだろうか。そんな考えが脳髄を暫く巡った後に、答えの出ない問いは霞となって消えていった。


再び白紙化された彼の脳に、一兵卒達の会話が飛び込んでくる。


「まー、今回の任務は勝ち戦だな。」


「ほぅ、そりゃまたどーして?」


「どーしてってぇ、お前、知らねぇのか?今回の招集、あの刻ちゃんが来てるんだよ!」


「マジか?ははは、そいつぁまた温い任務だなぁ!これで負けたら、それこそ国の危機と同義だろ。」


「ま、上の階の奴らは大変だろうな。隊長は無能だし、メンツもろくなもんじゃねえしな。生きてたら飯でも奢ってやろうぜ。」


「ははは、流石に言い過ぎだろ。上の奴らは貴賓だぜ?そもそもこの場所を突破しないままに高層階を直接襲うのは無理だろ。」


刻。その単語について思いを馳せる事がザビエルにはかなりあったが、その思考は強引にも断ち切られることになる。


がたり。


「おお、遅かったじゃねぇか!茶は?」


がこん、ゥィィ。


「……?待て、誰だお前は?」


かたり。


「……総員、銃を持て。」


コツ、コツ、コツ。


平穏だったエントランスに緊張が走り抜ける。兵達は震える指で銃を握り、ドアに向けて構えた。


ザビエルは思う、あの一兵卒はここまで背が低かっただろうか?彼は隊長の叫ぶ通りに銃に指をかけ、セーフティを外した。


そして、半透明なドアが開いた。


「はぁ〜い、こんにちは。そしてさようなら。」


現れたのは、猫を携えた鉄腕の少年。そして、ソレが振り上げた鎌をぬるりと落とす。


「総員!あのガキに向けて発砲ーーーッ!」


残念ながら、その判断は数瞬遅かったと言うざるを得ないだろう。彼らに勝機があったとするならば、人影が見えた時点で全力で発砲することだったのだ。


次の瞬間、その場にいた過半数の人間は永遠にその心臓を停止した。


「ボス、そこはギリギリおはようじゃないですか?常昼の国と言えど、生活サイクルはあるんですから。」


「細かいことはいいの!んなことより、こんなに耐性持ち多かったっけ?半分しか死んでないよ。」


背の低い少年、そして彼に傅く一人の大男。何十人もの命を奪って起きながら、ごく自然体に彼らは宣う。


「隊長!隊長!起きて下さい、隊長!」


一兵卒の悲痛な叫びが響き渡り、呆然としていた兵士たちは発砲を再開する。決死の表情で引き金を絞る彼らに対し、少年達は欠伸をしながら弾丸を眺める。少年に向かって飛来したハズの弾丸は全て逸れていき、更には壁や天井を跳ね返り射手の脳髄を撒き散らした。


ザビエルは考える、この状況をどうにかする方法を。隊長は死に、副隊長は跳弾で肺を貫かれ瀕死。生き残っていた兵士達も運悪く半数以上が戦闘不能。


「……どうする、どうする、どうする。」


彼の頭に幾通りもの解決策が浮かんでは消える。その瞳は忙しなくホール内を見渡し、遮蔽からゆっくりと顔を出して少年を観察する。


目が合った。


「あぁ……耐性持ち、それどころか付与持ちか、キミ。だから死者が少なかったんだねぇ」


少年がその鉄腕をザビエルに向ける。カチャリと不穏な金属音を立てながら、その内側から物騒な銃身が姿を現した。


「じゃ、さよな……」


「まぁ、待ってくれませんか?」


絶望が支配するエントランスに、一人の女性が入り込んだ。桃色の髪を肩まで伸ばし、決して高いとは言えない身長をもった女性。一見すれば、なぜこんな場に現れたか理解すら出来ないような外見。


「この刀は三千の歳月を経た。」


独り言をよく通る声で呟きながら、その女はゆっくりと歩いていく。


「其の刀は燦然の萬月の下。」


ごく自然体に少年の目前まで迫ったその女は、ゆるりとその得物を抜き放つ。


「ボス、本番ですよ。貴方が押し止められるかどうか、それで全てが決まるんですから。」


殆どの兵士や警備員がライトロッドや電撃銃を持ち合わせているこの都市にて、鋼鉄の塊を用いながら最高戦力の一人に数えられるその女。


「いやー、マジかぁ。前より強そうじゃん、刻ちゃん。」


刻、とそう呼ばれるバケモノが、今この瞬間に、バケモノに対して牙を剥いた。







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