第七話 これから幾度
▷?
彼の意識は薄れ、幾度も見たソレへと突入する。極彩色の世界に意識が流れ込む。
境界を破るように、膜を突き抜けるように、意識が撓む。貫いたそれが昇り、堕とされ、波濤に巻かれ、虹色の波間を揺蕩って行く。
幾度も見たそれ。彼にとっては数度目の死。巡る輪廻の中で、彼女の意識は自我を保ったまま流れる。
誰かの意識と融合し、触れ合い、溶け合い、戻り、離れ、彼は──貴方、私は誰だか知っている?
やがて僕は拾い上げられる、輪廻を断ち切るその腕に。俺はそれに逆らえず、逆らわず、あるべき輪廻から遠ざかっていく。
其は──我は、一体何を見ていたのだろう。
優しく、荒々しく、それは容赦も遠慮もなく私を拾い上げる。機械的に、呆れるように、宥めるように、あなたは外れた世界に叩き込まれる。君は宙を漂っている。
ワタシはそれを知っている。ああ、ああ、それはまるで!
──時に、君は知っているか?
乱暴に、乱雑に、吾は輪廻を外れた。──そうはならなかったのだ。
それでこの話はもう、終わりなのだよ。
▷西区▷██▷█████ ██『ローガン・コリンズ』
「わァ〜!すごいですねえ!ねえねえローガンさァん?見てます!?すごぉいですよ〜?」
「…………俺たち、初対面だよな?」
「はァい?そうですねえ。ただまァ、記者ってのはフレンドリーに接してこその職業ですからァ。フレンドリー!」
「おう、フレンドリー……」
苦笑い……どころか、迷惑げな顔をして笑うのはローガン。そしてその迷惑げを生み出した男──サムが、楽しそうに笑いながら言う。
「あァ、そういえば私、自己紹介してませんでしたね。私の名前はサム・ミラー。この【E.2.U.D】においてあらゆる闇を暴き!あらゆる富を得んとする!究極の記者!です。よろしくお願い致しますねえ?」
サム・ミラーと名乗った長身の男は、その特徴のない顔に、一度見たら忘れないほどに怪しげな、見覚えのある笑みを貼り付けた。
「……サムさん。かなりカッコつけた自己紹介してるところ申し訳ないけど、俺たち縛られてるから、あんま格好よくねえよ。」
なお、その身を拘束具のようなベルトでギチギチに縛られた状態で、と注釈を付けるが。男二人が狭苦しい密室で拘束されている。絵面だけ見れば酷い有様だ。──何処か、慣れ親しんだような。
「それは言わァないお約束でしょう!1432回目ですよ!」
「そこまで聞いてねえよ……」
サム・ミラーは、何処かを眺めている。目の前で吐きそうな顔を堪えているローガン、若しくは……その先に、前回の──いつかの彼を見ているのだろうか。
ローガンがその視線に気付くことはなく、彼らを運ぶコンテナは、これまで通りに荒れた運転で進んで行った。
▷いつか『█████・███』
彼らが屋敷に閉じ込められ、デスゲームに強制参加──強制でないデスゲームが存在するのかは甚だ疑問ではあるが──させられてから、約二日が経過した。
少年少女三名は、その異様な強さを以て屋敷の覇者となっていた。各地の強者達が集められていたようであるが、そも、三人もまた生半可ではない強者である故に、問題なく生存を続けていた。
しかし、そんな彼らの前に大きな壁が立ち塞がる。その女は……彼女は、緑の長髪に異様な能力を扱う、恐ろしいまでの強者であった。
「アハッ。」
「ッらぁ……!████!」
「了……ッ解!血筵!」
「私が、守ります!やってください!」
防ぎ、御す。深紅の髪を揺らす男は、二人の仲間に向けられる無数の殺意を捌き切る。腕で、脚で、その肉体で、ブレイクダンスも真っ青になるような、縦横無尽の挙動を以て。
それにより生まれた隙に、金髪の少女が攻撃を捩じ込む。赤黒く、粘性のある液体が鋭利に変形し、敵の身体を刺し貫いていく。全身を刺し貫かれ、世界に縫いとめられた彼女を前に、少女は声を張り上げる。
「ッチ……!クソ、離せ!」
「今!やって、████!」
「任せろ!」
その声を受けて、銀髪の少年がその腕を振りかぶる。それは暗黒の波動──黒い光のような何かに包まれており、明らかな威力の高まりを知覚させる。大振りに打ち抜かれた拳は、違うことなく緑髪の女に命中し、その頬骨を変形させながら首をへし折る。
「ァア……ッ……ァハッ」
断末魔の悲鳴を上げながらも、緑髪の女はその腕を伸ばそうとする。それが指を指す形に曲げられようとして──成せずに、彼女の身体から力が失われた。
「やった……?OK、死んでる。」
金髪の少女がその亡骸を確認し、確かにその生命が停止していると判明させる。少女からの吉報を聞いた瞬間、男二人はドッと疲れが押し寄せたかのようにその全身から力を抜いた。
「はぁ〜〜……疲れた〜〜!」
「ええ、本当に……本当に疲れました。」
「……流石に弱すぎでしょ。私、まだそこまで疲れてないよ。」
「████さんがおかしいんですよ!?一時間近く綱渡りのような闘いを続けていたら、常人は心労でぶっ壊れますって!」
「誠に……同感……!バカスタミナ女め……」
気を抜ききった三人は、仲睦まじげに会話を連ねる。事実、彼ら三人は生まれ育った時からの連れ立ちである。個々人の力では他参加者に劣ろうとも、誰が信頼出来るか分からないこの屋敷に於いて、確実に裏切らない仲間がいると言うのは強い力となっていた。
三人は、懐から取り出した──食堂からくすねた──保存食を取り出し、適当に食し始める。そんな彼らを邪魔するものはおらず、三人は束の間の休息を楽しんでいった。
▷西区▷██▷█████ 書庫『ローガン・コリンズ』
静寂。若しくは、何者かが本を捲る音。ペラり、というよりは、しゃらり、と呼ぶべきか。音を立てないように、最新の注意を払っているような、そんな音。
司書の人……ソレを人と呼ぶには些か無理があるが、異様な実力を持つアレが見張っている限り、この部屋で戦いが起きることはない。
ローガンは、サムからの助言で、二人揃って書斎を漁っていた。運が良ければ、何かしら屋敷についての情報が拾えるかもしれない。それは本そのものであったり、司書であったり、それから──
「……見つけた。サム、こっちだ。」
「おやァ。ふむ、ガァチで何も見えませんね!本当に居るんですかァ?幽霊なんて。」
「幽霊……というには違うか。屋敷に染み付いた過去、を観れるんだよ俺の目は。」
「ふぅむ……ま、分かりませんがァ。手がかりになるんであればァ構いませんよ?」
ローガンの瞳に映っているのは、同じ行動を繰り返す半透明の人影。それは書棚の影にしゃがみこんで、ひとつの本に手を掛ける。本を開くようにぼやけた手を動かし……何かを書き込むように挙動を重ねる。
「そこの……書棚の裏側だ。そこにしゃがみ込んでる。」
「ふぅむ、分ァからないので、取ってきて貰えます?」
今更だな……と思考しながら、彼はしゃがみ込んで、過去の想影が手を掛ける本を抜き取る。
その本の表紙は……軽く汚れながらも、綺麗に整えられており、そう昔ではない時期に手入れが成されていたことがわかる。
ローガンは幽霊が持っている本とそれを見比べ、間違いなく同様の本であることを確認した。それから、微かに積もる埃をそっと拭って、題名に目を向ける。
「この本……だな。題は……叛逆の兵法?」
「──叛逆、ですか。それはそれはァまたァ……」
サムの吐く、感慨深げな息。それに気付きながらも、ローガンは黙って書物を広げた。
「内容は……普通の本だな。数節に分けられて、かつての兵法……主に下克上に関わる物が記されている。」
ぺらり、と本を捲りながら、ローガンはその内容を読み込んでいく。後ろからその様子に目を向けていたサムが、あっと声を発した。
「ァあ?このページ、分かりづらいですけど、一ページ千切られてません?」
「本当だ。……というか、別の内容に差し替えられてないか?──屋敷はひとつに在らず、偏在するひとつにして有。」
「うーん、意味不明ですねえ!ただまァ、この内容の中に突然屋敷などという記述がァ出てくるのは不自然です。ほぼ間違いなァく……その幽霊が書き記した、この屋ァ敷についての話でしょう。」
「だな。一旦この本は持ち出すとして……屋敷中見て回って幽霊が居たのもここだけだ。これからどうする?」
「そうですねえ、一回部屋に戻りますかァ。今回の──今の状況を確認しておきたいです。」
「賛成。じゃあ戻るか。」
彼がよっこらせ、と体を持ち上げる。しゃがんでいた体勢から復帰すると、若干ふらついて本棚に肩をぶつける。ガン!とそこそこの音が鳴り、司書に睨まれるも、ふたりは肩を縮こませてその場を後にした。
司書は、本が抜けて傾いた書列を睨みつけていた。それから、読んでいた本を畳むと、ひとつ呟いてから体を起こす。
「……彼ら……いえ、特徴の無い男の方ですね。あれは確実に……わたしの戦闘力を知っている。つまり最低でも、クラッドが狂う以前からここに居て──そして、記憶を継いでいる。」
彼ならば、もしかしたら。そう呟いて、司書のソレ……下半身が芋虫と化した女は、ふたりを追うように書斎を後にした。




