第六話 常々
▷西区▷上層▷第七住宅街▷モラトリウス家別宅『アリス・グレイ』
アリスと寿々子は、第七住宅街に存在している家に聞き込みを行っていた。時には偽装身分で、時には色仕掛け──寿々子はかなりの頻度で疑われた──で、かなりの件数の聞き込みをスムーズに完了させた。その結果、とても有力な手掛かりを手にすることになる。
「謎の廊下荒らし事件は、モラトリウス邸宅に限った話では無かった。他の貴族別宅は国立警備隊に依頼していたり、現地の警察に依頼していたりと、マトモな手段を取っている人が多かった……」
「ボス……ひいてやハンクがこれに気付いてない訳もないし、また試されてたのかもね〜」
「続き。廊下だけが荒らされていると言っても状況は様々で、ただ足跡が付いているだけの場所もあれば、銃撃戦があったかのように大量の薬莢や弾丸が残されている場所もあった。」
「やけにアルコール臭い廊下もあったし、その場所は割れたガラスまみれだったし……犯人はアル中の癇癪持ち?」
「おバカ。もしそうだったとしても、その想定にはほとんど意味が無いんだよ。問題はたった一つ。」
二人の少女は、息を合わせて同じ言葉を発する。即ち、『人間の痕跡が全くない。』間接的に人間が関わっ他であろうものこそあれど、DNAを取れるような物が一切見つからない。あれだけの銃撃痕が残っているというのに、その音を聴いた者のひとりも存在していない。その上、血液、血痕は多少の掃除で拭えるものではない。それらを乗り越えたとしても、髪や皮膚片のひとつも見つからないというのは、尋常の出来事ではない。
「はてさて、そうなると気になるのは弾丸の解析結果ね。どうせもう終わってるんでしょ?見せて!」
「んー、あんまり参考にはならないよ。たぶん、この弾丸はずっと前からモラトリウス邸にあったんだと思う。なんてったって、解析の結果、」
──この弾丸が発射されたのは、10年以上も前なんだ。
「……ここでの行動は終了となります。監視設備、及び人員の配置は行いましたが、これ以上ここで調査しても分かることは無いと判断致しました。」
『ふーむ……分かった。構わんよ。元より、意味の分からない案件であったのだ。裏切る心配のない相手に監視してもらえるだけで、それはもう有難いというものよ。ではゴルゴンの少女よ、今後ともよしなに頼むぞ。』
「はい、それでは。」
少女と髭面の男性は、ホログラム越しに言葉を交わす。数度話を重ねて、その通話は別れの挨拶をもって切断とされた。
消えたホログラムの残滓を眺めながら、肩から力を抜いた少女は伸びをする。緩みきった表情は、比例するように直前までの緊張を表していた。
「ねー!ボスから連絡!任務お疲れ様報酬で、その辺のごはん一食奢るってさ!」
「ほんと?そも、あの人が外に出てくるの珍しいね。ま、奢りなら行こっか。」
仕事を終えた──それは打ち切りとでも呼ぶべき結果であったが──彼女たちは、気分良さげに邸宅を出る。謎は多く残されたが、それを気にするのは彼女たちではなくその上官に過ぎない。今はただ、給料が出ることを喜ぼう。そう声を上げて、寿々子は前を歩き出した。
▷いつか
その少女と少年は、長い旅をしていた。とある山道を歩いている途中で、疲れを訴えたのは華奢な少女。願いを叶えたいのはやまやまであったが、この辺りに休める場所などない──そう言おうとした時、少年は目前の屋敷に気付いたのである。
これ幸いと二人は屋敷に突入し、館の執事らしい胡散臭い男を懐柔して、一晩泊めてもらうことに成功した。
次の朝。疲労回復、元気満タンと言わんばかりに、意気揚々と屋敷のドアを叩いた二人の背中に、ひとつの声が掛けられる。
それは昨晩出会った執事であり、開かない屋敷の扉に疑問を抱いていた二人からすれば、やっと出られるのか!と顔を輝かせるに十分なものであった。
「お二人さァん、ここから出ェる事は出来まァせェんよ。私も納得してませェんがァ……」
だが、胡散臭い男は悪い報せを宣う。屋敷の主人からの一方的な宣告により、この館は、最後のひとりになるまで出られない、死の会場になったのだと。
少年少女は顔を見合わせる。そして、揃ってため息を吐く。──またこんなことか……と。
▷西区▷██▷█████書庫『ローガン・コリンズ』
「……はっ?」
居眠りをしていた青年は、その瞼を開いた。直前まで何かを思考していた気がする、しかし、それが何か分かることも無い、うざったい感覚。眠りから覚めたあとの数瞬だけ感じる、夢の続き──
数回目を擦ったローガンは、それらを忘れて立ち上がる。ガタン、と思いの外大きな音がなり、″司書″から冷たい目線が向けられる。肩を縮こませながら、彼は書斎を後にした。
彼らが屋敷を出ようと入口に向かったのは、約一時間程も前。どうあっても開かない扉を前に踵を帰し、一度食堂に戻った彼らを出迎えたのは三名のみ。オーディス&片西&ドーライヒのトリオである。イヴとライコニアはどこに行ったのか?そう問いかけるサムとローガンに、彼らは揃って首を振った。
分からない上、今居ないのであれば死亡、もしくはひとりが裏切って潜伏していると考えるべきである、と。片西の″イヴは裏切らない″という発言からも考えて、一同の結論は『ライコニア・BBが何かしらの要因で裏切った』となった。
「……手詰まりもいい所、だな……」
正規の手段で屋敷から脱出することは不可能。考えうる場所全てをサムと彼の二人で探索したが、件のメイドロボットを発見することもついぞ出来ず。裏切り者らしき人物はハッキリしたが、彼らからコンタクトを取ることも、ましてや殺すことなど到底出来やしない。
手を出せない。このままでは時間が経過し、あの手紙のルールに従って何名かを殺さなくてはならなくなる。停滞した状況の中、必死に策を考えるローガンの背中に、ひとつ声が掛けられる。
「ああ、ローガンさん。ここに居ましたか。」
「なん……サムか。出来ること無くなっちまって、考えてたところ。」
「それ、もう1431回は言ってませェんか?悩むのは大いに結ェ構ですが、ネェガティブになった所でどうにもなりませェんよ。」
「無駄に具体的な数字だな……とは言うけど、実際出来ることが何も──」
瞬間、轟音。数時間前に幾度か聞いた、破裂し吹き飛ぶその音。
爆音。それにより彼の発言は掻き消され、反射的に触腕を呼び出して盾にした彼の身体を暴威が襲う。中空を舞うガラスの破片、キラキラと輝きながら、内包する酒をばら撒きつつ破砕されたそれは、見覚えのあるもの。
「んあ〜、仕留め損なっちゃった。んま、弱そうだからいっか。」
直前までサムが立っていた場所にいるのは、見覚えのない一人の女。手に持つ酒瓶と同色の髪を靡かせながら、煙草を吹かして嗤う女。
煙草の煙……それから、爆風で起きた土煙。ローガンが口を開く前に、女はそれらに紛れて消える。水が水に溶け込むように、ごく自然に跡形もなく。
「クッソ……ヘルゲートさんを殺したのはこいつか?予兆が無さすぎる。顔の真横に、唐突にビンが湧いて……」
迷わず、彼は自身の小指を切り落とす。触手の先に持たせたナイフが寸分違わずそれを成し、同時に彼の嗅覚が機能を停止。そして、彼の残った三つの感覚、並びに触手の出力が倍倍以上に研ぎ澄まされる。
現状で対応出来ないのなら、対応できるところまで強化すればいい。ローガン・コリンズの能力、【削ぎ落とす肢体】には、それが出来る。しかし、それでも見えない。殺意も、視線も見えるはずの瞳は、目前で掻き消えた女の痕跡を見つけ出すことができない。
「正面から見切ってやる。」
故に、強引な手段を取ることにした。
彼の周囲、立ち上った八本の触手。その先端には碧眼が浮き上がっており、自身の身体、その周りを俯瞰して監視する。さらに、薄く、細く張り巡らせた触手には触覚を転写。触れれば確実に、そこに何かが起きたことが即座にわかるセンサー。
それに、ひとつの反応が触れる。形状は酒瓶。視覚で見えているのも同様。彼は即座に、余っている触手を収縮して盾のように構えた。
しかしそれは起爆せず、カラン!と軽快な音を立てて地面に衝突。推測と違う事態に彼が訝しんでいると、それとは逆の方向、その視界に新たな違和感。
煙草の吸殻……火のついたそれが地面に捨てられている。分からない行動、不明な意図。油断なく触手を構え、自身は動くことなく周囲全てを睥睨するローガン。閉じ切られた瞳も、顔も、強ばることなく自然体に。一年前よりもなお高度なことをやってのけながら、成長した彼は顔色ひとつ変えず構えを維持する。
ローガン・コリンズの強みは、待ちである。【切り落とす肢体】による、五感、反応速度、触手の出力の増加。そして、生来持つ圧倒的な視力。付け焼き刃の武術や銃器よりも、本能のままに操れる触手で相手の動きを全て潰し、上から叩きのめす。彼は、そういった戦い方を好む。
運が無かったのは、それだろう。
「……ん……?」
彼が違和感に気付いた時、時は既に遅かった。煙草の煙が空間を見たし、煙るそれが異臭を発していようとも、嗅覚を早々に切り捨てた彼がそれに気づくことは無い。
「……な……あ」
彼が最初に感じたのは、恐ろしく強い倦怠感。触手を制御するどころか、本来の瞳を動かすことすら難しいような、眠気にも、甘い気絶にも近しいような怠さ。意識が蕩けて、乱立する触手も解けて、随分とあっけなく、彼は地に伏した。
それから数分、完全に彼の動きが停止してから、一人の女が姿を表した。酒瓶に瓜二つな、濁った緑色の髪。美しいロング……と呼ぶよりは、不精に伸ばされたその髪。煙草を加え、酒を煽るのは明らかに未成熟な幼顔。
「んあー、やっと倒れた?この毒、割と匂い強いから逃げられると思ったんだけど……んま、気にしない気にしない。」
ローガンは殆ど気にして居なかったが、その声もまた明らかな少女のものである。彼女はゆっくりと倒れ伏すローガンに近寄ると、その背中に酒瓶を乗せて離れていく。しばらく距離を取ってから、酒瓶に向けてパチン!と指を鳴らした。炸裂する轟音、吹き荒ぶ煌めきは周囲にあるものをズタズタに引き裂いていき、それには彼の肉体も含まれている。
ローガン・コリンズは命を落とした。遅効性の毒によりその意識を落とされ、炸裂した殺意により体を切り刻まれて。それを成した女の名は、畠中なぎさ。不承不承に不精、卑小、気だるげに酒瓶を傾ける少女は、振り返ることもなくその場を後にする。
残されたのは、最早肉塊と化したローガンの痕だけであった。
▷西区▷██▷█████廊下『サム・ミラー』
サム、交代ですよ。彼が死にました。そろそろ、動き出した黒杖、それから酒の少女に全滅させられるころでしょう。今回は……途中で途切れていなければ、1431回目ですね。少女たちの勧誘はどこまで?……了解しました。では、そちらを引継ぎます。──どうにか、どうにか──
希望は彼らだけです。私では力が及ばず、この屋敷に連れ込めるのは後数人。『暴君』は封殺され、『道化』は動かず、『蛮人』は死に、『絶影』も然り。『司書』は非干渉を貫き、『絶望』と『黒杖』、『罪人』は常に笑い続ける。
成しますよ。壊すのです。絶対に。




