第五話 脆い硝子
▷西区▷中層▷█████食堂『ローガン・コリンズ』
「なんだ!?」
爆音が聞こえ始めたその瞬間。一拍反応が遅れたローガンを含め、戦闘慣れしている四名がその手に武器を携えて、扉へとそれを向けた。
吹き上がる土煙を、各々目を細めて耐えること暫し。戦い慣れていない面々も含めて構えを済ませた頃、晴れた煙の中からボロボロの男が姿を現した。
半裸の上半身はその筋肉を膨れ上がらせており、床にはその体から垂れる血が溜まっている。重い負傷をしているように見えるにも関わらず、蛮人はその両足を地につけて、直立不動で目前を睨んでいた。
「敵襲、か?」
「分ァかりませんねえ。この状況では何も信じられなァいですからァ。」
最悪、ヘルゲートの自作自演である可能性すらある……と言葉を続けようとした時、状況が動いた。彼の周りに滞留していた土煙が突風によって完全に晴れ、爆心地周辺の様子がローガン達の目にも映ることになる。
食堂や客室、書斎などの部屋の内装と比べると、不自然なまでに小綺麗な廊下。先程彼が通った時、その場所に抱いた感想はそれであった。
今の様子はどうだろうか。吹き飛んだ調度品、めくれ上がった壁紙、そして大量にガラス片が突き刺さっている全ての面。まさに惨状と呼ぶに相応しい光景であった。その景色を見たローガンは気づく。こちら側にいる面々には、ヘルゲートの背中しか見えていない。あれだけのガラス片を含む爆風を受けた彼の正面は──それこそ、本当に命を保っているのだろうか?
「──ッてェなぁ!クソ、なんだってんだ!」
彼が大声を上げると同時に振り返った時、ローガンは思わず息を呑んだ。その身体の前面には大量のガラス片が──突き刺さってはいない。いや、確かに肌に刺さって出血はしているのだろう。しかし、あれほどの爆風で突き刺さったにしてはあまりにも浅い。彼が振り向く時に軽く叩いただけで、全ての破片はぽろぽろと落ちて行くほどに。
「あぁ!?一体どこのどい──」
瞬間、ローガンは見た。彼の顔、怒りに歪んだその顔面の真隣。数センチほどの位置に、突然現れた数本の酒瓶。一拍、彼が瞬きをするのとほぼ同時に、爆裂したそれがガラス片を撒き散らした。
「──伏せろ!」
ローガンは酒瓶が割れ始めた時点で、ほぼ真隣にいたサム目掛けて、出来る限りの速度で声を荒らげていた。それを聞き、迷いもせずに五体投地したサム。及び既に伏せていたローガンは、その部屋を襲った脅威をほとんど受けずに済むことになる。
連続して数度、爆発音が響き渡る。先程の爆裂では一度しか聞こえなかったそれは、順当に考えるならば複数回の爆発が起きていると考えるべきだろう。幸いなのは、時間差で爆発、というよりはバースト射撃のような連打であったことだろう。
「っく……!」
「痛ッ、たいですねえ!」
「ん……」
対応が遅れた四名──うち二名は対応をする気すら無かった様だが──は、モロにその爆風を受けた。破裂する酒瓶、勢いのままに放たれる内容物とガラスの破片。それはライコニアの頬を掠め、オーディスの腕を切り裂き、片西暴楽の皮膚で停止する。
それに付随して、再び巻き起こった土煙が視界を覆い隠し、ローガンは舌打ちする。 彼の大きな取り柄である視力の強さ、それがこの惨状の元ではほとんど働いていない。
暫く彼が伏せたまま待機していると、急に巻き起こった風により煙が晴れる。この風も不自然であると彼は気づいたが、今はともかく原理不明の爆裂する酒瓶に対処しなければならない。
円卓の様子は、散々なものであった。古びていながらも整えられていた食堂は見る影もなく、ズタボロになった絨毯の模様からは爆心地が窺える。そこには全身を真紅に染めた人型が倒れており、ピクリとも動かないそれは既に死体であることだろう。
幸い──であるかはまだ分からないが──にも、今の爆裂において、円卓を囲っていたメンバーに死傷者は出なかった。オーディスは指が半ば千切れたものの、それも手馴れた様子で治療を済ませている。
「……落ち着いたか?クソ……ああ、なんなんだよこりゃ。」
「これまたァ……酷い、惨い死に方ですねえ。」
ローガンの目には完全にそれが映っていた。抉り飛ばされた皮膚、重点的に狙われたのか、無数のガラス片が突き刺さり、その内部は推し量ることしか出来ない頭部と胸部。肉すらも抉られ、その全身にはほとんど余すところなく緑色のガラス片が突き刺さっている。有名ビールブランドのロゴが、ぐちゃぐちゃに挽き回された胸部の真ん中に突き刺さっているのは、タチの悪い前衛芸術のようでもあった。
「……死体は放っておきましょうか。あの酒瓶爆弾の出現条件が、地雷のように特定の場所だった場合、近づけば二次災害を引き起こしかねませんわ。」
少女の口から、ゆっくりと鮮明に話される言葉を聞きながら、その場にいる人々は考えに耽る。
蛮人は沈んだ。誰の手によってそれが成されたのかも未だわからず、抵抗すら許されないままに。不穏で荒々しい空気が屋敷を包むのを、彼ら被害者たちは賢く悟った。
▷西区▷中層▷█████廊下『サム・ミラー』
その後、食堂にて解散と相成った彼ら。正体不明の何者かに命を狙われている以上、固まって行動するのが道理であったが、そこは人の性。勝手に行動し始める片西や道化、適当に歩き始めるサムに呆れ返ったイヴが、至極真っ当な──そして、残酷な提案をした。
『各々、2~3人のグループに分かれ、打開策を探るため屋敷を探索しよう。』
明らかに、サムその他の自由人に首輪を掛けるための苦肉の策、方弁である。しかし、屋敷の中に足りていない人間が居る以上、複数に分かれて探索を継続するというのは、あながち愚策とも言えないものであった。
「ローガンさァん、結局私たちは二人ですかァ?」
「文句言うなよ、あのメイドロボを見てたのが俺とサムだけなんだ。行きに通った廊下がどこかもよく分からないけど……なんとか探してみるしかない。」
「まァ、別に構いませんけどねえ。脳筋さんが死んでくれたので、時間的には最低1時間以上の猶予がある訳ですし。」
サム、ローガンのデュオ。彼らは二人、屋敷の入口目指して歩き始めていた。大人しく出られるなどとは考えていないが、何かしらの手がかり──デスゲームに参加せずとも脱出する方法──を見つけられないかと模索している。
ローガン個人の思想としては、出来る限り無為に殺人を犯したくは無かった。他に方法が無ければ行うが、彼は今でも死を恐れているが故に。
「にしたって、なんなんですかァね?デスゲームはまァ、そういう愉快犯の犯行とすれば分かりますけど。突然の酒爆弾に関してはァテロも良いところですよ!」
「テロそのもの、だよな。ヘルゲート……あの人はかなり強そうだっただけに、早々に死んだのは衝撃だった。」
情景を思い浮かべつつ、語り合う二人。しかし、ローガンの発言に対してサムが咄嗟に異を唱えた。
「え?いえ?あァの場では、脳筋さんはかァなり下の実力だったと思いまァすよ?」
「は?」
「恐らく、最も強いのが片西さん。次がライコニアさんで、その次がイヴ。私、ローガンさん、脳筋さんは横並び程度の実力だと思いますがァね。」
ローガンが納得するように頷くと、何かを閃いたように顔を上げる。それから口を開こうとして、状況の変化にその口を閉ざされた。
「ここがァ屋敷の入口……であってますよね?」
「……多分……?」
「疑問形にもなりますよねえ……」
そこにあったのは、開く様子もない一枚の巨大な壁であった。




