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しつこすぎるよ! わたしの『前世』  作者: ドコカノ クロコ
3/3

3話 振り返れば『わたし』がいる

ラストです。

シリアスさんちょっとだけ居座ります。



「うわー、やばいね」 『だよねぇ、これは酷い』

「再現したのアンタやん」 『そうだねー』




 狭いワンルーム。

 閉まりっぱなしのカーテン。

 脱いだ服で足の踏み場もない床。

 テーブルの上には、支払い前の請求書やら、

いつ書いたかも不明な走り書きの山。

 ベッドの上の寝具は人一人が抜けた形を

奇跡的に維持している。

 シンクの中、乱雑に積まれた食器の中から、

グラスを二つ取り出して洗った。

 こういうのは雰囲気が大事、である。


『あったよ~』

 飾り棚の中段、証書と一緒に飾ってあったはずが、

いつの間にか本棚の方に移動していたらしい。

 『わたし』が探していたところを見ると、

きっと酔った拍子か何かに動かしたのだろう。

 それなら記憶にもあまり残っていないはずだ。


 ベッドの前の服を片隅に寄せて、

狭苦しい空間に肩を寄せ合って座った。

 わたしと『わたし』

 2人ではなく、実際のところは1人だ。


 キュポン

 『わたし』が瓶のコルクを抜いた。

 わたしはグラスを差し出した。

 黙って互いに注ぎ合う。


「これで、今世もダメ人間だなぁ……」


『夢の中だからノーカウントでしょ。

 何でもありの界隈よ? ここ』


「それもそうね、加算したらアラフィフだからね」


『それを言っちゃあオシメえよぉ』


「そういや、今も漏らしてるんだっけ?

 ああ! そういう……ダジャレかよ」

 

『体の方は5歳だからね。ありがたいよね。

 病気になっても世話してくれる人がいるんだよ?』


 この5年間、何も知らないまま無邪気に、

わたしはただのベルとして生きてきた。

 かあちゃんとばあちゃん、それから優しい村人達。

 2人の家族と周囲の人達に愛されて、育ってきた。

 何も考えず、当たり前に。

 

『でも、それって、ちっとも』 「当たり前ではない」


 ずっと独りだったんだ、前世では。

 

「いいや、そうじゃない」 『思い込んでいただけ』


 グラスに満たされた琥珀色の液体を見つめる。

 夢はこれまでの記憶でできているらしい。

 昔どこかで聞いたことがあったな。


「だからさぁ、結局すべては自己満足なんだけどね」

 

 本当の味は分からないままだ、この先ずっと永遠に。


『でも、雰囲気は大事よ?』


「乾杯の前に、禊として電話してみる?」

 ベッドの抜け殻。その中にあるスマホを指差す。


『それこそさ、ただの自己満足にしかならんのよ。

 だってこれ、現実のどこにも繋がってないもん』


「そうなんだよねぇ……」

 絶対に癒えない傷を付けてしまった事だけは、

今ならわたしにだってはっきりと理解できている。


『だからこそ、だからこそなんだよ。

 もう十分に分かってきたでしょ?』


 もう二度とあそこには戻れないんだ。

 何も伝えることができない。

 誰にも。

 

 もちろん、死ぬつもりはなかった。

 寝て起きたら、熱は下がっているぐらいに

軽く考えていた。最後の瞬間まで。

 それでも――


 なんて馬鹿なことをしたんだろう。

 

 わたしと『わたし』

 1人で静かにグラスをぶつけ合う。


 38年物の想い出たち。

 甘くて、ほろ苦い。

 狂おしい程に切ない味がした。




 もう互いに言葉を重ねなくとも理解できる。

 何故『わたし』という別の人格が生まれたのか。

 何故わたしの前に現れたのか。


 わたしと『わたし』

 2人のようで実際は1人。

 摩訶不思議な自問自答の時間。

 それはようやく終わりを迎えようとしていた。


『では、サラダバ~』 「じゃないでしょ?」


 ベルは5歳。

 これからどんな風に生きていくのか。

 それはわたし自身にもまだ分からない。


「けれど、伊達に43年生きてないんだからね!」


『ほほぅ、その心は?』


 分かってるくせに。

 それでも、ここは敢えて宣言する。


「もうわたしは『わたし』から逃げない」


 後ろがあるから、前を向けるんだ。

 そう言いたかったんでしょう?

 だから、5年間も待っていた。


 『わたし』が満足げに頷いた。

 そして、わたしに手を伸ばす。


『幸せになるんやで』


 違うよ。


「幸せを掴みに行くんだよ、一緒に」


 わたしも手を伸ばした。

 温度を感じないその手を握る。


 生まれ変わった? それがどうした。

 わたしは『わたし』で、『わたし』はわたしだ。

『わたしたわしでたわしはわたしかしわしわ』

 

「ややこしいな」 『ホンマに』


「ところで、これって異世界転生なの?」


『多分?』


「そこはかとなく、ジャンル違いな気が……」


『気のせいです』


「全然ファンタジーらしく『浮世のぉ~♪』

『辛さぁがぁ~♪』なら、ただの田舎の村で

愛らしい幼女と温か『肌身にぃいぃ~♪』

ホームドラ『染みてぇ~えぇ~♪』開でも……

『おんな独りぃ~手酌ぅ~♪』ざけんなよ?」


『それを言っちゃあオシメえよぉ』


「気に入りすぎだろ、それ」




∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∴‥∴‥∴‥

∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∴‥∴

∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥

∴‥∵‥∴‥

∴‥∵‥∴‥∵‥

∴‥

∴‥∵‥




 瞼をゆっくりと開く。


 ぼやけた視界にまず飛び込んできたのは、

木でできた少し高めの天井。

 

 やけに熱っぽい体を起こし、薄暗い中を

きょろきょろと見まわす。

 わたしが寝かされていたベッドの両側には、

同じようなベッドが2つある。

 寝ているのは、かあちゃんとばあちゃんだ。

 そんな情報が寝惚けた頭に飛び込んでくる。


 くすんだ漆喰の壁伝いにあるのは、箪笥や棚らしき

幾つかの家具と、角の付いた動物の骨みたいな装飾。

 骨の下には、使い込まれた皮鎧、鞘に納まった幅の

広い剣が、乱雑に積まれている。

 一つだけある跳ね上げ式の窓は開いていて、

そこから漏れた光が室内を優しく照らす。


 外を見たい。

 そう思って、足を床につけるとひんやりした感触が

伝わってきた。

 やけに小さく感じる、あまり力のこもらない手足。

 それがとても心もとなく、慎重に立ち上がる。


 腰回りがやけに動かし辛く、じっとり湿っていて

かなり気持ちが悪い。

 着せられていたワンピースというよりも、貫頭衣の

ような衣類。その裾をそっと捲ると、ぼろ布が幾重にも

巻き付けられていた。

 少しげんなりする、と同時に湧き上がってきたのは、

ふんわりした暖かい気持ち。


 それを大切に抱えて、ゆっくりと歩く。

 歩幅が小さく、なかなか窓まで辿り着けない。

 時折、よろめきながらも、何とかその場に踏ん張る。

 転ばないように注意しながら、再び少しずつ前に。


 窓の少し手前、壁際の棚上に小さな古ぼけた鏡が

あったので、手に取って中を覗き込んでみた。

 現実味の無い翠色の瞳と耳下までに切り揃えられた

紅色の巻き毛は、明るい陽の下でならきっと色鮮やかに

映えるだろう。

 顔立ちは非常に地味でパッとしないけれど。


 なぁに、これからこれから! まだ5歳でしょ?

 そう後ろから聴こえた気がして振り向いてみたが、

誰もいなかった。

 聴こえてくるのは、家人の寝息と鳥の囀りだけ。


 軽くため息をついて、また前に向き直る。

 窓まであと少し、大人の足で3歩程度。


 おもむろに手を伸ばす。

 ほんのりオレンジ色を帯びた光が手にあたる。

 あと1歩。


 たったこれだけの距離でも息が上がった。

 それでも、歩けるだけありがたい。

 しみじみそう思いながら、窓枠を掴んだ。


 重たい瞼をしっかりとこじ開け、外の世界を見る。


 小高い丘の上に位置する家からは、広大な森が

一望できる。その上を、成人男性ほどもある大きさの

黒い鳥が悠々と飛んでいく。

 遠い山々の間からは朝日が昇り始めていた。


 とっくに見慣れているはずの光景。

 5年間もここで暮らしてきたのだから。

 至極当然のようでいて――


「当たり前じゃないんだよね」

 呟いてみたその声は子どもらしく、少しだけ

たどたどしい。


 後ろがあるから、前を向ける。


 後ろとは、培ってきた知識や技能だけではない。

 綺麗で優しい思い出だけでもない。

 失敗や挫折、過ち。それに伴う後悔、怒りや悲しみ、

やるせない感情。

 そういった負の要素も含めての過去、だよね?


 もう一人の自分に語り掛けてみた。

 返事はないが、きっと同じことを考えているのだろう

と伝わってくる。


 朝日が眩しくなってきて、目を細める。


 せっかく奇跡的に2度目を授けてもらえたんだ。

 だったら、今世も前世も全てを生かし切らないと

あまりに勿体ないよね?


 だから、わたしは、わたし達は前に進む。

 時々、後ろを振り返りながら。







∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥


        『オシメぇ』


∴‥∵‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥∴‥∴‥∵‥



ここまで拙作にお付き合いしてくださった方がもしいらっしゃったら、本当にありがとうございました!

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